第89話「弟の騎士叙任、守るべき背中」
「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」
「……単刀直入に言おう。その少年、アレク・アインスワースを我々に預けてもらいたい」
アインスワース公邸、応接室。 王立魔法アカデミー学園長、「大賢者」ガンダルフは、長い白髭を撫でながら重々しく告げた。 部屋の空気は張り詰めている。
アレクセイさんは殺気立っているし、私の膝の上にいるアレクも、警戒してオッドアイを光らせている。
「お断りします」
私は即答した。
「アレクはまだ五歳です。親の愛情と、適切な資産管理(お小遣い制)が必要な時期です。寮生活など認められません」
「しかし、彼の魔力は既に成人の魔導師を超えている! 素人が管理するには危険すぎるのじゃよ」
「素人? ……私の夫は『氷の宰相』ですが?」
「む……」
ガンダルフが言葉に詰まる。 アレクセイさんが無言で圧をかける中、さらに私が畳み掛けようとしたその時──。
バァーン!! 応接室の扉が、ノックもなしに開け放たれた。
「姉さん! 義兄さん! ……やった! やったよ!!」
飛び込んできたのは、汗だくで、けれど満面の笑みを浮かべたレオだった。
三年の月日が流れ、十五歳になった彼は、背も私を追い越し、少年から青年へと逞しく成長していた。
その手には、王家の紋章が入った書状が握られている。
「レオ? どうしたの、そんなに慌てて」
「これを見てくれ! ……騎士団の入団試験、結果が出たんだ!」
レオは震える手で書状を広げた。
そこには、金色の文字でこう記されていた。
『レオ・アインスワース殿。貴殿の成績は剣術・戦術・法学すべてにおいて「首席」である。よって、本日正午より執り行われる叙任式にて、国王陛下より直々に剣を授けるものとする』
「……首席?」
私が目を見開くと、レオは子供のように鼻をこすった。
「へへっ……。約束、果たせたよ。義兄さんに教えてもらった剣と、姉さんに鍛えられた根性のおかげだ」
「レオ……!」
私は思わず立ち上がり、弟に駆け寄った。
あの泣き虫で、私の後ろをついて回るだけだったレオが。 北の領地で震えながら剣を握ったあの少年が。
ついに、国一番の騎士への切符を手にしたのだ。
「素晴らしいわ、レオ! 我が家の誇りよ!」
「よくやったな、レオ。私の見込んだ通りだ」
アレクセイさんも表情を崩し、レオの肩を強く叩いた。 部屋の中が一気に祝賀ムードに包まれる。
一人、蚊帳の外に置かれた老人を除いて。
「……あのぉ。取り込み中のところすまんが、アレク君の話は……」
「ああ、学園長」
私は振り返り、キッパリと告げた。
「ご覧の通り、今日は弟の『騎士叙任式』です。家族の一大事ですので、入学の話はまた後日、できれば十年後にお願いします」
「なっ!? 国の至宝の教育より、一騎士の叙任式を優先すると!?」
「当たり前です。……家族の『今』を祝えない人間に、子供の『未来』を預けることなどできません」
私はレオの腕を取り、宣言した。
「行くわよ、レオ。急いで準備をしないと! アレクセイさん、馬車を! アレクも正装に着替えて!」
「……承知しました。叔父様の晴れ舞台、すなわちアインスワース家の『対外評価』に関わる重要イベントですからね。同行します」
アレクは大人びた口調で頷き、自ら椅子を降りた。 私たちは呆然とする大賢者を置き去りにして、部屋を出て行った。 ……まあ、せっかくですから、彼にも「アインスワース家の実力」を見てもらいましょうか。
「学園長も、暇ならいらしてください。特別席をご用意しますから」
王宮、「剣の広間」。 厳粛な空気が流れる中、真新しい白銀の鎧に身を包んだ新入騎士たちが整列していた。 その最前列、中央に立つのがレオだ。
「……立派になったな」
貴賓席で、アレクセイさんが目を細める。
その横で、アレクも身を乗り出し、冷静な分析?を口にした。
「……素晴らしい。レオ叔父様の装備の着こなしと所作、コストパフォーマンス以上の『高貴さ』を感じます。……市場価値が急上昇中ですね」
「ふふ。そうね、とってもカッコいいわよ」
そして、私の隣には──なぜかついてきたガンダルフ学園長が、不服そうに腕組みをしている。
「……ふん。たかが剣術バカの集まりじゃろ」
「見ていてください。私の弟は、ただの剣術バカではありません」
ファンファーレが鳴り響き、国王陛下が入場された。
陛下はレオの前に立つと、宝剣を手に取った。
「レオ・アインスワースよ。その類稀なる才能と、高潔なる精神を称え、ここに騎士の位を授ける。……その剣を、誰のために振るうか?」
通例であれば、「国のために」「陛下のために」と答える場面だ。 レオは顔を上げ、凛とした瞳で答えた。
「──国のため、民のため。そして何より……私に『生きる道』を示してくれた、家族を守るために」
レオの視線が、真っ直ぐに私に向けられた。
かつて、私たちが実家を離れ、自分たちの足で生きると決めたあの日。 私が『氷の宰相』との契約結婚という、周囲が驚くような道を選んだ時も、彼は文句一つ言わずについてきてくれた。
私の背中を守ると言い、当時はまだ小さかった自分の無力さを嘆きながらも、必死に強くなろうとしてきた。
「私は、姉・リアナと妹・マリーの盾となり、 義兄・アレクセイの剣となり、甥・アレクの道標となることを誓います。この命尽きるまで、アインスワース家の栄光と共に!」
堂々たる宣言。 会場がどよめき、そして割れんばかりの拍手が巻き起こった。
国王陛下も満足げに頷き、剣をレオの肩に置いた。
「見事だ。……その誓い、忘れるなよ」
「……ううっ」
私の隣で、アレクセイさんがハンカチで目元を拭っていた。 涙もろい「氷の宰相」だ。 私も、視界が少し滲むのを感じながら、精一杯の拍手を送った。
おめでとう、レオ。 貴方はもう、守られるだけの弟じゃない。 私たちが頼るべき、立派な騎士様ね。
「……ほほう」
隣で、ガンダルフ学園長が感心したように髭を撫でていた。
「個人の武勇だけでなく、強固な『忠誠』と『愛』か。……アインスワース家というのは、どいつもこいつも規格外じゃな」
「ええ。だからこそ、アレクを無理やり引き剥がそうとしても無駄ですよ?」
「……ふむ」
式典が終わり、レオが私たちの元へ駆け寄ってきた。
「姉さん! 義兄さん! どうだった?」
「最高だったわよ、レオ! 貴方は世界一の騎士だわ!」
「レオ叔父様、素晴らしいスペックです! ……これなら、僕の『物理盾』として採用を検討してもいいですね」
アレクがレオの足元で、生意気そうに、けれど瞳を輝かせて言った。
レオは苦笑しながらアレクを抱き上げ、高い高いをした。
「ありがとう、アレク。採用してくれよ。これからは、僕がお前を守ってやるからな。悪い魔法使いが来ても、この剣で追い払ってやる」
レオがチラリとガンダルフを見ると、大賢者は苦笑して両手を挙げた。
「……参ったな。物理的な排除はお断りじゃよ」
ガンダルフは私に向き直り、一つ咳払いをした。
「……リアナ殿。わしの負けじゃ。無理に寮に入れることは諦めよう」
「聞き分けが良くて助かります」
「その代わり! ……条件がある」
ガンダルフはニヤリと笑い、アレクを指差した。
「彼を『通い』でいいから、週に一度、私個人の研究室へ寄越してくれ。……入学ではなく『英才教育の特別レッスン』じゃ。これなら文句はあるまい?」
通学スタイルでの個人レッスン。 それなら家族の時間は守れるし、アレクにとっても、有り余る魔力の制御を学ぶ良い機会かもしれない。 私はアレクセイさんと顔を見合わせ、そしてアレクに尋ねた。
「どうしますか、アレク? ……あのお爺ちゃん、すごい魔法使いらしいですよ。貴方の『スキル向上』に繋がるかもしれません」
「……ふむ。提示された条件を確認します。報酬は?」
「報酬?」
「僕の貴重な時間を割くのですから、対価が必要です。例えば、キャンディとか」
アレクがガンダルフを見上げると、大賢者は「フォッフォッフォ!」と笑った。
「いいじゃろう! 研究室の菓子は食べ放題じゃ!」
「……交渉成立です」
アレクはガンダルフと小さな手で握手を交わした。 こうして、レオの騎士叙任という晴れの日に、アレクの「大賢者への弟子入り」も決まったのだった。
アインスワース家は、ますます最強(物理・魔力・財力)になっていく。
私は満ち足りた気持ちで、頼もしい家族たちの笑顔を見つめていた。
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