第78話「氷のドームと露天風呂、常識外れの建築計画」
「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」
「……蓋?」
「はい。蓋です」
吹きすさぶ吹雪の中、源泉の前で仁王立ちする私に、アレクセイさんがきょとんとした顔を向けた。 足元からは熱い湯気が上がっているが、外気はマイナス三十度。
どんなに素晴らしい温泉でも、裸になった瞬間に凍死してしまっては意味がない。
「アレクセイさん。この源泉地帯をすっぽりと覆う、巨大な『ドーム』を作ってください」
私は手書きメモの設計図を彼に見せた。
「素材は貴方の得意な『氷』です。ただし、温泉の熱でも絶対に溶けず、かつ外の光を取り込める透明度の高い氷。……それを半球状に展開し、内部を『温室』にするのです」
私のプランはこうだ。 外は極寒の雪景色。けれど、氷の壁一枚隔てた内側は、温泉の熱気が充満する常春の楽園。 雪を見ながら、寒さを感じずに露天風呂を楽しむ。 これぞ、魔法と自然エネルギーを融合させた「全天候型リゾート」だ。
「……なるほど。氷で熱を閉じ込めるか。パラドックスだが、面白い」
アレクセイさんが、不敵な笑みを浮かべた。
彼はコートを脱ぎ捨て掌を掲げた。
「いいだろう。私の氷魔法が『破壊』のためだけでなく、『創造』にも使えることを証明して見せよう。……リアナ、どのくらいの広さが必要だ?」
「直径二百メートル。この谷全体を覆い尽くすくらいでお願いします」
「フッ、注文が多いな。だが、愛する妻のためだ。やってやろう!」
アレクセイさんの杖の先から、青白い閃光が迸った。
「氷結界・大伽藍!」
ズズズズズ……ッ! 地響きと共に、大地から無数の氷の柱がせり上がってきた。
それは生き物のように空へと伸び、互いに絡み合い、薄く、しかし強固な壁を形成していく。
「うわぁ……! すごい! 空が見えなくなっちゃう!」
「綺麗……! まるで水晶のお城みたい!」
手伝いに来ていたレオとマリーが歓声を上げる。
氷の壁はみるみるうちに頭上を覆い、太陽の光を浴びて七色に輝く巨大なドームとなった。 最後の隙間が塞がれた瞬間──。
ヒュウゥゥ……という風の音が消えた。
代わりに、ドーム内に充満し始めたのは、むっとするほどの湿気と、温かい空気だった。
「……成功です」
私は眼鏡を外し、曇りを拭き取った。
「外気は遮断されました。現在の室温、十五度。湿度八十%。……これなら、裸でも快適です」
「ふぅ。……どうだリアナ。これが私の愛の結晶だ」
額に汗を浮かべたアレクセイさんが、ドヤ顔で振り返る。
その顔を見て、私は思わず吹き出しそうになったが、ぐっと堪えて親指を立てた。
「最高です、アレクセイさん。惚れ直しました」
「そ、そうか? ///」
「さあ、ここからは総力戦ですよ! お風呂を作ります!」
箱ができれば、次は中身だ。
私は集まった領民たちに声をかけた。
当初は「王都から来た奥様が何を……」と懐疑的だった彼らも、アレクセイさんの魔法と、湧き出る温泉の温かさを肌で感じ、目に希望の光を宿していた。
「男手は岩を運んで浴槽作り! 女性陣は脱衣所の設営と、食事の準備をお願いします!」
「おうよ! やってやらぁ!」
「こんな温かい場所で働けるなんて、夢みたいだわ!」
ボルグ商会から没収した資金で日当も弾んだため、士気は最高潮だ。
みんなが生き生きと働き始める中、一人の小さな「現場監督」も張り切っていた。
「あーう!(ぼくもやる!)」
アレクだ。 彼はゼノンさんに抱っこされながら、作業中の石工さんたちをじっと見ていたが、やがて小さな手を岩に向けた。
パチンッ。
「おわっ!?」
石工さんが悲鳴を上げた。 彼が削ろうとしていたゴツゴツした岩が、一瞬にしてツルツルの、色鮮やかな「大理石のタイル」に変わっていたからだ。
「こ、こりゃあ……最高級のマーブル石じゃねえか!?」
「あーう!(きれいになった!)」
「フォッフォッフォ! アレク様からの資材提供じゃ! ありがたく使え!」
ゼノンさんが笑う。 アレクの物質変換魔法が、建築資材のグレードを勝手に底上げしてくれている。
ただの岩風呂の予定が、いつの間にか「王宮風・大理石風呂」になりつつあった。
「……コストゼロで高級建材へのアップグレード。素晴らしいです、アレク」
「将来は建築家か? それとも錬金術師か?」
私とアレクセイさんは、親バカ全開で息子の頭を撫で回した。
数日後。 突貫工事の末、ついに「アインスワース温泉郷・第一浴場」の基礎が完成した。 まだ更衣室などは仮設だが、メインの露天風呂には、なみなみとお湯が注がれている。
「……壮観だな」
夕暮れ時。 作業を終えた私たちは、湯煙の向こうに広がる景色を見つめた。
透明な氷のドーム越しに見えるのは、燃えるような夕焼けと、銀色の雪原。
外は極寒の世界だが、ここは楽園。
このコントラストこそが、何よりの贅沢だ。
「これならいけます。帝国のお金持ちたちが、束の間の春を求めて殺到するはずです」
私は確信を持って言った。
アレクセイさんも、満足そうに頷く。
「ああ。……何より、私が早く入りたい」
「ふふ。一番風呂は、開業までお預けですよ」
私たちは笑い合い、明日の仕上げ作業に向けて屋敷へと戻ることにした。
未来は明るい。 この場所が、領地を救う希望の灯火になる。
誰もがそう信じて疑わなかった。
──しかし。
その夜。 誰もいなくなった建設現場の暗闇に、いくつかの黒い影が蠢いていた。
「……ここか。ヴィクトル様の言っていた場所は」
「フン。氷で作った温室だと? 笑わせる」
影たちは、完成したばかりの浴槽の周りに、何か油のような液体を撒き始めた。
「燃やせ。……土台の木材ごと、全て灰にしてやる」
「アインスワースに、希望など不要だ」
マッチの火がシュッと擦られる音。
極寒の風に乗って、焦げ臭い悪意が、静かに忍び寄ろうとしていた。
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