第76話「極寒の貧乏領地、赤字の原因を突き止めろ」
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「……酷いですね。これは『経営』以前の問題です」
到着した翌朝。 屋敷の中で唯一暖炉が稼働している執務室で、私は分厚い帳簿をテーブルに叩きつけた。 部屋の隅では、アレクセイさんが毛布を三枚被って震えているが、私の怒りの炎で室温は少し上がっているかもしれない。
「どういうことだ、リアナ? 帝国の封鎖で物価が上がっているから赤字なのでは?」
「確かに封鎖の影響はあります。ですが……見てください、この『燃料費』の項目を」
私は家令のセバスチャンが持ってきた請求書を指差した。
「薪一束、五百ベル。……王都の相場の十倍です。いくら輸送コストがかかるとはいえ、異常な数字です。さらに、この『特別コンサルタント料』という謎の支出。毎月百万ベルが支払われています」
「コンサルタント……? そんなものを雇った覚えはないぞ」
アレクセイさんが眉をひそめた。
「セバスチャン。これは誰に支払っている?」
「は、はい……。領内の流通を取り仕切る『ボルグ商会』です。彼らが『帝国の顔を立てるための政治献金が必要だ』と……。支払わなければ、燃料も食料も売らないと脅されまして……」
セバスチャンが悲痛な面持ちで答えた。
なるほど。構図が見えた。 帝国の経済封鎖をいいことに、領内の悪徳商人が不安を煽り、領主であるアレクセイさんからの送金を不当に搾取していたのだ。 そしてその商会の背後には、間違いなくヴィクトルの息がかかっているだろう。
「……火事場泥棒ですね。許せません」
私は眼鏡を指で押し上げた。 レンズの奥で、私の瞳が「監査モード」の冷たい光を宿す。
「セバスチャン。そのボルグという商人を、今すぐここに呼び出しなさい。……『緊急監査』の時間です」
一時間後。 執務室に、脂ぎった小太りの男が入ってきた。 高そうな毛皮のコートを着込み、指には悪趣味な宝石の指輪をいくつも嵌めている。ボルグ商会の会頭だ。
「へっへっへ。宰相閣下、わざわざ王都からのお戻り、ご苦労様ですなぁ。して、未払いの代金の件ですか? 早く支払っていただかないと、領民たちが凍え死にますぜ?」
ボルグはふんぞり返り、アレクセイさんを見下すような態度をとった。
アレクセイさんが何か言う前に、私が一歩前に出た。
「代金なら支払いますよ。……『適正価格』であれば、ですが」
「あぁ? なんだ、あんたは」
「妻のリアナです。……ボルグさん。貴方が納品している薪ですが、隣の村の木こりから五十ベルで買い叩いたものですね?」
私は一枚の書類を突きつけた。
「昨日、ゼノンさんに頼んで貴方の倉庫から『転送』してもらった、裏帳簿の写しです。……五十ベルで仕入れたものを、領主に五百ベルで売りつける。利益率九〇〇%。暴利取締法違反です」
「な、なにを……! いつの間に倉庫へ!?」
「大賢者の魔法にかかれば、紙切れ一枚取り寄せるなど造作もありませんよ」
部屋の隅で酒を飲んでいたゼノンさんが、ニカッと笑って手を振った。
「ぐっ……!」
ボルグがたじろいだ。 私はさらに畳み掛ける。
「そして、この『コンサルタント料』。……送金先はガレリア帝国の架空口座。つまり、貴方は我が領の資産を敵国へ横流ししている『スパイ』ということになりますね?」
「な、証拠はあるのか!? 言いがかりだ!」
「証拠なら、貴方の懐に入っているその手帳……今度は私が透視しましょうか? と言いたいところですが、既に帝国の銀行との通信記録も押さえてあります」
「そ、そんな……!」
「さあ、どうしますか? 全額返金して領地から出て行くか、それとも……」
私が言いかけた時、アレクセイさんが立ち上がった。
毛布を脱ぎ捨てた彼は、部屋中の空気を凍らせるほどの魔圧を放っていた。
「私の民を食い物にし、妻を侮辱した罪は重いぞ」
パキパキパキ……! ボルグの足元から、床が急速に凍りつき、彼の足を拘束した。
「ひぃぃっ!? た、助けてくれぇぇ!」
「安心しろ。殺しはしない。……だが、搾取した金は全て吐き出してもらう。王都の牢屋で、頭が冷えるまで反省するんだな」
アレクセイさんが指を弾くと、王都から連れてきていた護衛の騎士たちが踏み込み、ボルグを拘束した。 その様子を見ていた弟のレオが、「義兄さん、かっこいい……!」と目を輝かせている。
悪徳商人の追放。 それは、領地改革の第一歩であり、最大の止血処置だった。
「……ふぅ。これで少しは資金繰りが改善しますね」
騒動が終わり、私たちは屋敷の裏庭に出た。
ボルグから没収した資産を使えば、当面の燃料と食料は確保できるだろう。
だが、それは一時しのぎに過ぎない。
根本的な「黒字化」には、まだ何かが足りない。
「しかし寒いな……。リアナ、早く中に入ろう」
アレクセイさんが、アレクを抱いたままガタガタと震えている。 確かに寒い。
吐く息が瞬時に白くなるほどの極寒だ。 屋敷の裏には枯れた大地と、雪に覆われた岩山が広がっているだけ。
「あーう……」
アレクセイさんの腕の中で、アレクも鼻を赤くしていた。
パパに似て寒がりなのだろうか。
「ごめんね、アレク。寒かったわね」
私がアレクの頭を撫でようとした、その時。
「……くちゅんっ!!」
アレクが大きなくしゃみをした。 可愛らしいくしゃみだ。
だが、彼が「規格外の魔力持ち」であることを、私たちは一瞬忘れていた。
ドォォォォォンッ……!!
「えっ?」
アレクのくしゃみと同時に、足元の地面が大きく揺れた。 地震? いや、違う。
アレクの「寒い! 温かくなりたい!」という本能的な魔力が、地下深くの何かを刺激したのだ。
バシュゥゥゥゥーーッ!!
「うわぁっ!?」
「きゃあ!」
雪を突き破り、猛烈な勢いで「水柱」が噴き上がった。 いや、水ではない。
もうもうと白い湯気を立てる、熱いお湯だ。
「こ、これは……!?」
アレクセイさんが目を見開いた。 降り注ぐお湯のしぶきは、硫黄の微かな香りを纏っている。 凍てついていた地面の雪が、みるみるうちに溶けていく。
「……お湯……? それも、自然に湧き出ている?」
私は眼鏡についた水滴を拭い、その光景を呆然と見つめた。
そして、ゼノンさんが杖でそのお湯をすくい、舐めて叫んだ。
「こりゃあ『温泉』じゃ! しかも極上の泉質じゃぞ!」
「温泉……!」
その単語を聞いた瞬間、私の脳内電卓が、けたたましいファンファーレを鳴らした。
『発見:超・高収益観光資源』
『推定経済効果:測定不能』
「……アレクセイさん」
「な、なんだ?」
「勝ちました」
私は噴き上がる湯柱の前で、震える手でガッツポーズをした。
「鉱山なんて目じゃありません。……ここを『大陸一の温泉リゾート』にします! 帝国なんて相手にならないくらい、世界中からお金持ちを呼び寄せましょう!」
「あーう!」
アレクが得意げに笑い、またパチンと指を鳴らした。
空から降ってくるのは、雪ではなく、希望という名のダイヤモンドダストだった。
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