第72話「選び取りの儀式、掴んだ未来は」
「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」
「……よし。配置完了だ」
アインスワース宰相公邸、リビングルーム。
休日の朝から、アレクセイさんは真剣な表情で床を凝視していた。 そこには、柔らかい絨毯の上に、様々なアイテムが扇状に並べられている。
「剣、魔導書、杖、羽根ペン、ボール……。完璧な布陣だ」
「アレクセイさん。私の『そろばん』と『金貨』を端っこに追いやらないでください」
私は抗議しながら、追いやられたアイテムを中央に戻した。
今日は、私たちの愛息子、アレクサンダー(愛称:アレク)の記念すべき一歳の誕生日だ。
この国には、一歳の誕生日に子供の前に様々な道具を置き、何を最初に掴むかで将来を占う「選び取り」という儀式がある。
「いいか、リアナ。アレクは私の血を引いている。間違いなく『杖』か『魔導書』を選んで、大魔法使いになるはずだ」
「いいえ。あの子の経済感覚は私譲りです。きっと『金貨』を掴んで大富豪になります」
私たちは火花を散らした。
親バカ同士の、負けられない代理戦争だ。
「あーう!」
その時、ベビーサークルの中から元気な声が聞こえた。 今日の主役、アレクだ。
一歳になり、つかまり立ちとハイハイができるようになった彼は、ふわふわの銀髪と、右目が紫・左目が黄金色のオッドアイを輝かせている。
「おめでとう、アレク! 今日はパパとママと、みんなでお祝いよ」
「きゃっきゃ!」
私が抱き上げると、アレクセイさんがすかさず頬にキスをした。
「世界一可愛いぞ、アレク。……さあ、君の未来を選びたまえ」
午後からは、レオとマリー、そしてカトリーヌ義母様も駆けつけ、盛大な誕生日パーティーが始まった。
部屋は色とりどりの風船と、アレクセイさんが氷魔法で作ったキラキラ光るオブジェで飾られている。
「アレクくん、お誕生日おめでとう!」
「これ、僕が選んだオモチャだよ! 遊んでね!」
レオとマリーがプレゼントを渡すと、アレクは嬉しそうに手をパチパチと叩いた。 その拍手に合わせて、小さなダイヤモンドの粒がポロポロと生成される。
「あらあら。相変わらず景気がいい子ねぇ」
カトリーヌ義母様が笑いながらダイヤを拾い集める。 生まれた時に見せた「物質変換魔法」は健在で、アレクが喜ぶたびに我が家の宝石が増えるという、とんでもない仕様になっていた。
「さて……そろそろ儀式を始めましょうか」
ケーキを食べ終えた後、私はアレクを絨毯のスタート位置に座らせた。
数メートル先には、運命のアイテムたちが並んでいる。
・剣(騎士・武人)
・本(学者・知識人)
・杖(魔法使い)
・ペン(芸術家・文筆家)
・そろばん&金貨(商人・資産家)
「さあ、アレク。おいで」
「パパのところにおいで。……ほら、あのカッコいい『杖』が見えるだろう?」
「こっちよアレク。キラキラ光る『金貨』は好きでしょ?」
私とアレクセイさんが、ゴール地点で手招きをする。
レオとマリー、義母様も固唾を飲んで見守っている。
「あい!」
アレクはニカッと笑うと、ハイハイで猛進を開始した。 速い。迷いがない。
「おっ、杖に向かっているぞ! さすが我が子!」
「あっ、進路変更! そろばんの方へ……!」
アレクはアイテムの前に到達した。
彼の小さな手が伸びる。
狙うは、アレクセイさんが置いた「樫の木の杖」か、私が置いた「純金の金貨」か。
緊張が走る。 アレクの手が、杖に触れようとし──。
ヒュッ。
通り過ぎた。
「え?」
杖も、金貨も、本も、全て無視。 彼はアイテムの列を素通りし、さらにその奥へ、一直線にハイハイしていく。
「アレク? どこへ行くんだ?」
彼が向かった先。 そこには、私たち夫婦が並んで座っていた。 アレクは私たちの足元まで来ると、つかまり立ちをし、小さな両手をいっぱいに広げた。
「……パパ! ママ!」
そして。 右手でアレクセイさんの指を。
左手で私の指を。
同時に、ぎゅっと強く握りしめたのだ。
「……!」
シン……と部屋が静まり返り、次の瞬間、歓声が上がった。
「わあ! 両方選んだ!」
「パパとママを選んだのね!」
カトリーヌ義母様が手を叩いて喜んだ。
私とアレクセイさんは、顔を見合わせ、
呆気にとられ──そして、同時に相好を崩した。
「……そうか。職業なんてどうでもいい、と」
「パパとママが一番、ということですね」
アレクセイさんは感極まった様子で、アレクを抱き上げた。
「合格だ! 大正解だ、アレク! ……そうだ、お前の未来は職業に縛られるような小さなものじゃない。愛に生きるんだ!」
「あーう!」
「ふふ。……でも、将来は『すねかじり』にならないでくださいね?」
私が苦笑すると、アレクは私の鼻をパチンと触った。 ポロン、と大粒のルビーが生成され、私の手のひらに落ちる。 まるで「老後は任せて」とでも言うように。
「……敵いませんね、この子には」
私たちは笑い合った。 剣でも、杖でも、金貨でもない。
彼が選んだのは「家族」という、最も尊く、計算不能な未来だった。
その日の夜。 アレクが遊び疲れて眠り、パーティーの後片付けも終わった静かなリビング。
私とアレクセイさんは、窓辺で月を見ながらワイン。
私は葡萄ジュースを飲んでいた。
「……いい誕生日だったな」
「はい。一年って、あっという間ですね」
一年前、分娩室で叫んでいたのが嘘のようだ。
この一年、夜泣きにオムツ替え、離乳食作りと怒涛の日々だったが、その全てが愛おしい「黒字」の時間だった。
「……リアナ」
アレクセイさんがグラスを置き、私に向き直った。
その表情は、どこか改まった、真剣なものだった。
「ん? どうしました?」
「アレクも一歳になり、少し落ち着いた。……
だから、今のうちに伝えておきたいことがある」
彼は私の手を取り、その薬指に光る指輪──かつて「契約」として交わした結婚指輪を優しく撫でた。
「私たちの始まりは、契約だった。借金返済と仕事のためだけのドライな関係だったはずだ」
「……ええ。懐かしいですね」
「だが、今の私は……君なしでは息もできないほど、君に依存している」
彼はアメジストの瞳で、私を射抜いた。
「リアナ。……君との契約を、更新したい」
「更新?」
「ああ。もはや『契約』という言葉では足りないが……。これからの人生、白髪の老婆になっても、来世になっても、私の隣にいてほしい」
それは、改めてのプロポーズだった。
借金も、利害関係もない。
ただ純粋な、心からの求愛。
私は眼鏡を外し、涙が滲むのをこらえて微笑んだ。
「……では、契約条件を変更します」
「条件?」
「ええ。今の貴方の『資産価値』は測定不能ですから……お小遣い制程度では割に合いません」
私が意地悪く言うと、彼は緊張した面持ちで「いくらだ?」と聞いた。
私は彼の手をギュッと握り返し、宣告した。
「対価は『貴方の生涯』すべてです。……クーリングオフは認めませんし、最期の一瞬まで私を愛し続けること。……それが条件です」
私がそう告げると、彼は安堵したように、そして世界一幸せそうに笑った。
「……高くつくな。だが、喜んで支払おう」
彼は私の手を唇に押し当て、誓いのキスをした。
「交渉成立だ、リアナ。……愛している」
私たちは月明かりの下、静かに口づけを交わした。 借金から始まった二人の物語。 金銭の契約は終わり、永遠の愛の契約がここに結ばれた。
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