第81話「極北リゾート、アインスワースの奇跡」
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「……信じられん。ここが本当に、あの極寒のアインスワース領なのか?」
公爵家の当主が、ワイングラス片手に呟いた。
彼の目の前に広がるのは、色とりどりの花が咲き乱れる常春の楽園。 頭上を覆う巨大な「氷のドーム」は、外の猛吹雪を遮断しつつ、柔らかい陽光だけを透過させている。
そして何より、湯煙を上げる広大な露天風呂が、旅の疲れを芯から癒やしてくれるのだ。
「ええ、夢のようですわ! 雪を見ながら水着で温まるなんて、王都では絶対に味わえない体験です!」
公爵令嬢のエリザベス嬢が、マリーと一緒に温水プールでキャッキャとはしゃいでいる。
その周りでは、他の令嬢たちも領地特産の新鮮ミルク使用のフルーツ牛乳を飲みながら、優雅なひとときを過ごしていた。
「いらっしゃいませ。……当リゾート自慢の『雪解け野菜のテリーヌ』でございます」
家令のセバスチャンが、真新しい制服に身を包み、恭しく料理を運んでいく。
かつては寒さと貧しさに震えていた彼だが、今は生き生きとした表情で、誇らしげに客をもてなしている。
「うむ、美味い! この野菜の甘みは何だ?」
「温泉熱を利用した促成栽培でございます。……我が領地の『大地』の味をご堪能ください」
あちこちで上がる歓声と、感嘆の声。
ロビーの隅でその光景を眺めていた私は、眼鏡の奥で静かに微笑んだ。
「……計算通り。いえ、計算以上の『熱狂』ですね」
手元の売上台帳には、目が眩むような数字が並んでいる。 宿泊費、飲食代、お土産代。 帝国の経済封鎖でゼロになりかけていた領地の収入は、わずか数日で過去最高益を叩き出していた。
「リアナ。……君は魔法使いではないが、ある意味で私以上の魔法を使うな」
隣に立ったアレクセイさんが、呆れたように、けれど愛おしそうに私を見た。
「枯れた大地を黄金に変え、凍えた民を笑顔にした。……『アインスワースの奇跡』だ」
「ふふ。奇跡ではありませんよ。これは『投資と回収』の正当な結果です」
私は彼の手を取り、そっと握り返した。
「それに、一番の功労者は貴方です。このドームも、お湯も、貴方の魔法と勇気がなければ存在しませんでした」
「……よせ。照れるだろう」
アレクセイさんが赤くなり、視線を逸らした。
その先では、アレクがゼノンさんに抱かれながら、お客さんの貴婦人たちに愛嬌を振りまき、大量のお菓子をもらっている。 息子もまた、立派な「営業部長」として働いているようだ。
その夜。 客室の明かりが消え、静寂が訪れた執務室で、私は最終的な収支報告をまとめていた。
「……黒字です。それも、今後十年は安泰なレベルの」
私はペンを置いた。 これで、領地の危機は去った。 燃料も食料も、帝国の輸入に頼る必要はない。 むしろ、これからは帝国側が「アインスワースの温泉に入りたい」と頭を下げてくる立場になるだろう。
「……おや?」
ふと、窓の外に違和感を覚えた。 氷のドームの外。 吹雪く闇の中に、赤い光が点滅している。 一つ、二つ……いや、数十の光が、こちらへ向かって移動している。
「アレクセイさん!」
私が叫ぶより早く、ソファで仮眠をとっていた夫が跳ね起きた。
彼の瞳は、既に戦闘モードの鋭さを宿している。
「……結界に反応がある。客ではない。……明らかな敵意を持った集団だ」
ドォォォォン……!
遠くで爆発音が響き、ドームの氷壁が微かに振動した。 敵襲だ。
それも、こっそり忍び込むような手口ではない。
正面から堂々と、軍事力を行使しての「侵攻」。
「……来ましたか」
私は冷静に眼鏡を押し上げた。 経済戦争で負けた相手が、最後にとる手段。
それはいつだって、理不尽な暴力だ。
「ヴィクトル・バレンタインですね」
「ああ。……どうやら、引導を渡されに来たらしい」
アレクセイさんが立ち上がり、手袋をキュッと締め直した。
その指先には、バチバチと青白い冷気が纏わりつき、周囲の空気が一瞬にして凍てつく。 彼が本気で怒っている証拠だ。
「リアナ。君とアレク、そしてお客様たちはここにいろ。……私が『出迎え』に行ってくる」
「お気をつけて。……ただし、命までは奪わないでくださいね?」
私は彼を見つめ、事務的な、しかし絶対的な口調で付け加えた。
「死人からは、賠償金が回収できませんから。……きっちりと生かして、私に引き渡してください」
「フッ……承知した。我が家の財務大臣殿」
アレクセイさんは不敵に笑い、転移魔法の光に包まれて消えた。
アインスワース温泉郷、最大の危機。
しかし、私には不安はなかった。
なぜなら、家族を、そして愛する妻の作った楽園を汚された時の「氷の宰相」がどれほど恐ろしいか、私は誰よりも知っているからだ。
外の吹雪が、さらに激しさを増していく。
決戦の時が迫っていた。
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