第84話「勝利の宴、あるいは家族風呂」
「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」
「宛先はガレリア帝国、外務大臣執務室。『生鮮食品』一点、着払いです」
騒動から数時間後。 私はロビーの裏口で、運送業者に伝票を渡していた。
頑丈な木箱の中には、アレクセイさんの魔法でカチコチに凍らされたヴィクトル・バレンタインと、その部下たちが梱包されている。もちろん、命に別状はないが、解凍される頃には帝国の法廷が彼らを待ち受けているだろう。
「あ、それとこの請求書も同梱してください。兵器による器物損壊の賠償金と、私の精神的慰謝料です」
私が分厚い封筒を渡すと、業者は引きつった笑顔で敬礼し、馬車を出した。
これで、憂いは全て去った。 あとは、勝利の余韻に浸るだけだ。
「リアナ様! 皆様がお待ちですわ!」
マリーが呼びに来た。
ロビーに戻ると、そこはもう「宴」の会場だった。
危機を乗り越えたというか、外の騒ぎなど知らずに楽しんでいた貴族たちが、ワイングラスを片手に談笑している。レオは令嬢たちに囲まれて武勇伝を語らされ、顔を真っ赤にしているし、ゼノンさんは高級酒をラッパ飲みして上機嫌だ。
「さあ、主役のお出ましだ!」
アレクセイさんが私をエスコートし、乾杯の音頭を取った。
グラスが触れ合う音が、アインスワース領の復活を告げる鐘の音のように響き渡った。
宴が終わり、夜も更けた頃。
お客様たちが客室へ戻り、静寂が訪れたドーム内。
私たちは、「家族だけの時間」を過ごすために、
最奥にある特別な露天風呂へと向かった。
「……ふぅ。極楽だ……」
湯船に身を沈めた瞬間、アレクセイさんがとろけるような声を漏らした。
肩までお湯に浸かり、氷のドーム越しに見える満天の星空を見上げている。
先ほどまで敵を氷漬けにしていた冷徹な「氷の宰相」の面影はどこにもない。
ただの、温泉好きの愛妻家だ。
「お疲れ様でした、アレクセイさん。本当に、凄かったです」
「よせ。君の前で格好をつけたかっただけだ」
彼は濡れた銀髪をかき上げ、照れくさそうに笑った。
その腕の中では、アレクがパシャパシャとお湯を叩いて遊んでいる。
「あーう!(あったかい!)」
「こらこら、泳がないの。パパがのぼせてしまうだろう」
アレクが小さな手で水鉄砲を作り、アレクセイさんの顔にかけた。
いつもなら怒るかもしれないが、今夜の彼は目を細めて受け入れている。
「……リアナ」
「はい?」
「感謝している」
彼は不意に真面目な顔になり、私を見つめた。
「君が『北へ行こう』と言ってくれなければ、私は故郷を見捨てていたかもしれない。この温かい場所も、領民たちの笑顔も、全て君が作ってくれたものだ」
「いえ、私はただ……ミルク代を稼ぎたかっただけですよ」
「フッ、相変わらずだな」
彼は湯の中で私の手を取り、指の節に口づけをした。
「だが、それがいい。君のその強欲なまでの『生きる力』が、私とこの子を救ってくれている」
蒸気で火照った頬に、彼の手の冷たさが心地よい。 私たちは星空の下、言葉少なに寄り添った。
借金取りと多重債務者として出会いから始まった関係。
けれど今、このお湯の温かさと同じくらい、
私たちの間には確かな「温度」があった。
「……パパ、ママ、ちゅー!」
空気を読まないあるいは読みすぎたアレクが、
私たちの間に割って入った。
二人は顔を見合わせて吹き出し、そして愛しい息子を挟んで、左右から頬にキスをした。
アインスワース温泉郷。
ここは単なるビジネスの拠点ではない。
私たち家族が、本当の意味で「家族」になれた、大切な場所になったのだ。
翌朝。
朝食を終えた私たちは、王都へ帰還する準備を始めていた。 領地の運営体制は整った。 信頼できる家令のセバスチャンと、新しく雇った優秀な支配人がいれば、私がいなくても黒字経営は続くだろう。
「名残惜しいですが、そろそろ出発ですね」
「ああ。……だが、また休みに来ればいい。ここは私たちの別荘でもあるのだから」
荷物をまとめていると、ふらりとゼノンさんが現れた。 いつもの定食屋に行くような軽装だ。
「ゼノンさん、お待たせしました。馬車の準備はできていますよ」
「ん? ああ、リアナ。そのことなんじゃが」
ゼノンさんはポリポリと頭をかき、ニカッと笑って言った。
「わしは、ここに残るぞ」
「……え?」
私とアレクセイさんは動きを止めた。
「残るって……王都に帰らないのですか?」
「うむ。ここはいい。酒は美味いし、温泉は入り放題。何より、このドームの魔力供給を調整する『番人』が必要じゃろ?」
ゼノンさんは杖で床をトンと突いた。
「アレクセイが作ったこの結界は強力じゃが、放っておけば暴走しかねん。わしがここで、のんびりと管理してやるわい」
「ですが……! アレクのシッターはどうするんです?」
「フォッフォッフォ。アレクはもう、自分の足で立てる。……それに」
ゼノンさんは、私の足元でキョトンとしているアレクを見下ろし、優しく目を細めた。
「若木は、いつまでも添え木をしていては育たんよ。……これからは、親父殿と母親殿がしっかり見てやるんじゃな」
それは、突然の別れの言葉だった。 最強のベビーシッターにして、家族の一員だった賢者との別離。 私たちは言葉を失い、ただ呆然と彼を見つめることしかできなかった。
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