第49話「結婚式の予算案、血で血を洗う攻防戦」
「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」
王宮の大会議室。 そこは今、戦場と化していた。 飛び交うのは弾丸ではなく、見積書。流れるのは血ではなく、修正液と赤インク。 議題はただ一つ。
『アインスワース宰相夫妻・結婚披露宴予算計画』についてである。
「……閣下。正気ですか?」
私は長テーブルの端に立ち、目の前に提示された分厚い企画書を指差した。
「この『新郎案』……総予算三十億ベル。内訳、招待客五千人、パレード用馬車二十台、ウェディングケーキの高さ五メートル……」
私は眼鏡を押し上げ、冷ややかに告げた。
「これは結婚式ではありません。建国記念祭の間違いでは?」
「何を言う。私の愛の大きさを表現するには、これでも規模を縮小したんだぞ」
テーブルの反対側で、アレクセイ様が腕を組んで反論する。
「リアナ。君は『救国の英雄』だ。その結婚式が地味では、国民が失望する。国の慶事として、最高級の演出をするのが宰相の義務だ」
「義務で国庫を破綻させる気ですか!?」
私は自分の手元にある、ペラペラの紙一枚の企画書『新婦案』を提示した。
「私の案を見てください。総予算五十万ベル。招待客は親族と友人のみ五十名。会場は公邸の庭。食事はビュッフェ形式、衣装はレンタルまたはリメイク。……完璧に黒字です」
「……却下だ」
アレクセイ様が即答した。
「なんだそれは。村の収穫祭か? レンタルドレスなど言語道断だ。君には国宝級のシルクを織らせている」
「一度しか着ない服を作るなんて資源の無駄です! それに、ケーキ五メートルって何ですか!
梯子でも登って入刀するんですか!?」
「特注のゴンドラを用意させる」
「バカですか!」
バンッ!!
私が机を叩くと、同席していた予算委員会の文官たちが「ひぃっ」と震え上がった。 彼らの顔色は青ざめ、目は死んでいる。ここ数日、私たちの夫婦喧嘩に付き合わされ、胃に穴が開きそうなのだろう。
「……いいですか、閣下。結婚式はゴールではありません。新生活のスタートです。その一日に三十億ベル使うなら、その金を運用して将来の子供の養育費や、老後の資金に回すべきです!」
「金ならあると言っているだろう! 私のポケットマネーだ!」
「貴方の金は、将来的に私の管理下に入る金です! 無駄遣いは許しません!」
平行線だ。 「見栄とロマン」を追求する宰相と、「実利とコスパ」を追求する経理係。 水と油。
氷と炎。 このままでは、結婚式の前に婚約破棄騒動になりかねない。
「……はぁ。仕方ありませんね」
私はため息をつき、ホワイトボードの前に立った。 チョークを持つ。カッカッカッ!
「妥協案を作成します。……私の計算能力をフル動員して、『予算は新婦案、見栄えは新郎案』を実現させます」
「……そんなことが可能なのか?」
「可能です。……『錯覚』と『公的資産の流用』を使えばね」
私は黒い笑みを浮かべ、次々と案を書き出していった。
「まず、会場装飾。生花を大量に発注すると数千万ベルかかります。そこで、王立植物園の『剪定時期』を来週にずらします。廃棄予定の枝葉と花を無料でもらい受け、会場を埋め尽くします」
「……なるほど。廃棄コストの削減にもなるな」
「次に、警備とパレード。傭兵を雇うのは無駄です。ルーカス様率いる騎士団に『儀礼演習』として参加してもらいます。彼らの給料は国から出るので、実質タダです」
「職権乱用ギリギリだが……まあ、訓練の一環と言えなくもない」
私はさらに筆を走らせる。
「料理。王宮のシェフに『料理コンテスト』の名目で腕を振るってもらいます。彼らのプライドを刺激すれば、材料費以上のクオリティが出ます」
「……悪どいな」
「そして、ウェディングケーキ。五メートルは譲りましょう。ただし──」
私は黒板に巨大な塔の絵を描いた。
「中身は発泡スチロールです。入刀する部分と、食べる部分だけ本物のケーキにします。どうせ遠くの招待客には見えません。これで予算を九五%カットできます
「……君は、夢を売る詐欺師か何かか?」
アレクセイ様は呆れつつも、その目には感嘆の色が浮かんでいた。
「いかがですか? これなら総予算を三百万ベル以内に抑えつつ、見た目は『三十億ベルの豪華挙式』に見せかけられます。浮いた二十九億九千七百万ベルは、国債に投資します」
シン……と会議室が静まり返る。 そして、文官たちが一斉に立ち上がり、拍手喝采を送った。
「す、素晴らしい……!」
「これぞ錬金術!」
「予算委員会始まって以来の快挙です!」
アレクセイ様も、苦笑しながら立ち上がった。
「……完敗だ、リアナ。君のその『ケチくさいのに壮大』な思考回路には、誰も勝てない」
「褒め言葉として受け取っておきます。では、このプランで承認いただけますね?」
「ああ。……承認する」
彼が書類にサインをした瞬間、長い戦いは終わった。 血(赤インク)で血を洗う攻防戦は、私の完全勝利で幕を閉じたのだ。
数日後。 私たちは、式場となる王都の大聖堂へ下見に向かった。 ステンドグラスから七色の光が降り注ぐ、荘厳な空間。 バージンロードの赤が、祭壇へと続いている。
「……広いですね」
「ああ。当日はここに、君の『リサイクル花』が飾られるわけだ」
「エコと言ってください」
私たちは腕を組み、祭壇の前へ歩いた。 誰もいない静かな教会。
アレクセイ様が、ふと立ち止まり、私の顔を覗き込んだ。
「……リアナ。顔色が悪いぞ」
「え?」
「目の下に隈がある。……予算委員会で無理をさせすぎたか?」
彼の温かい手が、私の頬を包む。 心配そうなアメジストの瞳。 その優しさに触れた瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、急激な疲労感が押し寄せてきた。
「……いえ、大丈夫です。ただ、少し……」
視界がぐらりと揺れた。 ステンドグラスの光が、ぐるぐると回転する。足元の感覚がなくなる。
「リアナ!?」
アレクセイ様の焦った声が聞こえた。 支えようとする腕の感触。でも、私の意識は急速に遠のいていった。
(……おかしいな。徹夜もしていないし、食事もちゃんと取っているのに)
ただの疲れ? それとも、環境の変化によるストレス? あるいは──私の体の中で、何か「計算外の変数」が発生しているのだろうか。
「……ごめんなさい、閣下。少しだけ、休憩を……」
私は彼の胸に倒れ込み、そのまま暗転した意識の中で、なぜか「酸っぱいレモン」の味を思い出していた。
これが、幸せな結婚式の前に訪れる、新たな波乱の幕開けだとは知らずに。
読んでくださってありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
感想や評価・ブックマーク、とても励みになります。




