第93話「長女誕生、花咲くような魔力」
「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」
「……ふぅ」
私は朝一番のコーヒーを飲み込もうとして、カップの中に小さな「クローバー」が浮いているのを見つけ、深い溜息をついた。
「……セバスチャン。コーヒーには砂糖とミルク、とは言いましたが、雑草を入れてくれとは頼んでいませんよ」
「申し訳ございません、奥様。……淹れた瞬間はブラックだったのですが、ここへ運んでくる間に『咲いて』しまったようで……」
家令のセバスチャンが困り果てた顔で、天井を指差した。 見上げれば、シャンデリアには美しい藤の花が垂れ下がり、カーテンレールには瑞々しいアイビーが絡みついている。 窓の外の話ではない。ここは王都の公邸、ダイニングルームの中だ。
「あう〜! きゃっきゃっ!」
その元凶は、ベビーチェアに座り、離乳食のスプーンを振り回している天使──生後四ヶ月になった長女、エレナだ。 銀色の髪に、蜂蜜色のトパーズの瞳。
彼女がご機嫌な声を上げるたびに、椅子の脚元からポン、ポンとタンポポが咲く。
「……おはよう、リアナ。エレナ。……ふっ、今日も我が家は緑が豊かだな」
あくびをしながらリビングに入ってきたのは、
アレクセイさんだ。 育休中の彼は、以前のようなキリッとしたスーツ姿ではなく、動きやすいラフなシャツ姿だ。
だが、その銀髪にはなぜか小さな小鳥が止まっている。
「アレクセイさん。……その鳥はどうしたのですか?」
「ん? ああ、寝室で寝ていたら、枕元に生えた木に巣を作られてしまってな。家賃を請求すべきか?」
「追い出してください。ここは動物園ではありません」
私はそろばんを叩いた。 今月の「室内緑化清掃費」と「剪定費用」は、先月の倍になっている。 エレナの魔力特性である『生命』と『開花』は、彼女の成長と共にその威力を増していた。
「……おはようございます。朝の『除草作業』完了しました」
そこへ、氷魔法製園芸用ハサミを持ったアレクが入ってきた。 五歳の長男は、少し疲れた顔をしている。
「お疲れ様、アレク。被害状況は?」
「廊下の絨毯が苔に侵食されていました。……それと、キッチンで保管していたジャガイモが『発芽』して、自力で逃げ出そうとしていたので、氷漬けにして捕獲しました」
「食材が逃げる家なんて、聞いたことがありませんね」
アレクは席に着くと、妹に向かって真剣な顔で説教を始めた。
「エレナ。……魔力放出の制御を覚えてください。兄として、毎朝の廊下の草むしりは生産的ではありません」
「あう? (おにーちゃ!)」
エレナは兄に構ってもらえて嬉しいのか、満面の笑みを浮かべた。
ボッ!! その瞬間、アレクの目の前のスープ皿から、巨大な蓮の花が咲いた。
「……」
「……綺麗ですね、アレク。仏様のようです」
「……スープが飲めません」
アレクは無表情で蓮の花を見つめ、静かにスプーンを置いた。これが、現在のアインスワース家の日常だ。
その日の午後。 平和な植物まみれの午後のひととき。アレクセイさんが、本棚から一冊の分厚い絵本を持ってきた。
「さあ、エレナ。パパが絵本を読んであげようね。『森のくまさんと魔法のハチミツ』だよ」
「あーい!」
エレナはアレクセイさんの膝の上に座り、期待に満ちた瞳でページを見つめた。
私も仕事の手を休め、その微笑ましい光景を眺めていた。
アレクは部屋の隅で、エレナの魔力波形を計測しながら、万が一に備えて杖を握っている。
「……昔々、あるところに、とっても大きな木がありました……」
アレクセイさんの優しいバリトンボイスが響く。
エレナは物語の世界に入り込んでいるのか、真剣な表情だ。 物語がクライマックスに差し掛かり、主人公が大きな木に登ってハチミツを見つけるシーン。
「……すると、木はぐんぐん伸びて、雲の上まで届きました! すごいねぇ!」
「きゃあー! (すごーい!)」
エレナが歓声を上げ、小さな手を高く掲げた。
その時。
ズズズズズ……ッ!
地鳴りのような音が、公邸を揺らした。
「……っ! お父様、読み聞かせを中止してください! エレナの想像力が魔力と直結しています!」
アレクが警告を発した時には、もう遅かった。
エレナの座っている床──正確には、床板の下の「大地のマナ」が、彼女の興奮に呼応したのだ。
ドォォォォォォォンッ!!
「うわぁぁぁぁ!?」
アレクセイさんの悲鳴と共に、彼が座っていたソファの下から、極太の幹が突き上げた。
それは「観葉植物」なんて生易しいものではない。 樹齢数百年クラスの「大樹」が、リビングの中央に顕現したのだ。
メキメキメキッ! バキィッ! 天井の漆喰が砕け、豪華なシャンデリアが弾け飛ぶ。 太い枝が窓ガラスを割り、葉が茂り、あっという間にリビングは「森の中」になってしまった。
「……嘘でしょう?」
私は呆然と見上げた。 二階の私の執務室へ続く階段が、枝によって粉砕されている。 そして、高い高い枝の上には、楽しそうに笑うエレナと、青ざめて枝にしがみついているアレクセイさんが取り残されていた。
「た、高い……! リアナ! アレク! 助けてくれ!」
「あう〜! (たかーい!)」
「エレナは楽しそうですが……このままでは屋根が抜けます!」
アレクが杖を構えた。
「お母様! 『緊急伐採』の許可を! 家の構造的損壊が限界値を超えます!」
「許可します! ただし、パパとエレナは傷つけないで!」
「難易度が高いですが……やります!」
アレクのオッドアイが鋭く光った。
彼は深呼吸をし、膨大な氷の魔力を練り上げる。
「氷結魔法・絶対零度の剪定!」
ヒュウッ……! 鋭利な冷気がカマイタチとなって走り、大樹の枝を正確に切り裂いていく。
同時に、切り口を瞬時に凍結させ、再生を封じる。 バラバラと落ちてくる枝や葉を、私は風魔法(結婚指輪の加護)で受け流し、家具を守る。
数分後。 リビングには、綺麗に製材された「材木」の山と、凍りついた巨木の切り株だけが残された。 アレクセイさんとエレナは、アレクの作った氷の滑り台で無事に地上へ降りてきた。
「……怖かった……。絵本を読んでいただけなのに、まさかジャックと豆の木を体験するとは……」
アレクセイさんはガックリと項垂れている。
一方のエレナは、「もういっかい!」と言わんばかりに目を輝かせている。
「……アレク。被害総額の計算を」
「……天井の修復、窓ガラス全交換、階段の架け替え……。ざっと見積もって、王都の一般家庭の年収十年分です」
アレクの淡々とした報告に、私は目眩を覚えた。
お金の問題ではない。
このままでは、家が物理的に持たない。
エレナはまだ四ヶ月。
これから歩き出し、走り出し、もっと感情豊かになる。
そのたびに家を破壊されていては、私たちの生活スペースと精神が崩壊してしまう。
「……やはり、規格外すぎましたね」
私が瓦礫もとい材木の山に座り込んでいると、アレクセイさんが立ち上がり、真剣な顔で言った。
「リアナ。提案がある」
「なんですか? 『もう絵本は読みません』という誓約書なら受け付けますが」
「いや、違う。増築だ」
アレクセイさんは、破壊された天井の穴から見える青空を見上げた。
「この公邸は、歴史ある建物だが……正直、我々アインスワース家の『規模』には狭すぎる」
「……」
「アレクの実験室も必要だ。エレナが自由に植物を生やせる『屋内庭園』も必要だ。……そして何より、君が安心してくつろげる、頑丈なサンクチュアリが必要だ」
彼は私の手を取り、キラキラした瞳で宣言した。
「隣の土地を買い取ろう。そして、アインスワース家の名に恥じない、最強強度の『新館』を建てるんだ! どうだ!?」
「……増築、ですか」
私は脳内で素早く計算した。 土地の購入費、建築費、魔法防御結界の設置費用……。 莫大な金額だ。 けれど、このまま修理費を払い続けるランニングコストと、家族の安全を天秤にかければ──。
「……悪くありませんね」
私はニヤリと笑った。
「どうせなら、エレナの生み出したこの『高品質な木材』を使って、コストを浮かせましょう。……それに、一階部分には私の新しい『商談室』と、マリーのブランドの『ショールーム』も併設すれば、経費計上できます」
「さ、さすがリアナ! 転んでもただでは起きない!」
「お母様。僕専用の『魔法研究タワー』もお忘れなく。……防爆仕様でお願いします」
「あうー! (おにわー!)」
家族全員の意見が一致した。
破壊されたリビングの中心で、私たちは新たな計画に胸を躍らせた。
「よし、決定だ! ……すぐに設計士を呼べ! 王国最高の建築家を!」
こうして、長女エレナの「開花」をきっかけに、
アインスワース家の大規模増築計画という名の要塞化計画が始動することになった。 賑やかすぎる毎日は、さらに広くなった舞台で、より一層カオスに、
そして愛おしく続いていくことになるだろう。
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