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第82話「決戦、買収王 vs 稀代の計算機」

「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」



「……お待ちしておりましたよ、ヴィクトル・バレンタイン殿」


猛吹雪が吹き荒れる、アインスワース温泉郷の入り口。

アレクセイさんが展開した氷の防壁の前で、私は静かに敵軍と対峙していた。 私の隣には、青白い魔力を全身から立ち昇らせ、いつでも攻撃に転じられる夫がいる。


「ほう。……夫の背中に隠れているかと思ったが、わざわざ出てくるとはな」


防壁の向こう側。 武装した私兵たちを引き連れたヴィクトルが、馬上で見下すような笑みを浮かべていた。 その態度は、どこまでも傲慢だ。


「アインスワース宰相。そして奥方。……単刀直入に言おう。この領地を、私に譲りたまえ」


「……何だと?」


アレクセイさんの目が険しくなる。 ヴィクトルは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、ヒラヒラと振ってみせた。


「これは、君の実家が抱える『借用書』のリストだ。……燃料代、食料代、そして屋敷の維持費。帝国の封鎖で物資が枯渇し、君たちは莫大な借金を抱えているはずだ。違うか?」


彼は勝ち誇った顔で続ける。


「私がその借金を全て肩代わりしてやろうと言っているのだ。……その代わり、この土地と鉱山、そしてこの温泉施設を全て帝国に譲渡せよ。悪い話ではないだろう? 破産して路頭に迷うよりはな」


なるほど。 彼はまだ、私たちが「貧困に喘いでいる」と思い込んでいるのだ。

リゾートの噂は聞いていても、それがどれほどの収益を生んでいるかまでは計算できていない。


「お断りします」


私は眼鏡の位置を直し、一歩前に出た。


「おや? 強がりはよしたまえ、奥方。君の計算高い頭なら分かるはずだ。……今の君たちに、支払い能力などないことを」


「ええ、計算なら済みました。……貴方の持っているその『リスト』、情報が古いですよ?」


私は懐から、一枚の小切手を取り出した。


「我が領の借金なら、昨日付けで『全額完済』いたしました。……これが銀行の受領印です」


「……は?」


ヴィクトルの笑顔が凍りついた。


「完済……だと? 馬鹿な。数億ベルはある負債だぞ! 封鎖された極貧の領地で、どうやってそんな現金を……!」


「簡単です。……お客様にたくさん来ていただきましたから」


私は背後のドームを親指で示した。


「現在、当リゾートの稼働率は一二〇%。客単価は王都の高級ホテルの三倍。……貴方が経済封鎖をしてくれたおかげで、希少価値が高まり、素晴らしい『独占市場』が形成されました。感謝しますわ」


「な、なにぃ……!?」


「それに」


私はもう一枚の書類を、ヴィクトルに向けて突きつけた。


「貴方は大きなミスをしました。一方的な経済封鎖は、帝国側の商人たちにも大打撃を与えたのです。北への輸出が止まり、在庫を抱えた帝国の商社は次々と株価を落としています」


「そ、それがどうした!」


「私はその動きを予測し、先週のうちにガレリア帝国の通貨と国債を『空売り』しておきました」


シン……と、吹雪の音が大きく聞こえた。

ヴィクトルが、口をパクパクさせている。 空売り。

それは、価格が下がることを見越して、手元にない商品を先に売る投機手法。

つまり、帝国の経済が悪化すればするほど、私の懐には莫大な利益が転がり込む仕組みだ。


「……つまり、貴方が封鎖を続ければ続けるほど、アインスワース家は儲かり、貴方の国は貧しくなる。……皮肉な話ですね?」


「き、貴様ぁぁ……!!」


ヴィクトルの顔色が、赤から青、そして土気色へと変わっていく。

彼は気づいたのだ。 自分が「狩る側」ではなく、「カモ」にされていたことに。

経済という名の盤上で、彼は私に手も足も出ず、完封されたのだ。


「……貴方の資産状況も調べさせてもらいました、ヴィクトル殿」


私は冷徹に宣告した。


「今回の軍事行動、本国の許可を得ていませんね? 独断での出兵。……この失敗が露呈すれば、貴方は破産どころか、国家反逆罪で処刑されるのでは?」


「だ、黙れ……! 黙れ黙れ黙れぇぇ!!」


ヴィクトルが叫んだ。 その目は血走り、もはや知性のかけらもない。

プライドをへし折られ、退路を断たれた男の、惨めな末路。


「……交渉決裂だ」


彼は震える手で、背後の荷馬車に合図を送った。


「買収できないなら……壊すまでだ!!」


ドォォォォンッ!! 荷馬車の覆いが吹き飛び、巨大な鋼鉄の塊が姿を現した。

それは、人の形をした不気味な兵器。 胸部に赤い魔石を埋め込んだ、旧文明の遺産「魔導兵器ゴーレム」だった。


「やれ! そのドームを粉々にしろ! 女も、子供も、一人残らず踏み潰せぇぇ!!」


理性を失ったヴィクトルの命令に従い、魔導兵器が重い足音を響かせて動き出す。 その目は赤く光り、口からは高熱の蒸気を吐き出している。


「……やれやれ。最後は暴力ですか」


私はため息をつき、一歩下がって夫に道を譲った。


「計算外の愚か者ですね。……お願いします、アレクセイさん」


「ああ。……任せろ」


アレクセイさんが静かに前に出た。 彼の手には武器はない。

ただ、その瞳に宿る冷気だけが、猛吹雪よりも低く、鋭く、研ぎ澄まされていた。


「私の妻との交渉を台無しにし、あまつさえ家族に牙を剥いたこと……」


パキィィィン……! 彼が踏み出した一歩で、大地が一瞬にして凍結する。


「……その身を持って後悔するがいい」


買収王の野望は潰えた。

ここからは、「氷の宰相」による一方的な処刑の時間だ。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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