表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/100

第50話「新たなる契約、新たなる命の予兆?」

「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」



「……うっぷ」


不吉な音が、更衣室の静寂を破った。 結婚式まであと一週間。 今日は、最終的なウェディングドレスの寸法合わせの日だった。 カトリーヌお義母様とアレクセイ様が厳選した、総レースと真珠のドレス。 その締め上げられたコルセットの苦しさに耐えていた時、急激な吐き気が込み上げてきたのだ。


「……ごめんなさい。少し、酔ったみたい…」


世界がぐるぐると回る。 ただの貧血? それとも、連日の予算委員会でのストレス? 立っていられない。私はその場にしゃがみ込んだ。


「リアナッ!!」


更衣室のカーテンが乱暴に開かれた。 アレクセイ様は顔面蒼白で飛び込んでくると、侍女たちを押しのけて私を抱き上げた。


「どうした! 何があった! 誰かが毒を盛ったのか!?」


「ち、違います……ただの目眩です……」


「顔色が紙のように白いぞ! すぐに医師を呼べ! 王宮医師団長だ!」


彼の怒号が響き渡る。 私は彼の腕の中で、「ああ、また大ごとになってしまった」と薄れゆく意識の中で反省していた。


公邸のベッドに運ばれ、数十分後。 部屋には重苦しい沈黙が流れていた。


ベッドの横には、王宮医師団長である老賢者が、厳かな顔で私の手首の脈を取っている。 その背後には、アレクセイ様が仁王立ちしていた。


「……先生。妻の容態は」


「閣下、落ち着いてください。処刑の必要はありません」


医師団長はゆっくりと聴診器を外し、眼鏡の位置を直した。

そして、私とアレクセイ様を交互に見つめ、静かに告げた。


「……おめでとうございます」


「は?」


アレクセイ様が間の抜けた声を出した。

私もポカンとした。 病人に「おめでとう」?


「脈診の結果、リアナ様の体内に『新たな魔力の脈動』が感じられます。まだ確定診断には時期尚早ですが……十中八九、ご懐妊の兆候かと」


「……」


時が止まった。 部屋の空気が真空になったかのように、音が消えた。


ごかいにん。 御懐妊。 妊娠。


(……ええええぇぇぇッ!?)


私の脳内電卓が、桁溢れを起こして爆発した。

妊娠? 私が? ま、待って。計算して。 生理周期のズレ……基礎体温の変化……。 そして、アレクセイ様との「接触履歴」。


(…え、嘘でしょう? だって私たち、まだ「最後の一線」は越えていないはず!)


確かに、公邸に同居してからというもの、彼のスキンシップは激しさを増している。 おはようのキス、おやすみのキス。 ベッドの上で抱きしめ合って、際どいところまで触れられることもしばしばだ。 でも、決定的な行為は、結婚式までとっておくという暗黙の了解があったはず。


(で、でも待って。私は経験がないから分からないけれど……あれだけ濃厚に接触していたら、確率論的に〇・〇〇一%くらいの「事故エラー」が起きるものなの!? それとも魔法使いの子供は、魔力感染だけでできちゃうの!?)


極度の体調不良で判断力が低下している私の脳は、パニックのあまり「あり得ない計算式」を弾き出してしまった。

『濃厚なイチャイチャ × 宰相の強力な魔力 = 想像妊娠あるいは奇跡?』


私が混乱の極みに達している横で、アレクセイ様は石像になっていた。


「か、閣下……?」


私が声をかけると、ギギギ、と油切れのロボットのように首が動いた。


「……子供?」


彼が掠れた声で呟く。


「私と……リアナの、子供?」


「は、はい。その可能性が高いと、医師が……」 「……」


ドサッ。 アレクセイ様が、その場に膝をついた。

あの「氷の宰相」が。何があっても動じない国のトップが。 腰を抜かしたのだ。


「……あ、あぁ……」


彼は震える手で顔を覆った。 肩が小刻みに震えている。


「……計算外だ」


彼が顔を上げた。 その瞳は、涙で潤み、そして見たこともないほどの歓喜と、どうしようもないパニックで渦巻いていた。


「まだ結婚式も挙げていないのに……! 順序が逆だ! ……いや、待て。確かに心当たりがないわけではない……あの夜、私が理性を保てていたかどうか、記憶が曖昧な瞬間が……」


彼もまた、私と同じようにパニックになり、「もしかしたら自分はやってしまったのかもしれない」という記憶の改竄かいざんを起こしているようだ。


「だが……嬉しい……! 私たちの命が、繋がったのか……!」


彼は膝行しっこうしてベッドに近づき、私の平らなお腹に、恐る恐る触れた。 まるで、触れたら壊れてしまうシャボン玉に触れるように。


「ここに……いるのか? 私たちの、新しい家族が」


「……まだ、豆粒くらいの大きさだと思いますけど」


「豆粒! 愛しい豆粒だ!」


アレクセイ様は私のお腹に額を押し付け、震える声で叫んだ。


「ありがとう、リアナ…! 私に、こんな……計算できない奇跡をくれるなんて!」


彼の熱い想いが伝わってきて、私の混乱も吹き飛んでしまった。 計算上はあり得ない。 でも、彼がこんなに喜んでくれるなら──もしかしたら、本当に「奇跡」が起きたのかもしれない。 そう思えてしまうほど、彼の喜びようは純粋だった。


だが。 感動の時間はそこまでだった。

次の瞬間、アレクセイ様のスイッチが切り替わった。


「……よし。緊急事態宣言を発令する」


彼が立ち上がり、キリッとした顔で宣言した。


「リアナ。今後、歩行を禁止する」


「はい?」


「移動は全て私が抱える。トイレもだ。呼吸以外の運動はするな」


「バカですか! 筋力が落ちて難産になります!」


「うるさい! 万が一転んだらどうする! このお腹には、国家予算よりも重い命が入っているんだぞ!」


アレクセイ様はベルを乱打し、ルーカス様やメイドたちを呼びつけた。


「全員聞け! リアナが妊娠した! 厳戒態勢だ!」


「はあぁぁ!? おめでとうございます!!」


「メイド長! 廊下に羽毛布団を敷き詰めろ! 段差をなくせ! 角という角にクッションを巻け!」


「料理長! 妊婦に良い食材を世界中から取り寄せろ! 毒見は私がする!」


「ルーカス! 建築家を呼べ! 今すぐ公邸を増築して『子供部屋』を作るぞ!」


矢継ぎ早に下される命令。 公邸中がパニックとお祝いムードでひっくり返る。


「ちょ、ちょっと待ってください閣下!」


私はベッドの上で抗議の声を上げた。


「まだ『兆候』ですよ!? 確定じゃありません! それに、子供部屋の増築なんて予算オーバーです! そもそも、計算が合いません!」


「何の計算だ!」


「タイミングです! 論理的に考えて、発生プロセスが不明瞭です!」


私が現実的な指摘をしても、アレクセイ様は真顔で答えた。


「愛の力に不可能はない。魔法的な何かが起きたのだ」


「論理的じゃなーい!!」


私の悲鳴は無視された。 彼は既に、羊皮紙を広げて何かを書き殴り始めていた。


「ベビー服だ。シルクがいいか? いや、肌に優しいオーガニックコットンか? 最高級品を買い占めよう」


「まだ性別も分かりません!」


「両方買えばいい! 名前も考えねば……男なら『アーク』、女なら『リリィ』……いや、もっと高貴な……」


完全に暴走している。 幸せな暴走だ。

でも、このままだと破産しかねない勢いだ。


(……はぁ。どうしよう)


私はお腹をさすりながら、天井を仰いだ。もしこれが「間違い」だったら、彼はどれほど落ち込むだろう。 でも、今は訂正できる雰囲気ではない。

私自身も、「もしかして」という一縷いちるの可能性を信じたくなっているのだから。


「……でも、悪くないかもね」


騒がしい部屋の中で、私は自然と笑っていた。

まだ見ぬ豆粒ちゃん。 もし貴方が本当にここにいるなら、パパはちょっと……かなりおバカだけど、世界一貴方を愛してくれる人よ。


しかし、この翌日。 再検査の結果、事態は「まさかのオチ」を迎えることになるのだが──それはまた、別のお話。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

感想や評価・ブックマーク、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ