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第94話「マイホーム増築計画、夢の間取り図」

「……えー。確認させていただきますが、ここは戦場跡地でしょうか?」


アインスワース公邸、リビングルーム。

瓦礫と切り株、そして製材されたばかりの木材が積み上げられた空間で、王国一の腕を持つ建築家、バーンズ氏は震える声で尋ねた。 彼は図面ケースを抱きしめ、天井の大穴を見上げている。


「いいえ、我が家です。……昨夜、娘に絵本を読んで聞かせていたら、少々盛り上がってしまいまして」


アレクセイさんが、爽やかな笑顔でセバスチャンが瓦礫の上で淹れたお茶を差し出した。

バーンズ氏は「絵本の読み聞かせで家が半壊……?」と呟き、理解を拒絶したように眼鏡を拭った。


「……事情は深く考えないことにしましたが分かりました。つまり、この破壊された公邸の修復と、隣接地を使った大規模な増築をご希望ということですね?」


「ええ、その通りです。……単なる増築ではありません。我がアインスワース家の『未来』を形にするプロジェクトです」


私はそろばんを片手に、テーブルの上に地図を広げた。


「バーンズさん。貴方の腕を見込んでの依頼です。……予算は潤沢に用意しました。エレナの木材を使うので材料費は実質タダです。私たちの要望ワガママを、全て図面に落とし込んでください」


「……ほ、ほう。予算が無制限に見える案件とは燃えますな。……では、ご要望をお聞かせください」


バーンズ氏がペンを構えた。

それが、長い長い「夢の間取り図」作成会議の始まりだった。


「まず、私からの要望だ!」


トップバッターは、施主であるアレクセイさんだ。 彼は現在、私たちが座る木箱の横で、積み木代わりの端材で遊んでいるエレナを抱き上げ、熱弁を振るった。


「最優先事項は『エレナの安全』だ! 彼女の部屋は南向きの最も日当たりの良い場所に! そして窓ガラスはドラゴンが体当たりしても割れない『強化ダイヤモンドガラス』を使用すること!」


「ダ、ダイヤモンドガラス……!? 王城の宝物庫くらいにしか使いませんが……」


「構わん! さらに、壁には三重の防音・防寒結界を埋め込み、常に最適な室温、摂氏二十四度を保つ空調システムを導入したい。……あと、悪い虫がつかないように、半径五メートル以内に男が近づくと自動迎撃する『氷のタレット』を設置スペースも頼む」


「……却下します」


私は即座に口を挟んだ。


「自動迎撃は危険すぎます。貴方が近づいても撃たれますよ」


「むっ、確かに……。では、迎撃機能はアレクの手動操作にしよう」


「……旦那様。それは『子供部屋』というより『要塞の司令室』に近いのですが……」


バーンズ氏が冷や汗を流しながらメモを取る。

次に手を挙げたのは、五歳の長男・アレクだ。

彼は自作の設計メモを持参していた。


「僕からの要望は、別棟の『研究塔』の建設です」


「け、研究塔、ですか? 五歳児の?」


「はい。僕は日々、新しい魔法の開発を行っています。……先日の『魔導絵画』のような発明品を安全にテストするために、母屋とは渡り廊下で繋がった、独立した塔が必要です」


アレクは淡々とスペックを読み上げた。


「壁の厚さは鉄筋コンクリート換算で二メートル以上。床は耐酸性・耐熱性素材。そして地下には、失敗作や危険物を封印するための『倉庫』を完備してください」


「……坊ちゃん。それは『魔法使いの塔』というより、もはや『魔王の居城』のスペックですぞ?」


「否定はしません。……あ、それと屋上には天体観測と魔力収集のためのドームもお願いします」


アレクの要求は具体的かつ容赦がない。

バーンズ氏は「この家の子たちはどうなっているんだ」という顔で私を見た。


「……奥様。まさかとは思いますが、奥様も『地下シェルターを作れ』とか仰るのでは?」


「いいえ。私はもっと現実的で、建設的な提案をします」


私はニッコリと笑い、商業的な視点でのプランを提示した。


「一階部分は、パブリックスペースとして開放します。……通りに面した部分に、マリーのブランド『マリー・アンジュ』のショールームと、アインスワース領の特産品を扱うアンテナショップを併設してください」


「はあ、店舗ですか」


「はい。人の出入りを増やすことで、防犯効果と収益インカムを両立させます。……そして、住居エリアへの動線は完全に分離し、家族のプライバシーを守る。いわゆる『職住近接』のハイブリッド御殿です」


私はさらに付け加えた。


「それと、エレナの魔力対策として、リビングの中央には『中庭』を作ってください。天井は吹き抜けのガラス張り。……彼女がまた巨木を生やしても、そのまま突き抜けて育つように」


「……なるほど。破壊されることを前提とした設計ですか」


バーンズ氏はペンを置き、深いため息をついた。

要塞のような子供部屋。

魔王城のような研究塔。

そして、デパートのような一階部分と、植物園のようなリビング。


「……正直に申し上げましょう。これらを全て一つの敷地に詰め込むのは、パズルのような難題です。それに、これだけの強度を持つ建材を調達するだけで、国家予算が飛びますぞ?」


バーンズ氏は首を横に振った。

プロとして、無理なものは無理と言うつもりなのだろう。 だが。


「……建材なら、ここにありますよ?」


私は足元の「床板」──昨夜、エレナが生み出し、

アレクが製材した木材をコツンと叩いた。


「……これを、使ってください」


「は? いや、これはただの木材……」


バーンズ氏が何気なくその木材に触れた瞬間。

ビビッ! と静電気が走り、彼の手の中で木材が微かに発光した。


「なっ……!? こ、これは……!?」


バーンズ氏は目を見開き、ポケットからルーペを取り出して木材の表面を食い入るように観察し始めた。 彼の顔色が変わり、職人の目に狂気じみた光が宿る。


「こ、高密度の魔力が繊維の一本一本にまで浸透している……! 硬度は鉄以上、なのに羽のように軽く、自己修復機能まである……!? ま、まさか伝説の『世界樹ユグドラシル』の若木か!?」


「いいえ、昨日娘が生やした『アインスワース杉(仮)』です」


「こ、これを建材に!? こんな国宝級の素材を、柱や床に使うと言うのですか!?」


「ええ。廃材利用ですから、コストはゼロです。

これなら、ドラゴンの体当たりにも耐えられる家が建つでしょう?」


バーンズ氏は震え出した。 それは恐怖ではなく、建築家としての「武者震い」だった。 彼はガバッと顔を上げ、血走った目で叫んだ。


「……やります!! やらせてください!! こんな夢のような素材を使って建築ができるなんて、職人冥利に尽きる!!」


彼は猛然とペンを走らせ始めた。


「柱はこの『魔導杉』を惜しげもなく使いましょう! 壁材にも粉末を混ぜ込んで強度を上げる! ……これなら塔も作れる! ドームも乗せられる! ……いや、いっそ家全体を一つの『巨大な魔道具』として設計してやる!!」


スイッチが入ってしまったようだ。

こうなると、職人は止まらない。

私たち三人は顔を見合わせ、満足げに頷いた。


数時間後。 夕闇が迫るリビングに、一枚の巨大な設計図が完成した。


「……ご覧ください、アインスワース公爵。これが貴方方の『新居』です!」


バーンズ氏が提示した図面。

それはもはや「公邸」と呼ぶにはあまりにも異形かつ荘厳だった。


中央には、巨大な吹き抜けを持つガラス張りのメインホール。

左翼には、商業施設として洗練されたショールーム。

右翼には、要塞のように堅牢な居住スペース。

そして裏手には、天を衝くようにそびえ立つ、黒塗りの「研究塔」。


全体を囲むのは、エレナの生み出した植物で形成された「生きた城壁グリーンウォール」。


「……すごい」


アレクセイさんが感嘆の声を漏らした。


「美しい……。機能美と、我が家のカオスが見事に融合している。これぞ、アインスワース家の城だ!」


「コスト計算も完璧です。これだけの豪邸が、ほぼ『材料費タダ』で建つなんて」


「……構造力学的にも理に適っています。魔力伝導率も高そうです」


アレクも図面を覗き込み、冷静に評価を下した。

だが、最後に一言、ボソリと呟いた。


「……でも、これ。ご近所さんからは絶対に『魔王城』って呼ばれますよね」


「気にすることはない。中身が幸せなら、外見が魔王城でも問題ないだろう」


アレクセイさんは豪快に笑い、エレナを高く掲げた。

エレナは設計図を見て、「きゃあー!」と嬉しそうに声を上げ、その手からポロンと一輪の薔薇を生み出した。


「契約成立ですね」


私はバーンズ氏に握手を求めた。


「工期は最短でお願いします。今の家が、植物に飲み込まれる前に」


「お任せください! アインスワース家の伝説に残る仕事をしてみせます!」


こうして、前代未聞の「マイホーム増築計画」が動き出した。 伝説の素材と、狂気の設計図。

そして規格外の住人たち。


しかし、私たちはまだ知らなかった。

この巨大な建築計画が、そのあまりの規模ゆえに、王都中の注目を集め──またしても「招かれざる客」を引き寄せてしまうことを。


「……ねえ、アレクセイさん。着工式の招待状、国王陛下にも送っておきますか?」


「ああ。……ついでにガンダルフ殿と、レオとマリーにもな。派手にやろうじゃないか!」


夢の間取り図の上で、私たちの新しい未来が描かれていた。アインスワース家の辞書に、「平凡」という文字はやはり存在しないようだ。

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