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第61話「DIYの女王、王宮の家具を修繕する」

「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」



「……寒いな。リアナ、私のコートを着ていろ」


「大丈夫です。それより、本当に『大賢者』なんて人物がいるのでしょうか」


王都の中央にそびえ立つ「大時計塔」。 指定された最上階の展望台へ向かう螺旋階段を、私たちは警戒しながら登っていた。 きっかけは、つい先ほど公邸に届いた、謎の手紙だ。 『かつての大賢者』を名乗る人物からの呼び出し。 罠かもしれないが、アレクセイさんは「私の妻との平穏な生活を脅かす火種なら消す」と意気込んでいる。


ギィィィ……。 錆びついた扉を開けると、月明かりの下、一人の小柄な老人が背を向けて立っていた。 手には樫の木の杖。その背中には、どこか見覚えがあるような……。


「……よく来たな、氷の宰相。そして『稀代の計算機』の娘よ」


老人がゆっくりと振り返り、フードを下ろした。 その顔を見た瞬間、アレクセイさんが身構えた。


「……その魔力。まさか本当に、伝説の……」


アレクセイさんは緊張感を露わにした。 だが、私は違った。 私は眼鏡の位置を直し、その老人の顔をまじまじと見つめ──脳内の記憶データと照合した。 そして、大声で叫んだ。


「──やっぱり! ゼノンさんじゃないですか!!」


「……ん?」


アレクセイさんが驚いて私を見た。老人も「おっと」とバツが悪そうに肩をすくめた。


「ゼノンさん! 貴方、私がアレクセイさんに雇われる前……半年前の『ひまわり定食屋』のツケ、まだ払ってませんよね!? 五百八十ベル!」


「フォッフォッフォ。まだ覚えておったか」


老人は悪びれもせず、ニカッと笑った。 歯が数本抜けた、愛嬌のある笑顔。 間違いない。私が貧乏生活をしていた頃の実家の近所に住んでいた、独居老人だ。 毎日定食屋に入り浸り、一番安い日替わり定食を頼んでは「財布を忘れた」と言ってツケていく、下町の名物爺さんだ。


「り、リアナ? 知り合いなのか?」


「はい。以前住んでいた実家の近所にいたお爺ちゃんです。いつも公園で鳩にエサをやっていて……ボケ防止のために話し相手になってあげてたんです」


「ボケてなどおらん! わしは『大賢者ゼノン』じゃ!」


ゼノンさんは杖で床をドンと突いた。 途端に、彼を中心として凄まじい魔力の波紋が広がり、展望台の空気がビリビリと震えた。 ただの貧乏老人ではない。

その魔力量は、あのアレクセイさんと同等か、それ以上だ。


「……信じられん。伝説の賢者が、定食屋のツケを踏み倒す常連客だったとは」


「世を忍ぶ仮の姿じゃよ。お前さんが宰相に拾われて店に来なくなってから、飯が不味くてのう」


ゼノンさんは懐から巾着袋を取り出し、私に放り投げた。


「ほれ。半年前のツケと、今回の壺の代金の返金じゃ。利子をつけて返してやる」


「……え? 返してくれるんですか?」


「当たり前じゃ。あの壺は、わしの弟子が作った失敗作でな。市場に流れてしまったのを回収しようとしたら、お前さんたちが買っていたのじゃ」


彼は「すまんかったのう」と頭をかいた。

なんだ。世界の危機とか、陰謀とか、そんな話じゃなかった。 ただの「不良品の回収」と「借金返済」だったのだ。


「……確認します」


私は巾着の中身を確認した。 金貨が数枚。計算すると、未回収金と壺代を合わせても、かなりのお釣りが来る。


「……計算が合いません。多すぎます」


「結婚祝いじゃよ。……幸せになれよ、リアナ」


ゼノンさんは優しく微笑むと、杖を一振りした。

すると彼の姿は、無数の光の粒子となって夜空に溶けていった。


「……また会おうぞ、若き夫婦よ!」


「行っちゃいましたね」


「ああ。嵐のような老人だったな」


私たちは顔を見合わせた。

手元に残ったのは、ずっしりと重い金貨の袋。

どうやら、今夜の冒険は「大幅な黒字」で幕を閉じたようだ。


翌朝。 公邸のダイニングルームは、穏やかな朝日で満たされていた。


「……よし。入金確認、完了です」


私はテーブルで家計簿を広げ、昨夜の臨時収入を「雑収入」として記帳していた。

思いがけないボーナスだ。これを貯金に回せば、老後の資金がまた少し潤う。


「……機嫌が良さそうだな、リアナ」


向かいの席でコーヒーを飲んでいたアレクセイさんが、苦笑交じりに私を見た。


「伝説の賢者に会って、魔法の真理を聞くでもなく、借金の回収をして帰ってきた人間は、歴史上君くらいだろうな」


「お金に時効はありませんから」


私はニッコリと微笑み、コーヒーのおかわりを注ごうと立ち上がった。


ギィィッ……


その時、私が座っていた椅子が、耳障りな軋み声を上げた。


「……む」


アレクセイさんが眉をひそめた。


「最近、このダイニングセットの軋みが酷いな。百年以上前のアンティークだが、そろそろ寿命か」


「そうですね。座面のクッションも少しヘタっていますし、脚の接合部が緩んでいるようです」


「よし。なら買い替えよう」


アレクセイさんは即座に決断し、近くにあった分厚い家具カタログを広げた。


「最高の職人が作った、最高級マホガニーのセットだ。一脚五十万ベルだが、デザインは悪くない」


「一脚五十万!? 六脚揃えたら三百万ベルですよ!?」


私はカタログをバシッと閉じた。 出た。この人の悪い癖だ。 古くなったらすぐに買い替える。修理メンテナンスという概念が欠落している。

せっかく賢者様から頂いたお祝い金を、こんな浪費で消すわけにはいかない。


「アレクセイさん。この椅子、よーく見てください」


私は椅子の脚をコンコンと叩いた。


「使われている木材は、今では伐採禁止になっている『黒樫ブラックオーク』です。乾燥しきって強度は最高レベル。ただ、接着剤ニカワが劣化して緩んでいるだけです」


「……つまり?」


「捨てるなんてとんでもない! 直せばあと百年は使えます!」


私は眼鏡をキラリと光らせ、宣言した。


「私が直します。DIYの時間です!」


一時間後。 私たちは王都の下町にある、資材市場に来ていた。 私は動きやすい作業着、お気に入りのオーバーオールに着替え、髪をポニーテールに結っている。

一方のアレクセイさんは、ラフなシャツ姿だが、周囲の主婦たちから「あのイケメン、どこの貴族?」と熱い視線を浴びていた。


「リアナ。本当に君がやるのか? 職人を呼べばいいのに」


「職人を呼んだら技術料がかかります。材料費だけで済ませるのが、賢い主婦の知恵です」


私は工具売り場で、目を輝かせて品定めを始めた。


「紙やすりは……四百番と千番が必要ですね。

ニスは艶消しのウォールナット色。それと、強力な木工用ボンドと締め具を四つ」


「……君は経理係だったはずだが、なぜ大工道具に詳しいんだ?」


「実家の家具は全部拾い物だったので、自分で直して使うのが当たり前でしたから」


貧乏時代のサバイバルスキルが、こんなところで役に立つとは。 私は必要なものをカゴに放り込み、レジへ向かった。総額、たったの三千ベル。 三百万ベルの出費が、千分の一に圧縮された瞬間だ。


公邸の中庭。 天気の良い午後、私たちはブルーシートを広げ、椅子を裏返して並べた。


「まずは分解して、古い接着剤を削り落とします。アレクセイさん、この脚を持っていてください」


「ああ、こうか?」


私がノミで古いニカワを削り取ると、アレクセイさんがハンカチで木屑を拭き取る。 宰相閣下にこんな雑用をさせていると知れたら、国民に怒られそうだが、今は彼も「助手」として楽しそうだ。


「意外と面白いな。構造がどうなっているか、よく分かる」


「でしょう? さあ、次は組み立てです。たっぷりとボンドを塗って……」


接合部にボンドを流し込み、パーツを組み合わせる。そして、締め具でガッチリと固定する。


「ここで完全に乾燥させる必要がありますが、通常だと二十四時間はかかります」


「待てないな。今日の夕食までに座りたい」


「そこで、魔法使いの出番です」


私はアレクセイさんにウィンクした。


「風魔法で、適度な温風を送って乾燥を早めてください。ただし、熱しすぎると木が割れるので、絶妙な温度管理コントロールでお願いします」


「私をドライヤー代わりに使うとは」


彼は苦笑しつつも、指先からふわりと優しい温風を送り始めた。さすがは天才魔法使い。魔力制御は完璧だ。


「その間に、私は座面の張り替えをします!」


私は座面の布を剥がし、新しいウレタンと、市場で見つけたシックな深緑の布を巨大ホッチキスでバチン、バチンと留めていく。 小気味良い音が中庭に響く。 古い布の下から現れた木枠はまだ丈夫で、私の手によって新品のようなふかふかの座席へと生まれ変わっていく。


「……できた!」


数時間後。 そこには、美しい艶を取り戻し、座面も新調された六脚の椅子が並んでいた。 軋み音は完全に消え、どっしりとした安定感がある。


「座ってみてください」


「ああ」


アレクセイさんが恐る恐る腰を下ろす。

ギシッとも言わない。

背もたれに体を預けると、心地よい木の感触が返ってくる。


「……素晴らしい」


彼は目を見開いて、座面を撫でた。


「新品以上だ。……使い込まれた木の温もりはそのままに、機能性だけが蘇っている」


「ふふん。どうですか? これが『修繕リペア』の魔法です」


私が胸を張ると、アレクセイさんは立ち上がり、塗料で少し汚れた私の頬を指で拭った。


「魔法以上だ。君の手にかかれば、ガラクタも宝物に変わるんだな」


「ガラクタじゃありませんよ。元が良いものは、手をかければ何度でも蘇るんです」


「そうか。なら、私も君に磨いてもらえば、もっと良い男になれるか?」


彼が顔を近づけてくる。 作業着のままの私を、

愛おしそうに見つめるアメジストの瞳。DIYの達成感と、彼の甘い視線で、心拍数が上がる。


「貴方はもう十分、ピカピカですよ。これ以上磨いたら、眩しくて直視できません」


「ならば、サングラスが必要だな」


彼は楽しそうに笑い、私の額にキスをした。


「ありがとう、リアナ。この椅子で食べる夕食は、きっと格別だ」


私たちは生まれ変わった椅子をダイニングに運び込んだ。 部屋の空気が、少しだけ明るくなった気がした。 お金を使わなくても、少しの手間と愛情で、生活はこんなにも豊かになる。


「……さて」


私は綺麗になった椅子に座り、部屋の中を見回した。

目が慣れてくると、今まで気にならなかった「他のあら」が見えてくる。


隅に置かれた、使っていない花瓶。 壁に掛かった、趣味の悪い絵画。先代のコレクションらしい。 そして、クローゼットから溢れ出しそうな、アレクセイさんの大量の衣装。


「……アレクセイさん」


「ん? どうした?」


「この家、物が多すぎませんか?」


私の目が、再びキラリと光った。 修理の次は、整理だ。 無駄なものを削ぎ落とし、本当に必要なものだけを残す。 それは家計管理の基本であり、快適な生活の第一歩だ。


「……明日は、大掃除をしましょう」


「えっ? 今日働いたばかりだぞ?」


「鉄は熱いうちに打て、です。要らないものは売り払って、貯金に回しますからね!」


私の宣言に、アレクセイさんは「やれやれ」と肩をすくめたが、その顔はどこか次のイベントを楽しみにしているようだった。


だが、この時の私はまだ知らなかった。 彼が「捨てられないガラクタ」として溜め込んでいた物の中に、私への「とんでもない想い」が詰まった品が混じっていることを。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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