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第52話「結婚式当日、ブーケの中に隠した電卓」

「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」



王都の大聖堂。 ステンドグラスから降り注ぐ七色の光が、バージンロードを神々しく照らし出している。 パイプオルガンの荘厳な音色が響く中、控え室にいる私は──過呼吸寸前だった。


「……す、吸って、吐いて……。心拍数一二〇、血圧上昇中……」


鏡の中の自分を見る。 純白のウェディングドレス。総レースと真珠の刺繍は、カトリーヌお義母様が「国の威信よ!」と言って作らせた国宝級の一品だ。メイクも完璧。髪型も完璧。

ただ、私のメンタルだけが崩壊寸前だった。


(無理。絶対無理。五千人の招待客の前で歩くなんて)


緊張を鎮めるためには、アレが必要だ。 私は手元にある、白バラで作られたラウンドブーケを見つめた。 花々の隙間。ここなら、隠せる。


私はドレスの隠しポケットから、愛用の「携帯用・真珠の飾り付き小型そろばん」を取り出した。 これを指で弾いていれば、心が落ち着く。

私は震える手で、そろばんをブーケの中心に埋め込もうとした。


「……何をしている?」


背後から、呆れたような、それでいて甘く溶けるような声がした。 ビクッとして振り返ると、純白のタキシードに身を包んだアレクセイ様が立っていた。

その姿は、あまりにも美しすぎて、直視すると目が潰れるどころか蒸発しそうだ。


「あ、アレクセイ様……」


「花嫁が式の前にブーケを改造しているなど、聞いたことがないぞ」


彼は私に近づき、ブーケの中からそろばんを摘み出した。


「……やはりか。神聖なブーケに、計算機を仕込むな」


「お、お守りです! これがないと、緊張で歩数計算を間違えて転びます!」


「私が支えると言っているだろう。……それに、君には強力な『先導役』がいるじゃないか」


アレクセイ様が扉の方を顎でしゃくった。

そこには、めかし込んだ小さな二つの影があった。


「お姉ちゃん! 綺麗!」


「わぁ……お姫様みたい!」


弟のレオと、妹のマリーだ。 レオはアレクセイ様とお揃いの白いタキシードでビシッと決め、手にはリングピローを持っている。 マリーは妖精のようなふわふわのドレスを着て、花かごを抱えていた。


「レオ、マリー……!」


「僕たちが先導するから、転ばないでね?」


「マリーが花びら撒くから、その上を歩いてね!」


二人が駆け寄ってくる。 かつて借金取りに怯えていた小さな体は、今はふっくらとして、最高に幸せそうな笑顔を浮かべている。 それを見た瞬間、私の緊張は嘘のように消え去った。


「……ふふ。そうね。貴方たちがいてくれれば、百人力だわ」


私は二人の頭を撫でた。 アレクセイ様が、レオの肩に手を置く。


「頼むぞ、義弟殿。私の妻を、祭壇まで無事に送り届けてくれ」


「任せてよ、お義兄ちゃん!」


レオが敬礼し、マリーが「お義兄ちゃん、かっこいい!」とはしゃぐ。

ああ、なんて幸せな光景だろう。 私が守りたかったものが、ここに全部ある。


「行こう。……私たちの未来へ」


ジャァァァァン……♪


重厚な扉が開く。 目の前に広がるのは、五千人の参列者と、王立植物園から「廃棄寸前」をもらい受けて飾り付けた、溢れんばかりの花々の海。


先頭を行くのは、真剣な顔で花びらを撒くマリーと、背筋を伸ばしたレオ。

その可愛らしい姿に、会場中から「おお……」とため息が漏れる。

そして、その後ろを、私がアレクセイ様のエスコートで進む。


一歩、また一歩。 隣を歩くアレクセイ様の腕の温もりが、私を支えてくれる。


祭壇の前。 レオが背伸びをして、リングピローを差し出した。 その上には、アレクセイ様が用意した指輪が二つ。 ……推定三十カラットの宝石が大きすぎて、物理的に重そうだ。


「ありがとう、レオ」


アレクセイ様が指輪を取り、レオにウインクをする。

レオは誇らしげに胸を張り、マリーと手を繋いで脇へと下がった。


司祭様が、厳かに聖書を開いた。


「新郎、アレクセイ・フォン・アインスワース。汝、健やかなる時も、病める時も……」


定型文の誓いの言葉。 だが、アレクセイ様は「誓います」とは言わなかった。

彼は私の手を取り、司祭様ではなく、私に向かって、彼自身の言葉で語り始めた。


「リアナ。私は誓う」


会場が静まり返る。マイクなどないのに、彼の声は朗々と響き渡った。


「私の命、私の財産、私の権力……私が持つ全ての『資産』を、君に捧げることを」


えっ、財産? ここで言うの?


「君が望むなら世界を凍らせよう。君が笑うなら、私は道化にでもなろう。……愛している。私の人生という数式の、唯一の『解』である君を」


参列者から、ため息のような歓声が漏れる。

私の番だ。 私は震える唇を開いた。


「私、リアナ・フォレストは……誓います」


アレクセイ様のアメジストの瞳を見つめ返す。


「貴方の愛も、財産も、人生も……私が責任を持って『管理』することを」


クスクス、と会場から笑いが漏れる。

でも、私は大真面目だ。


「貴方が無茶をしたら叱ります。貴方が浪費をしたら止めます。……でも、貴方が辛い時は、私が支えます。……計算が合わない日も、赤字の日も、ずっと貴方の隣にいます」


そして、私は息を吸い込み、初めて公の場で、その名を呼んだ。


「……愛しています。あなた……アレクセイさん」


「……ッ!」


アレクセイ様の目が、大きく見開かれた。「閣下」じゃない。 ただの一人の男性としての名前。

その響きを聞いた瞬間、彼のアメジストの瞳から、大粒の涙がポロポロと溢れ出した。


「う、わぁぁぁ……っ!」


泣いた。 氷の宰相が、子供のように顔をくしゃくしゃにして泣き出した。


「り、リアナ……! 名前……今、名前で……!」


「な、泣かないでください! 化粧が崩れますよ!」


私は慌てて、ドレスの袖口から「特売の三枚セット百ベルのハンカチ」を取り出し、彼の涙を拭った。 後ろで見ていたレオとマリーも、「お義兄ちゃん、泣き虫だー!」と笑っている。 国一番の結婚式で、新郎が号泣し、新婦が安物のハンカチで世話を焼く。 なんて締まらない、なんて私たちらしい光景。


「……誓いのキスを」


司祭様が、笑いを堪えながら促した。

アレクセイ様は鼻をすすりながら、私の腰を引き寄せた。


「……一生、愛してる」


「はい。……私もです」


重なる唇。 カメラのフラッシュが一斉に焚かれ、割れんばかりの拍手と歓声が湧き上がる。 花びらのシャワーが降り注ぐ中、私たちは夫婦になった。


「やったー! お姉ちゃん、おめでとう!」


「お義兄ちゃん、おめでとう!」


レオとマリーが抱きついてくる。

アレクセイ様は片手で私を、もう片手で二人を抱きしめた。


「ああ。……今日から私たちは、本当の家族だ」


その言葉に、私はまた泣きそうになった。 借金完済の先にあったのは、孤独ではなく、もっと大きな幸せだった。


「さあ、次は披露宴だ! 私の妻と、新しい弟妹を自慢する時間だ!」


涙を拭いて復活したアレクセイ様が、意気揚々と私たちをエスコートする。

披露宴会場。 そこには、私がこだわった「実用的すぎる引き出物」の山と、恐怖の「ハリボテ・ウェディングケーキ」が待ち受けている。


「……覚悟してくださいね、アレクセイさん。私の節約術の集大成をお見せしますから」


「ああ、楽しみだ。……君のやることに、計算ミスはない」


私たちは光の中へと歩き出した。 永遠に続く、「計算違いの溺愛」の日々へと。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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