第47話「ラスボス登場? お義母様は浪費の女王」
「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」
「オーッホッホッホ! 久しぶりね、私の可愛いアレクセイちゃん!」
爆風と共に現れたのは、派手な孔雀の羽扇子を持った貴婦人だった。 年齢は五十代だろうか。
だが、肌は磨き上げられた大理石のように白く、艶やかだ。 銀色の髪を高く結い上げ、ドレスは目が痛くなるような真紅。指には全指に指輪が嵌められ、歩くたびにジャラジャラと富の音がする。 アレクセイ様の母親、先代公爵夫人カトリーヌ様だ。
「……母上。『ちゃん』付けはやめてください。私は一国の宰相です」
「あら、宰相だろうが何だろうが、貴方は私の息子よ。オムツを変えてあげた頃からちっとも変わっていないわ」
カトリーヌ様は息子の抗議を一蹴すると、鋭い視線を私に向けた。 アメジストの瞳。アレクセイ様と同じ色だが、その輝きはもっと肉食的で、ギラついている。
「……で? この子が『あの子』?」
「初めまして。リアナ・フォレストと申します」
私はカーテシーをして挨拶した。 心臓がバクバクしている。 平民同然の貧乏貴族が、由緒正しき公爵家に嫁ぐのだ。通常なら、「身の程を知りなさい!」と水をかけられる場面だろう。ドラマで見たことがある。
カトリーヌ様は私をじろじろと見て、ふんと鼻を鳴らした。
「地味ね」
「……申し訳ありません」
「色は白くて素材はいいけど、華がないわ。これじゃあ、宝石箱の隅に落ちてる水晶玉よ」
辛辣な評価だ。
だが、次の瞬間、彼女はパチンと指を鳴らした。
「ま、いいわ。華がないなら足せばいいのよ。……おい、持ってきなさい!」
彼女の背後に控えていた屈強な従者たちが、山のような荷物を運び込んできた。
積み上げられた箱、箱、箱。 ブランドロゴが輝くそれらは、すべて最高級品だ。
「これ、全部お土産よ! さあ、開けてみなさい!」
「えっ、これ全部ですか……?」
「そうよ! 貴女のために、東方の国から西の果てまで買い歩いてきたの! 遠慮なく受け取りなさい!」
カトリーヌ様が箱の一つを強引に開けた。 中から出てきたのは、金糸で織られたタペストリーだ。
「これなんてどう? 東方の職人が三年かけて織った『黄金の鳳凰』よ! お値段たったの八百万ベル!」
「は、八百万……!?」
「こっちの壺はね、千年前の王朝の秘宝よ! 一億ベルしたけど、即金で買ったわ!」
次々と披露される高額商品たち。 総額、数億ベル。 私の脳内電卓が、桁溢れを起こして煙を上げている。 これが「アインスワース家の金銭感覚」か。
アレクセイ様が「金ならある」と言う理由が分かった。この母親の英才教育だ。
「……母上。買いすぎです。屋敷の倉庫はもう一杯ですよ」
「あら、倉庫が一杯なら、新しい倉庫を建てればいいじゃない。土地なら余ってるわよ」
悪びれもしない。 この人は、息をするように消費し、瞬きをするように散財する。「歩く経済効果」そのものだ。
「……リアナ。すまない」
アレクセイ様が、こめかみを押さえながら私に耳打ちした。
「母上は悪い人ではないんだが……『欲しいものは全て手に入れる』が家訓なんだ。適当に相槌を打ってやり過ごせ」
「……いえ」
私は眼鏡を押し上げた。 やり過ごす? いいえ、できません。 目の前で、明らかな「無駄遣い」が行われているのを見過ごすなんて、経理係の名折れです。
私はおずおずと、しかし確実に一歩踏み出した。
「あの、お義母様」
「あら? 何かしら、『お母様』と呼んでもよろしくてよ?」
「ではお母様。……失礼ですが、その壺、少し拝見してもよろしいですか?」
私はカトリーヌ様が自慢げに掲げていた「一億ベルの壺」を指差した。
「ええ、いいわよ。素晴らしいでしょう? この釉薬の輝き!」
「……いえ」
私はポケットからルーペを取り出し、壺の底を覗き込んだ。 そして、コンコンと指で叩き、音を確かめる。
「残念ながら、これは贋作です」
「……は?」
カトリーヌ様の笑顔が凍りついた。 アレクセイ様も「おいリアナ!?」と青ざめている。
「申し上げにくいのですが、千年前の王朝の陶器は、底の高台が左回りに削られているのが特徴です。ですが、これは右回り。さらに、釉薬に含まれる気泡の数も多すぎます」
私は冷静に解説した。
「これは、おそらく五十年ほど前に作られた模造品ですね。出来は良いですが、市場価値としては……せいぜい三百ベルです」
「さ、三百ベル……!?」
「一億ベルでお買い上げになったのなら、九千九百九十九万九千七百ベルの損失です。……即刻、返品手続きを推奨します」
シン……と、部屋が静まり返った。 やってしまった。 初対面の姑に、真正面からダメ出しをしてしまった。 これは「嫁いびり」の開戦合図になるかもしれない。
カトリーヌ様は震える手で壺を見つめ、そして私を睨みつけた。
「……貴女、目利きができるの?」
「一応、古物商のバイトもしていましたので」
「……じゃあ、こっちは?」
彼女は次に、首にかけていた巨大なエメラルドのネックレスを突きつけてきた。
「これはどうなの! 三千万ベルよ!」
「……石は本物ですが、カットが古いです。リカットすれば輝きが増しますが、現状のままだと二千万ベルが妥当な線かと」
「なっ……! じゃあこの絵画は!?」
「有名画家の署名がありますが、筆使いが荒いですね。お弟子さんの習作でしょう。五百万ベルなら買いですが、五千万ベルはボッタクリです」
次々と鑑定をしていく私。 カトリーヌ様の顔色が、赤から青、そして白へと変わっていく。
そして最後に、彼女はガクリと膝をついた。
「……嘘よ。私が……『目利きのカトリーヌ』と呼ばれた私が、カモにされていたなんて……!」
「お母様。高いものが良いものとは限りません。……価値と価格を見極めるのが、真の買い物上手です」
私が手を差し出すと、カトリーヌ様はその手を取り、涙目で私を見上げた。
「……凄いわ」
「へ?」
「貴女、凄いわ! 私の買い物の『無駄』を、一瞬で見抜くなんて!」
彼女はガバッと立ち上がり、私を抱きしめた。
「気に入ったわ! 貴女、合格よ! 最高の『ショッピング・アドバイザー』だわ!」
「あ、アドバイザー……?」
「そうよ! これから私の買い物には全部付き合いなさい! 貴女がいれば、悪徳商人もイチコロよ! 浮いたお金で、さらに倍の買い物ができるわ!」
斜め上の結論に至ってしまった。 節約させるつもりが、買い物の効率化に貢献することになってしまったらしい。
アレクセイ様が、心底ホッとした顔で胸を撫で下ろしている。
「よかった。戦争にはならなかったようだな」
「ええ。むしろ、強力な同盟が結ばれたようです」
私が苦笑していると、カトリーヌ様が私の顔をまじまじと見つめ、眉をひそめた。
「……でも、やっぱり許せないわ」
「え? 何がですか?」
「貴女のその格好よ!」
彼女は私の地味なワンピースと、引っ詰めた髪を指差した。
「宰相の婚約者であり、私のアドバイザーになる女が、そんなボロを着ているなんてアインスワース家の恥よ! アレクセイ、貴方、教育費をケチってるんじゃないでしょうね!?」
「い、いえ、彼女が『もったいない』と言って着てくれないのです……」
「お黙り! 女を輝かせるのは男の甲斐性よ!」
カトリーヌ様は、私の腕をガシッと掴んだ。
凄まじい握力だ。
「リアナ、来なさい。今すぐよ」
「え、どこへ?」
「決まってるじゃない。……『改造』よ」
彼女の目が、獲物を狙う猛獣のように輝いた。
「王都一番のエステサロンと、オートクチュールの店を貸し切りにしてあるわ。頭のてっぺんから爪先まで、私が徹底的に磨き上げてあげる」
「えっ、ちょ、仕事が……!」
「仕事なんてアレクセイにやらせておきなさい! 行くわよ!」
「ああぁぁぁ……! 閣下、助けてぇぇぇ!」
私の悲鳴も虚しく、私は浪費の女王によって執務室から引きずり出された。
アレクセイ様は助けるどころか、「母上、手加減してやってくれ……請求書は私に回していいから」と諦めの境地で手を振っていた。
こうして、私は恐怖の「魔改造ツアー」へと連行されることになった。
エステ代だけで城が一つ買えるという噂の、地獄の美容特訓が幕を開ける。
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