第77話「賢者と赤ちゃんの発見、雪原のホットスポット」
「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」
「ほほう! こりゃあたまげた。……ただのお湯じゃないぞ」
湯気がもうもうと立ち込める屋敷の裏庭。
賢者ゼノンさんは、湧き出したばかりの温泉に杖の先を浸し、その雫を舐めて目を丸くした。
「硫黄にナトリウム、それに……微量のマナが溶け込んでおる。浸かれば肌はツルツル、腰痛は治り、魔法使いなら魔力回復速度が三割増しになる『奇跡の霊泉』じゃ!」
「魔力回復まで……? それは本当ですか、ゼノン殿」
アレクセイさんが疑わしそうに尋ねる。 彼はまだ、雪原に湧いた泥水に見えるものを警戒しているようだ。
「疑うなら手を入れてみるがよい。……ほれ」
「うわっ!? 熱いじゃないか!」
ゼノンさんに強引に手を引かれ、アレクセイさんはしぶしぶお湯に指先を触れさせた。 瞬間。 彼の表情が、固く閉ざされた氷の城門が開くように、ふわりと緩んだ。
「……あ、温かい」
彼は驚いたように自分の手を見つめた。
指先からじんわりと熱が伝わり、凍えていた身体の芯まで染み渡っていく感覚。
「どうですか、アレクセイさん?」
「……素晴らしい。まるで春の日差しを凝縮したようだ。これなら、この極寒の地でも生きていけるかもしれない」
寒がりの夫の目が、キラキラと輝き始めた。
よし、最大の出資者の合意は取れた。 私は眼鏡の位置を直し、手帳に猛烈な勢いでメモを書き始めた。
「成分分析完了。効能確認済み。……ゼノンさん、源泉の量は?」
「底なしじゃ。この山の地下には巨大な熱水脈がある。王都の貴族全員が毎日風呂に入っても枯れんじゃろう」
「完璧です」
私はバサッと手帳を閉じ、家族全員──アレクセイさん、ゼノンさん、レオ、マリー、そして家令のセバスチャンに向き直った。
「聞きましたね? 私たちは今、ダイヤモンドの鉱脈の上に立っているのと同じです」
私の背後には、湯柱がゴーッという音を立てて噴き上がり、演出効果を高めている。
「鉱山の採掘権? そんなもの、くれてやっても構いません。……これからは『観光』の時代です」
私は熱弁を振るった。
「極寒の雪景色の中で、温かい温泉に浸かる贅沢。……これこそが、我が領地だけの『独自の価値』です。帝国の経済封鎖なんて関係ありません。向こうから『行きたい』『お金を落としたい』と思わせれば、人の流れは止められないのです!」
「す、すごい……! お姉ちゃん、かっこいい!」
「僕も手伝う! 何をすればいい?」
レオとマリーが目を輝かせる。 セバスチャンも、震える手で涙を拭っている。
「夢のようです……。この不毛の地に、そのような可能性があったとは……」
「夢じゃありません。現実にしますよ」
私はアレクセイさんの肩を叩いた。
「さあ、領主様。貴方の魔法の出番です。……この源泉を中心に、雪にも風にも負けない『巨大なドーム』を作ってください」
「ドーム? 氷でか?」
「はい。貴方の『溶けない氷』で全体を覆い、中は温泉の熱で常春の楽園にするのです。……できますね?」
無茶ぶりとも言える要求。
だが、アレクセイさんはニヤリと笑った。
「妻の頼みだ。……それに、私自身が一番その風呂に入りたいからな。最高のものを作ってみせよう」
「あーう!(ぼくも!)」
アレクもパパの真似をして手を挙げた。
アインスワース領地再生計画──
コードネーム『極北リゾート』。 いよいよ本格始動だ。
その数日後。 隣国ガレリア帝国、外交官執務室。
ヴィクトル・バレンタインは、上機嫌でワイングラスを揺らしていた。
窓の外には帝国の繁栄した街並みが広がっている。
「……報告によれば、アインスワース一家が領地へ向かったそうだな」
彼は背後に控える部下に問いかけた。
「はい。王都を逃げ出し、北へ向かったとの情報です」
「フン。王都の物価高に耐えきれず、実家に逃げ帰ったか。……だが、その実家こそが地獄だとも知らずにな」
ヴィクトルは嘲笑った。 彼の計算では、既にアインスワース領の経済は崩壊しているはずだ。 燃料はなく、食料も底をつき、領民たちは暴動寸前。 そこへ、のこのこと帰ってきた領主一家。 待ち受けているのは、怒れる民衆の吊るし上げか、あるいは寒さと飢えによる屈服か。
「そろそろ頃合いだな」
ヴィクトルは立ち上がり、コートを手に取った。
「私が直接出向き、救いの手を差し伸べてやろう。『鉱山を渡せば、パンとミルクを恵んでやる』とな」
彼は鏡の前で髪を整え、完璧な笑顔を作った。
自分がこれから向かう場所が、地獄どころか「湯気立ち上る極楽」に変わりつつあることなど、露知らず。
「待っていろ、リアナ・アインスワース。……君が泣いて慈悲を乞う顔が楽しみだ」
ヴィクトルは高笑いと共に部屋を出た。
その足音が、自らの敗北へのカウントダウンとも知らずに。
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