第88話「妹の独立、姉の出資審査」
「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」
「……というわけで、お引き取りください」
王都の公邸、玄関ホール。
アレクセイさんは、アカデミーからの使者に対し、氷点下の笑顔で告げた。
「息子はまだ五歳。親元を離すつもりはないし、彼の才能は私が責任を持って管理する。二度と朝食の時間を邪魔しないでもらおうか」
パキパキ……と床が凍る音に恐れをなしたのか、使者は「う、上の者と協議します!」と言い残して逃げ帰っていった。 とりあえず、第一波は撃退した。
だが、アカデミーが諦めるとは思えない。
対策が必要だろう。
私がそう考えていると、騒ぎを聞きつけたのか、
リビングのドアが勢いよく開いた。
「おはよう、お姉ちゃん! 義兄さん! ……あら、お客さんは帰っちゃったの?」
現れたのは、華やかなドレスを身にまとった少女だった。 マリー。かつては私に甘えてばかりだった妹も、十二歳になった。 背は伸び、少し大人びた顔立ちになったが、その瞳にある「野心」の輝きは、幼い頃より一層強くなっている。
「おはよう、マリー。随分と早いのね」
「うん。だってお姉ちゃんに大事な話があるんだもん」
マリーは、私の前に立つと、背筋を伸ばして真剣な表情を作った。 その手には、分厚いファイルが抱えられている。
「リアナ・アインスワース様。……わたくしに、一千五百万ベルの『融資』をお願いいたします」
「……ほう?」
私はコーヒーカップを置き、眼鏡の位置を直した。「お小遣いちょうだい」ではない。「融資」だ。
場の空気が、家族団欒からビジネスへと切り替わった。
「……いいでしょう。私の執務室へ来なさい。
アレクセイさんはアレクを見ていてください」
「えっ、私も聞きたいのだが……」
「ダメです。これは『商談』ですから」
私の執務室。 重厚なデスクを挟んで、私とマリーは対峙していた。私は投資家として、彼女は起業家として。
「……で? 何に使うのですか、その大金は」
私がファイルをめくると、そこには色鮮やかなドレスのデザイン画と、数値が並んだ事業計画書があった。
「ファッションブランドよ。名前は『マリー・アンジュ』」
マリーは自信満々にプレゼンを始めた。
12歳とは思えない、堂々とした立ち振る舞いだ。
「ターゲットは、三年前の温泉リゾートでお得意様になった、貴族の令嬢たち。彼女たちは今、社交界デビューを控えたティーンエイジャーになっているわ。……でも、王都の流行は『古臭い』の」
「古臭い、とは?」
「重たくて、動きにくくて、コルセットで締め付けるだけのドレス。私が作りたいのは、可愛くて、軽くて、魔法の素材を使った『新時代のドレス』よ」
マリーはデザイン画の一枚を指差した。
「例えばこれ。北の領地で採れる『妖精絹』を使うの。保温性は高いのに、羽のように軽い。これなら、冬のパーティーでも寒くないし、ダンスも踊りやすいわ」
なるほど。
素材の調達ルートは、実家のアインスワース領。
顧客リストは、かつての温泉リゾートの利用者。
彼女は自分の持てる手札を完璧に理解し、組み立てている。
「目の付け所は悪くありません。ですが」
私は赤ペンを取り出し、計画書の収支欄に線を引いた。
「甘いですね。……在庫リスクの計算が抜けています。流行り廃りの激しいファッション業界で、
売れ残ったドレスはどう処理するのですか? 廃棄ロスが出れば、この利益率は達成できませんよ」
「うっ……」
「それに、妖精絹は高価です。原価率が高すぎて、少しでも販売不振になれば即赤字。……私なら、こんな危ない橋には投資しません」
私は冷徹に突き放した。
姉だからといって、甘やかすわけにはいかない。
ビジネスの世界で失敗すれば、彼女自身が傷つくことになるのだから。
マリーが唇を噛む。
諦めるか? それとも泣きつくか?
「……想定内よ」
マリーは顔を上げた。その目は死んでいなかった。
「在庫リスクについては、完全受注生産で対応するわ。まずはカタログを配って、注文が入った分だけ作る。……これならロスはゼロよ」
「ほう。……ですが、それでは客を待たせることになります。今の令嬢たちは気が短いですよ?」
「そこで、『付加価値』をつけるの」
マリーはニヤリと笑った。
「お姉ちゃん。……アレクを貸して」
「……はい?」
突然の名前指名に、私が眉をひそめた時だった。
ガチャリ、とドアが開き、話題の主であるアレク(5歳)が入ってきた。
「お呼びですか、叔母様。お母様」
アレクは小脇に難しそうな魔法書を抱えている。
どうやら盗み聞きしていたらしい。
「アレク、いいところに来たわ! ……ちょっとこれ着てみて!」
マリーは鞄から、子供用の礼服を取り出した。 それは彼女のデザインした、動きやすそうなスタイリッシュなスーツだった。
「……お断りします。着替えにかかる時間は無駄なコストです」
「この服を着てくれたら、私が開発した『絶対に虫歯にならないキャンディ』を一ヶ月分あげるわ」
「……交渉成立です」
アレクは瞬時に服を受け取り、魔法で一瞬にして着替えた。 銀髪の美少年が、最新流行のスーツを着こなす。 その姿は、まさに「動く宝石」だった。
「見て、お姉ちゃん。……私のブランドの広告塔は、このアレクよ」
マリーはアレクの肩に手を置いた。
「王都中の令嬢たちが注目する『アインスワース家の神童』。彼が着ている服となれば、注文待ちの時間なんて関係ないわ。みんな『アレク様とお揃いのブランドがいい!』って殺到するに決まってる」
「……なるほど」
私は唸った。 商品力だけでなく、最強のインフルエンサーまで用意していたとは。 アレクも、キャンディのためなら喜んで協力するだろう(合理的だ)。
「……それにね、お姉ちゃん」
マリーの表情が、ふと柔らかくなった。
「私、ずっと見てきたの。……お姉ちゃんが、何もない北の領地を豊かにしたのを。義兄さんが、魔法で人を幸せにするのを。私も、アインスワース家の一員として、自分の力で何かを成し遂げたいの」
その瞳は、蜂蜜を溶かしたようなトパーズ色。
私と同じ色だ。けれど、そこには私にはない、
直感的な情熱と華やかさがある。
「合格です」
私は小切手帳を取り出し、サラサラとペンを走らせた。
「一千五百万ベル。……出資します。ただし、融資ではなく『投資』です」
「え?」
「返済は不要。その代わり、会社の株式の四〇%を私が持ちます。つまり、利益の四割は私のものです。文句はありませんね?」
私が小切手を差し出すと、マリーはパッと顔を輝かせた。
「……鬼! でも大好き! ありがとうお姉ちゃん!」
マリーは小切手を奪い取るように受け取り、私に抱きついた。
「やったー! これで生地が買える! 工房が借りられる!」
「抜け目ない子ですね。……アレク、貴方も『モデル料』はしっかり請求するのですよ」
「承知しました。……叔母様、キャンディの契約書はこちらです」
アレクが懐から紙を取り出し、マリーは苦笑しながらサインをした。 我が家の子供たちは、本当に逞しい。
こうして、新たなブランド「マリー・アンジュ」の設立が決まった。
この事業は将来、アインスワース家に莫大な富をもたらすことになるのだが──それはまた別の話。
「さあ、お祝いのランチにしましょうか」
私たちが執務室を出ようとした、その時。
再び玄関のチャイムが鳴った。
今度は、先ほどのような遠慮がちなノックではない。
空気が振動するほどの、重厚な魔力を伴った訪問の合図だ。
「……またですか」
私がため息をつくと、玄関の方からアレクセイさんの緊迫した声が聞こえてきた。 そして、家令のセバスチャンが青ざめた顔で走ってきた。
「だ、旦那様! 奥様! 大変です!」
「どうしました? まさか、またアカデミーの使者が?」
「いえ、使者ではありません……!」
セバスチャンは震える声で告げた。
「王立魔法アカデミー、学園長……『大賢者ガンダルフ』様が、直接お見えになりました!」
「……なんですって?」
私は目を見開いた。
使者がダメなら、トップ自ら乗り込んでくる。
それほどまでに、アレクの才能は彼らにとって
「見過ごせないもの」だということか。
「面白くなってきましたね」
私の足元で、アレクがオッドアイを細めた。
5歳の天才児と、国一番の大賢者。
避けては通れない対面が、今まさに始まろうとしていた。
読んでくださってありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
感想や評価・ブックマーク、とても励みになります。




