第62話「断捨離戦争、そのガラクタは私の宝物」
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「……さて。宣言通り、始めましょうか」
日曜日の朝。 爽やかな日差しが差し込む公邸のリビングで、私は腕まくりをして仁王立ちしていた。 目の前には、アレクセイさんの部屋や倉庫から運び出した「使途不明品」の山が築かれている。
「名付けて、『アインスワース家・大断捨離作戦』です!」
私が高らかに宣言すると、ソファに座らされたアレクセイさんが、まるで処刑台の上の囚人のような顔で震えた。
「り、リアナ。本当にやるのか? どれも由緒ある品々なのだが」
「由緒があっても、埃を被っていたらただの在庫です。管理コストの無駄です」
私は床に三色のテープを貼った。
『売却』『寄付』『廃棄』。
この三つのエリアに、容赦なく仕分けしていくのが今日のミッションだ。
「では、第一の品。……この『黄金の孫の手』」
私は純金製の、無駄に装飾が施された孫の手を持ち上げた。
「重すぎて肩が凝ります。それに、アレクセイさんは魔法で背中をかけますよね?」
「あぁ。風魔法を使えばピンポイントで」
「なら不要です。金の地金として売却します。推定十万ベル」
「ああっ!? 祖父の形見が!」
アレクセイさんの悲鳴を無視し、私はそれを『売却』エリアへ放り込んだ。
「次。この『呪われた仮面』。夜中に目が光るとメイドたちが怖がっています」
「待て! それは魔力制御の訓練に使える貴重な……」
「電気代の無駄です。廃棄!」
「呪具を燃えるゴミに出すな!」
次々と仕分けられていく品々。 謎の石像、着ない服、誰にもらったか分からない絵画。 私の「資産鑑定スキル」と「主婦の直感」が火を噴き、部屋はみるみる片付いていく。
「……ふぅ。だいぶスッキリしましたね」
一時間後。 リビングは見違えるほど広くなっていた。
アレクセイさんは、売却エリアに積まれた山を見て、涙目になっている。
「私のコレクションが……。現金化されてしまう……」
「いいじゃないですか。そのお金で、美味しいものを食べましょう」
私は満足げに頷き、最後のエリア──クローゼットの奥の探索に向かった。
「さて、最後はここですね。ん? 何ですか、この箱」
クローゼットの最上段。 埃を被った、古びた木箱があった。装飾もない、ただの粗末な箱だ。
「……む」
それを見た瞬間、アレクセイさんの顔色が変わった。彼はバッと立ち上がり、私の前に立ちはだかった。
「り、リアナ! その箱はダメだ!」
「何ですか? 怪しいですね。……もしかして、昔の恋人からの手紙とか?」
「違う! 断じて違うが……とにかく、それは仕分け対象外だ!」
「怪しい……。中身を確認して、資産価値がなければ『廃棄』です」
私は彼の制止をすり抜け、箱の蓋を開けた。
「──ッ!?」
「ああっ!」
中に入っていたのは、宝石でも、魔道具でもなかった。それは、まさに「ガラクタ」としか呼べないゴミの山だった。
インクが切れた、安物の羽ペン。
コンビニで売っているような、安い飴の包み紙。
使い古されてボロボロになった、ヘアゴム。
そして、私が以前書いた「雇用契約書」の下書き。
「アレクセイさん。これは何ですか?」
私は呆れて彼を見た。
「まさか、ゴミ屋敷の住人になる素質があったとは……。これ、全部燃えるゴミですよね?」
「だ、ダメだ!!」
アレクセイさんが、私の手から箱をひったくるように奪い返した。その必死な形相に、私は驚いた。あの「氷の宰相」が、ゴミ箱を抱えて顔を真っ赤にしているのだ。
「これは……私の、宝物だ」
「……はい?」
「この羽ペンは……君が初めてこの屋敷に来て、契約書にサインした時のペンだ」
彼は愛おしそうに、インク切れのペンを指で撫でた。
「この包み紙は……残業していた私に、君が『糖分補給です』と言ってくれた飴の紙だ。……魔法で真空パックしてある」
「……」
「このヘアゴムは、君が掃除中に落としたものだ。返そうと思ったが、君の髪の匂いが残っていたから、つい……」
「……」
「そしてこのメモは、君が初めて私に提案してくれた『経費削減案』だ。君の筆跡、君の思考、君の生きた証……全てがここにある」
アレクセイさんは、真剣な瞳で私を見つめた。
「世界中の財宝を売ってもいい。だが……この箱だけは、絶対に譲れない。これらは私にとって、計測不能の資産なんだ」
沈黙が流れた。 私の顔が、カァァッと熱くなるのが分かった。引くべきか、感動すべきか。 ギリギリのラインだ。いや、完全にアウトな気もする。特にヘアゴム。
でも──。
(この人、本当に私のことが好きなんだ)
こんなゴミを、宝石箱に入れて大切に保管するほどに。その不器用で重たい愛情が、どうしようもなく私の胸を打った。
「はぁ」
私は大きな溜息をつき、マジックペンを取り出した。そして、彼が抱えている木箱に、新たなカテゴリーを書き込んだ。
『家宝』
「……リアナ?」
「特別許可です。その箱だけは、貴方の部屋の金庫で厳重に保管してください」
「い、いいのか!?」
「はい。ただし……」
私は人差し指を立てて釘を刺した。
「ヘアゴムは新しいのを買ってください。それと、飴の紙は……まあ、真空パックなら虫は湧かないでしょうから、許します」
「ありがとう、リアナ!」
アレクセイさんは、一億円の商談が成立した時よりも嬉しそうに笑い、私を抱きしめた。
「君は慈悲深い女神だ。……愛している」
「はいはい。……でも、それ以外のガラクタは全部捨てますからね?」
「もちろんだ! 君との思い出さえあれば、他の装飾品など不要だ!」
現金なものだ。 彼は嬉々として、先ほどまで惜しがっていた骨董品を自ら「売却エリア」に運び込み始めた。
「これも売ろう! 君とのディナー代にするんだ!」と言いながら。
「やれやれ」
私は苦笑しながら、彼を見守った。 断捨離の結果、部屋はスッキリし、家計は潤い、そして夫の愛の重さが再確認された。 計算上は「大黒字」と言っていいだろう。
「……でも、あの箱、誰かに見られたら社会的に死にますよね」
私はそっと、彼の背中に向かって呟いた。
完璧な宰相の、唯一の弱点。
それは、私という「計算外の妻」への、深すぎる執着心なのだった。
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