第71話「出産当日、宰相の悲鳴と母の強さ」
「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」
「……アレクセイさん。落ち着いて聞いてください」
ポカポカとした陽気が差し込む、日曜日の午後。
私はリビングでお茶を飲みながら、読書をしている夫に声をかけた。
「なんだ、リアナ。クッションの位置が悪いか? それとも足がむくんだか?」
「いいえ。……破水しました」
「……は?」
アレクセイさんが持っていた本が、手から滑り落ちた。
バサッ、という音が静寂を破る。
「は、破水……? つまり、その……」
「はい。予定日より三日早いですが……来るようです」
私は腹部に走る鈍い痛みに耐えながら、腕時計を見た。
「陣痛間隔、十分。……さあ、『出産計画』を開始しますよ」
「あ、ああ……! 分かった! すぐにだ!」
アレクセイさんが立ち上がった。 そして、真っ白になった顔で叫んだ。
「る、ルーカス! 敵襲だ!! いや、緊急事態だ!! 騎士団を総動員して道を空けろ! 医師団を監禁……いや、待機させろ!!」
「アレクセイさん、落ち着いて。敵はいません」
「私が抱えていく! いや、転移魔法か!? しかし妊婦に空間転移は負担が……どうすればいい!? とりあえず氷漬けにして進行を止めるか!?」
「凍らせないでください! 普通に馬車を出してください!」
普段は「氷の宰相」と恐れられる男が、今はただのパニックになった夫だった。
私はため息をつきつつ、冷静に指示を出した。
これから始まるのは、私の人生で最大級の「大仕事」なのだから。
数時間後。 王宮内の特別分娩室。
「うぅ……っ、くぅ……っ!」
激痛。 腰が砕けるような、内側からハンマーで殴られているような痛みが、波のように押し寄せてくる。 私はベッドの柵を握りしめ、脂汗を流していた。
「リアナ! リアナ!! しっかりしろ!」
「……う、るさい……です……」
私の枕元には、私以上に顔面蒼白で、涙目になっているアレクセイさんがいた。
彼は私の手を両手で握りしめ、ガクガクと震えている。
「すまない……! 私が代わってやりたい……! なぜ魔法で痛みを転送できないんだ……! くそっ、私の無力さが憎い!」
「……アレクセイさん、手が……痛い……」
「ああっ、すまない!」
彼が慌てて力を緩める。 助産師さんたちがテキパキと動く中、夫は完全に邪魔……いや、精神的支柱としてそこにいた。
「閣下、もう少しです! 子宮口全開大!」
「リアナ様、いきんでください!」
「はい……っ!」
私は大きく息を吸い込んだ。
痛い。怖い。もう逃げ出したい。 でも──。
(……会いたい)
この十ヶ月。 つわりに耐え、体重増加に悩み、
胎動に励まされ、アレクセイさんと名前を考えた日々。 その全ての「投資」を回収し、最高の「利益」を手に入れる瞬間が、今なのだ。
「……ふぅーーーーっ!!」
私が力を込めると同時だった。
ゴゴゴゴゴゴッ……!!
分娩室が激しく揺れた。 地震ではない。 私のお腹から──赤ちゃんの魔力が暴走しているのだ。
照明が明滅し、金属製の器具がガタガタと宙に浮く。
「ひぃっ!? ポルターガイスト現象!?」
「落ち着け! 私が抑える!」
アレクセイさんが片手で防御結界を展開し、飛び交うメスやトレイを弾き飛ばす。
「我が子よ! 今は暴れるな! ママが頑張っているんだぞ!」
「……うあああああーーっ!!」
私は魔力暴走も、アレクセイさんの叫びも無視して、最後の力を振り絞った。
この痛みの先に、光がある。
計算も理屈も超えた、命の奇跡が。
「頭が見えました! あと一回!」
「いけぇぇぇぇ、リアナァァァッ!!」
アレクセイさんの、聞いたこともないような絶叫が響き渡った。
私は彼の手を握り返し、渾身の力で──世界を押し広げた。
「……んぎゃあぁぁぁぁぁーーっ!!」
元気な産声。 同時に、部屋中を渦巻いていた魔力の嵐が、ピタリと止んだ。
ふわり、と温かい光が分娩室を満たす。
「……はぁ、はぁ……」
全身の力が抜けた。 私の視界の端に、助産師さんに抱き上げられる、小さな、赤い塊が見えた。
「おめでとうございます! 元気な男の子ですよ!」
男の子。 その言葉を聞いた瞬間、アレクセイさんが崩れ落ちた。
「……やった……。リアナ……やったぞ……」
「……はい」
助産師さんが、産湯につかった赤ちゃんを、綺麗なタオルに包んで連れてきてくれた。
私の胸の上に、ずっしりとした重みが乗る。
「……はじめまして」
私は震える手で、その小さな頬に触れた。
温かい。柔らかい。 アレクセイさんと同じ、少し銀色がかった髪の産毛。 まだくしゃくしゃの顔だけど、世界で一番愛おしい顔。
「……よく頑張ったな、リアナ。……本当に、ありがとう」
アレクセイさんが、私と赤ちゃんの両方を抱きしめるように覆いかぶさる。
彼のアメジストの瞳からは、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていた。
「見てくれ。……私の指を握っている。なんて力強いんだ」
「ふふ。……将来は、貴方を超える魔法使いになりますね」
私たちは泣き笑いで顔を見合わせた。
激動の出産劇。 宰相の悲鳴と、魔力暴走のオマケ付き。でも、結果は最高だ。これ以上の「黒字」はない。
その時だった。
「……あぅ?」
腕の中の赤ちゃんが、ゆっくりと目を開けた。
その瞳の色を見て、私は息を呑んだ。
「……アレクセイさん。見て」
「ん?」
その瞳は、アレクセイさんの『アメジスト(紫)』と……私の『トパーズ(黄金色)』だった。 右目が神秘的な紫。左目が、蜂蜜を溶かしたような深い黄金色。
二人の色を受け継いだ、美しい「オッドアイ」だ。
「……右目は私で、左目はリアナか」
「ええ。……見事に半分こですね」
そして、赤ちゃんは私とアレクセイさんの顔をじっと見つめると──。
パチンッ。
小さな指を鳴らすような仕草をした。 その瞬間。 アレクセイさんが流していた涙が、空中で結晶化し、キラキラと輝く「ダイヤモンドの粒」に変わって降り注いだ。
「……なっ!?」
「……物質変換魔法?」
生まれた瞬間に、父親の涙を宝石に変える赤ちゃん。
私とアレクセイさんは、顔を見合わせ──
そして、同時に吹き出した。
「……あはは! さすがはアインスワース家の子だ!」
「ええ。……これなら、将来お金には困りませんね」
私の計算機の中に、新たな項目が追加された。
『長男:計算不能の可能性を秘めた、我が家の最高資産』。
新しい生活の幕開けは、宝石の雨と共に始まった。
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