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第60話「帰国後の第一議題、お小遣い制の導入について」

「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」



「……アレクセイさん。そこに座ってください」


楽しい新婚旅行から帰国した翌日。 宰相公邸のリビングルーム。 私はローテーブルの上に、山のような領収書の束を積み上げ、ソファーに座る夫を見下ろしていた。


「なんだ、リアナ。改まって」


「『なんだ』ではありません。今回の新婚旅行の決算報告です」


私は眼鏡を中指で押し上げ、そろばんを弾いた。


「交通費、宿泊費、食費……ここまでは予算内です。私の値切り交渉と、各種割引サービスを駆使しましたからね」


「ああ。君のコスト管理能力は素晴らしかった。最高の旅だったよ」


アレクセイさんは優雅に紅茶を飲んでいる。

その余裕が、私の導火線に火をつけた。


「ですが! 問題はこの『雑費』の項目です!」


私は一枚の長いレシートを彼の目の前に突きつけた。


「『カトリーヌお義母様へのお土産「宝石箱」:五百万ベル』。


『ルーカス様への慰労品「高級鞍」:三百万ベル』。


『使用人全員への金箔入りお菓子:二百万ベル』……」


私は深呼吸をした。


「極めつけはこれです。『旅の思い出プライスレス代』として計上されている、謎の寄付金一千万ベル! これは一体何ですか!」


「ああ、それは現地の教会が修繕費に困っていたから、つい」


「つい、で一千万ベル!?」


私は頭を抱えた。 彼は優しい。

そして気前がいい。それは素晴らしい美徳だ。

だが、この調子で湯水のように金を使われては、たとえアインスワース家の資産が国家予算並みでも、いつかは枯渇する。


「……決めました」


私はキッと顔を上げた。


「本日只今をもって、アインスワース家は『完全お小遣い制』を導入します!」


「……お小遣い?」


アレクセイさんが首をかしげた。


「なんだそれは。新しい税制か?」


「いいえ。貴方が自由に使えるお金を制限するシステムです」


私はホワイトボードを持ち出し、図解を始めた。


「今後、貴方の給与および領地からの収入は、全て私が管理する『共通口座』に入ります。そこから生活費、貯蓄、投資へ分配し……残った金額の中から、貴方に毎月定額をお渡しします」


「なっ……!?」


アレクセイさんがカップを置いた。

その顔には、敵国の侵略を受けた時のような衝撃が走っている。


「ま、待てリアナ。私は宰相だぞ? 国の金を動かす私が、自分の金を使えないと言うのか?」


「国の金は公金です。貴方の金は家計です。別問題です」


「だが、部下との付き合いや、突発的な出費もある!」


「それらは『必要経費』として、事後精算を認めます。ただし、領収書と『正当な理由』の提出が必須です」


私は鬼の経理係として宣告した。


「貴方の個人用お小遣いは……月額、五万ベルとします」


「ご、五万……ッ!?」


アレクセイさんが絶句した。 無理もない。彼が普段吸っている葉巻一箱より安いかもしれない。


「す、少なすぎる! 中学生か私は! せめて五十万……いや、三十万ベルは必要だ!」


「何に使うんですか?」


「そ、それは……君へのサプライズプレゼントとか……」


「私のためのプレゼントなら、家計から出しますから相談してください」


「相談したらサプライズにならないだろう!」


彼は必死に食い下がった。

宰相の威厳などかなぐり捨て、お小遣いアップ交渉に全力を注いでいる。


「リアナ、頼む。五万では部下にジュースも奢れない。……威厳に関わる」


「威厳はお金で買うものではありません」


私はピシャリと言い放ち、そして少し声を緩めた。


「……アレクセイさん。私は、ケチをしているわけじゃないんです」


「……?」


「私たちの『未来』のために、備えておきたいんです」


私は自分のお腹に手を当てた。


「いつか本当に、子供ができるかもしれません。その時、子供に『パパがお金を使いすぎて学費がないの』なんて言いたくありません」


「ッ……!」


「それに、貴方がいつか政治の世界を引退した後も、二人で豊かに暮らしていきたい。……そのためには、今からしっかりとした資産形成が必要です」


「未来」と「子供」。 そのキラーワードを出された瞬間、アレクセイさんの抵抗が止まった。 彼は私のお腹と、私の真剣な眼差しを交互に見つめ──そして、深いため息をついた。


「……完敗だ」


彼は両手を上げた。


「君の言う通りだ。……私が悪かった。将来のビジョンが欠落していたよ」


「分かってくれますか?」


「ああ。導入しよう、お小遣い制を。……月五万ベルで、やり繰りしてみせる」


彼は悲壮な覚悟で頷いた。

その姿は、ある意味で国難に立ち向かう英雄よりも勇ましかった。


「ありがとうございます、あなた。……あ、でも、頑張った月は『ボーナス』を出しますからね?」


「ボーナス!?」


「ええ。例えば……夜の夫婦生活での貢献度に応じて、とか」


私が悪戯っぽく囁くと、アレクセイさんの目がカッと見開かれた。

死んだ魚のような目から、一瞬で肉食獣の目に変わる。


「……その査定基準は興味深いな。具体的には?」


「それは……貴方の頑張り次第です」


私たちがそんな馬鹿げた、でも幸せな「家庭内協定」を結ぼうとしていた、その時だった。


コンコン。 リビングのドアがノックされた。


「失礼します。……閣下、奥様」


入ってきたのはルーカス様だ。

その表情は硬く、手には一通の黒い封筒が握られていた。


「なんだルーカス。今は重要な予算委員会の最中だぞ」


「申し訳ありません。ですが……緊急の書状が届きました」


ルーカス様は封筒をテーブルに置いた。

差出人の名前はない。

ただ、封蝋に押された刻印──『歯車と杖』の紋章を見て、私は息を呑んだ。


「これ……メルカトルのオークション会場で見かけた……」


「ああ。間違いなく『あの時』の人物からのものだ」


アレクセイさんの表情から、甘い新婚の空気が消え失せた。

彼はペーパーナイフで慎重に封を開け、中の手紙を取り出した。


手紙には、短く、しかし衝撃的な一行が記されていた。


『──拝啓、氷の宰相殿。貴殿が手に入れた「願いが叶う壺」について、真実をお話ししたい。今夜、時計塔の最上階にて待つ』


署名の代わりに、こう書かれていた。


『かつての大賢者より』


「大賢者……?」


「まさか、生きているのか? 百年前に姿を消したはずの……」


アレクセイさんが眉間に皺を寄せた。 ただの詐欺商品だと思っていたあの壺。

それが、まさか歴史上の人物と繋がっているなんて。


「……どうしますか、あなた」


「行くしかないだろう」


アレクセイさんは手紙を握りつぶし、立ち上がった。


「私の妻との平穏な生活、『お小遣い五万ベル生活』を脅かす火種なら……早めに消しておかねばな」

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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