第59話「100万ベルの夜景と、0ベルの愛の言葉」
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詐欺師のアジトを壊滅させ、心地よい疲労感と共にホテルへ戻った私たち。 最上階のスイートルームには、先ほどの騒動が嘘のような静寂と、窓の外に広がるメルカトルの夜景だけがあった。
「……リアナ」
背後から、アレクセイさんが私の腰を抱き寄せた。 その体温は高く、吐息は熱い。 先ほどの戦闘での高揚感が、まだ冷めやらぬまま、別の種類の熱へと変わっていくのを感じる。
「……疲れましたか? アレクセイさん」
「いいや。むしろ、目が冴えている」
彼は私の首筋に顔を埋め、甘噛みするように唇を這わせた。ゾクゾクとした痺れが背筋を駆け上がる。
「あの詐欺師たちを凍らせた時……君が隣で堂々と啖呵を切る姿を見て、どうしようもなく興奮した」
「……趣味が悪いですね」
「否定しない。……君のその強気な瞳を見ると、無茶苦茶にしたくなるんだ」
身体が反転させられ、ベッドへと押し倒される。
視界いっぱいに、彼のアメジストの瞳。
そこには、隠しきれない独占欲と、溶けるような愛情が渦巻いていた。
「……電気、消しますか?」
「いや。今夜はこのままでいい」
アレクセイさんの指が、私のシャツのボタンを一つずつ外していく。 肌が露わになるたびに、彼の視線が熱く絡みつく。
「……君の全てを見たい。計算などできないくらい、私でいっぱいにしたい」
「……もう、なっていますよ」
私が彼の首に腕を回すと、彼は満足げに微笑み、私の唇を塞いだ。 深い口づけ。 互いの呼吸を奪い合うような口づけが、静かな部屋に響く。
「ん……っ……」
彼の手が、私の素肌を愛撫する。 優しく、けれど執拗に。 愛おしむようなその指先に、私は声を抑えるのに必死だった。 結婚式の夜よりも、今日の彼は大胆で、そして余裕がないように見えた。
「リアナ……愛してる」
耳元で囁かれる熱い愛の言葉に、私の視界が白く弾ける。 重なり合った肌の熱と、彼から注がれる深い愛情に、私はただ背中に爪を立て、その甘い波に身を任せた。
帳簿も、予算も、損得勘定も。 この夜、このベッドの上には何ひとつ存在しなかった。 ただ、愛し合う二人の熱だけが、朝が来るまで燃え続けていた。
翌日の夜。 私たちは仮面をつけ、街のランドマークである「天空の時計塔」の最上階にいた。
ここが、例の「闇オークション」の会場だ。
「……すごい熱気ですね」
会場には、大陸中から集まった富豪や貴族たちが、怪しげな品々に高値をつけ合っていた。
『竜の牙、五百万ベル!』
『呪われた絵画、一千万ベル!』
欲望と金が飛び交う空間。 アレクセイさんは退屈そうにシャンパンを揺らしている。
「くだらん。ただのガラクタに大金を払って、何が楽しいのやら」
「希少性に価値を見出しているのでしょう。……あ、来ましたよ」
会場の照明が落ち、メインディッシュが登場した。『伝説の宝石、スタールビー!』
スポットライトを浴びて輝く、握り拳大の赤い宝石。 会場がどよめく。
『スタートは一億ベルから!』
『一億五千万!』
『二億!』
狂乱のような入札合戦が始まった。
価格は瞬く間に五億、十億と跳ね上がっていく。 私は眼鏡の奥で、その宝石をじっと鑑定した。
「……アレクセイさん」
「なんだ?」
「あのルビー、確かに大きいですけど……内部にひびが入っています。それに、魔力増幅効果も謳い文句の半分以下ですね」
「ほう。つまり?」
「十億ベルの価値はありません。私なら一万ベルでも買いませんね」
私がバッサリ切り捨てると、アレクセイさんは「くくっ」と喉を鳴らして笑った。
「さすがは私の妻だ。……出ようか。ここには私たちが欲しいものは何もない」
私たちは狂騒の会場を抜け出し、バルコニーへと出た。
ヒュオオォォ……。 夜風が心地よい。 そこには、オークション会場の熱気とは無縁の、静寂と絶景が広がっていた。
「わあ……」
眼下に広がる、商業都市メルカトルの夜景。
運河に反射する無数の街灯りが、まるで地上の天の川のように煌めいている。
宝石箱をひっくり返したような、光の海。
「……綺麗」
「ああ。あの濁ったルビーより、ずっと美しいな」
アレクセイさんが隣に並び、手すりに寄りかかった。 私たちは肩を並べて、その景色を見下ろした。
「この夜景、電気代とガス代を換算すると、一晩で数百万ベルはかかっているでしょうね」
「夢のない計算だな」
「ふふ。でも、これを見るのは『無料』です」
私は彼を見上げた。 夜風に銀髪を揺らす彼は、
どんな宝石よりも輝いて見える。
「十億ベル払って偽物の宝石を手に入れるより……こうして貴方と、タダの夜景を見ている方が、私にとっては価値があります」
「……リアナ」
アレクセイさんは私に向き直り、優しく抱き寄せた。
「私もだ。どんなに金を積んでも、この瞬間は買えない」
彼は私の頬に触れ、真剣な瞳で見つめてきた。
「愛している、リアナ」
シンプルで、飾り気のない言葉。 原価0ベル。
でも、その言葉が私の胸に満ちた時、心が震えるほどの温かさを感じた。
「……はい。私も、愛しています」
私たちは夜景をバックに、静かに唇を重ねた。
誰にも邪魔されない、 二人だけのオークション。
落札されたのは、お互いの心。
価格は、プライスレス。
「……さて、そろそろ帰ろうか。明日の朝の列車で王都へ戻るんだろう?」
「そうですね。お土産も買いましたし、十分堪能しました」
私たちは満足して、バルコニーを後にしようとした。 その時だった。
ふと、オークション会場の出口付近に、見覚えのある人影が横切った気がした。
(……あれ?)
フードを目深に被った、小柄な人物。 一瞬だけ見えたその横顔。 そして、その手が握りしめていた杖とその杖に刻まれた紋章。 どこかで見たことがあるような……。
「どうした、リアナ?」
「あ、いえ……なんでもありません。見間違いです」
私は首を振った。 まさか、あんなところに「あの人」がいるはずがない。きっと、新婚旅行の疲れが出たのだろう。
私たちは繋いだ手を離さずに、会場を後にした。 メルカトルでの甘く刺激的な旅は、こうして幕を閉じた。……はずだった。
だが、王都に戻った私たちを待っていたのは、留守中に届いた「一通の手紙」と、 私の見間違いではなかった「予感」の的中だった。
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