第46話「婚約発表は、国家予算発表会と共に」
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「……閣下。ネクタイが曲がっています」
王宮の大会議場、その舞台裏にある控え室。
私はアレクセイ様の前に立ち、彼の襟元を直していた。 今日の日付は、国の歴史に残る一日となるだろう。『新年度国家予算案発表会』。 偽造金貨事件からの経済復興と、今後の財政方針を国内外に示す、極めて重要な記者会見だ。
「ありがとう、リアナ。……君に直してもらうと、一ベルのネクタイでも一億ベルの価値が出るな」
「ただの量販店のネクタイですよ。汚れてもいいように安物にしましたから」
私は呆れつつも、最後にはたきで彼の肩の埃を払った。 今日の私の立場は「宰相補佐官」。 あのバルコニーでの騒動から一週間。私たちは正式に婚約者となったが、公の場ではあくまで「上司と部下」の距離感を保つことになっている。
……はずなのだが。
「リアナ。緊張しているのか?」
「当然です。今日の発表で、通貨『ベル』の信用度が決まります。私の試算した復興予算に、市場がどう反応するか……胃が痛いです」
「心配ない。君の計算は完璧だ。私が保証する」
アレクセイ様はそう言うと、周囲に誰もいないのを確認してから、チュッとおでこにキスをした。
「それに、今日はもっと重大な発表があるからな」
「……嫌な予感がします。台本にないことは喋らないでくださいね?」
「善処する」
怪しい。 非常に怪しい笑顔だ。
だが、止める間もなく開演のベルが鳴った。
「──以上が、来年度の歳出削減計画の概要です」
フラッシュの光が焚かれる中、アレクセイ様は演台に立ち、堂々とした演説を行っていた。 その姿は、まさに国の指導者。 冷徹で、知的で、揺るぎないカリスマ性。
記者たちは息を呑み、ペンを走らせている。
「偽造金貨事件による損失は、没収した犯罪者資産によって補填されました。さらに、無駄な公共事業の見直しにより、来年度は過去最大級の『黒字』を見込んでいます」
おおおおっ、と会場がどよめく。 完璧だ。ここまでは。
「さて。……この黒字を達成できた最大の要因について、説明が必要だろう」
アレクセイ様が、手元の資料を閉じた。 そして、演台の脇に控えていた私に向かって、スッと手を差し伸べた。
「リアナ補佐官。前へ」
「……はい」
私は緊張しながら、彼の隣に立った。 補佐官として、詳細な数字の説明を求められるのだろう。
そう思って、手元のメモを開こうとした時だった。
「諸君。紹介しよう。彼女こそが、我が国の財政を救った『勝利の女神』であり──」
アレクセイ様は、マイクに向かって、とろけるような甘い声で宣言した。
「私、アレクセイ・フォン・アインスワースの、人生最大の『婚約者』である!」
「…………は?」
会場の空気が凍りついた。 記者たちのペンが止まる。 カメラマンがファインダーから顔を離す。
「えっ……こ、婚約者……?」
「あの地味な眼鏡の補佐官が?」
「氷の宰相が……デレた?」
ざわめきが広がる中、アレクセイ様は止まらなかった。
「彼女を手に入れたことによる経済効果は、計り知れない。私の精神的安定による業務効率の向上、彼女の手料理による健康増進、そして何より──」
彼は私の肩を抱き寄せ、カメラに向かってドヤ顔を決めた。
「彼女の笑顔一つで、私の世界は黄金色に輝く。この幸福感は、国家予算全額を積んでもお釣りが来るほどだ。どうだ、羨ましいだろう?」
「……」
私は真っ白になった頭で、状況を理解しようと努めた。これは、予算発表会だ。
国の未来を語る神聖な場だ。 そこで、この男は。 全世界に向けて、ただの「のろけ」を垂れ流している。
(……公私混同にも程があるでしょォォォッ!!)
私の羞恥心が限界を突破した。 顔から火が出るどころか、全身が発火しそうだ。
「か、閣下……!」
「ん? どうした、愛しいリアナ」
「私語は慎んでくださいッ!!」
ガッッッ!!
私は持っていた「五つ玉そろばん」の角で、アレクセイ様の脇腹を鋭角に突いた。
「ぐふっ!?」
マイクが、宰相の苦悶の声を拾い、会場中に響き渡らせる。
「こ、ここは公的な場です! 予算の話をしてください! 愛の予算計上は却下です!」
「り、リアナ……痛い……愛の鞭にしては鋭すぎる……」
「黙りなさい! 次変なことを言ったら、マイクの電源を切りますよ!」
私が顔を真っ赤にして怒り、宰相が涙目で脇腹を押さえる。 その光景を見て、凍りついていた会場が、一瞬の静寂の後──爆笑の渦に包まれた。
「あははは! 見ろよ、宰相閣下が尻に敷かれてるぞ!」
「あの女性、最強じゃないか?」
「氷の宰相が溶けたぞーっ!」
翌日の新聞一面には、『氷の宰相、愛の熱で融解!』という見出しと共に、私がそろばんで彼を突いている瞬間の写真がデカデカと掲載されることになった。
「……はぁ。疲れました」
発表会が終わり、執務室に戻った私は、ソファーに沈み込んだ。 魂が抜けたようだ。 あんな大舞台で、あんな恥ずかしい茶番を演じることになるなんて。
「だが、反響は上々だぞ?」
アレクセイ様は、山のように届いた祝電を読みながら上機嫌だ。
「国民からは『人間味があっていい』『応援したい』という声が殺到している。支持率も五ポイント上昇した」
「……結果オーライですが、私の心労はプライスレスです」
私は重い頭を上げた。 婚約が公になった以上、これからは「宰相のパートナー」としての責務がのしかかってくる。 夜会への出席、貴婦人たちとの付き合い、そして何より……。
「衣装代、交際費、美容代……。試算しただけで、私の給料が消し飛びそうです」
「気にするな。全て私が払うと言っているだろう」
「それが嫌なんです! 依存したくありません!」
私が唸っていると、ルーカス様が青い顔をして部屋に入ってきた。
「か、閣下! リアナ嬢! 大変です!」
「なんだ、騒々しい」
「港の検問所から急報です! ……『嵐』が接近中とのこと!」
「嵐? 気象予報では晴れのはずだが」
ルーカス様は震える手で、一枚の報告書を差し出した。
「気象ではありません! ……『カトリーヌ様』が、ご帰国されました!」
「──ッ!?」
その名前を聞いた瞬間、アレクセイ様が持っていたワイングラスを落とした。
ガシャーン! と赤い飛沫が飛び散る。
あの「氷の宰相」が、明らかに動揺している。
「は、母上が……!? 来月だと聞いていたのに、なぜこんなに早く!」
「ど、どうされたのですか? カトリーヌ様とは?」
私が尋ねると、アレクセイ様は顔面蒼白で私を見た。
「……私の母親だ。先代公爵夫人」
「お義母様、ですね。ご挨拶しなければ」
「甘い! 甘すぎるぞリアナ!」
彼は私の肩を掴んで揺さぶった。
「母上は……『歩く浪費』だ! 通った後にはペンペン草一本残らない、ショッピングの破壊神だ! しかも、一度気に入った人間は着せ替え人形にする悪癖がある!」
「き、着せ替え……?」
「母上が帰国した理由は一つしかない。……私の婚約者を、値踏みしに来たんだ!」
ドォォォン!!
その時、公邸の正門が何者かによって吹き飛ばされる音がした。
続いて、拡声魔法を使った高笑いが響き渡る。
『オーッホッホッホ! アレクセイちゃん! ママが帰ってきましたわよ! 可愛いお嫁さん候補はどこにいらして!? さあ、財布の準備はよろしくて!?』
「……来た」
アレクセイ様が絶望的な顔で頭を抱えた。
ラスボス襲来。
私の「節約生活」最大の危機が、派手な笑い声と共に扉を蹴破ろうとしていた。
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