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第40話「事件解決、そして訪れる「別れ」の予感」

「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」



「号外! 号外だーっ! 財務大臣マクシミリアン・バロン・グレイ、国家反逆罪で逮捕!」


「偽造金貨組織、壊滅! 宰相閣下、万歳!」


王都の大通りに、新聞売りの少年の声が響き渡る。 窓の外を見下ろすと、数日前まで暴動寸前だった市場は、嘘のように平穏を取り戻していた。 人々は安心して買い物をし、店先には「政府公認・金貨交換所」の看板が掲げられている。


「……計算通り、ですね」


私は宰相公邸の自室で、静かに呟いた。 グレイ伯爵の逮捕から三日。 押収された彼の隠し資産──総額五十億ベルは全て国庫に没収され、被害を受けた経済の補填に充てられた。 ハイパーインフレの危機は去り、ベルの価値は守られた。 完璧なハッピーエンドだ。 国の経理係としては、これ以上ない成果と言えるだろう。


コンコン、と控えめなノックの音がした。


「リアナ様。王宮からの使者の方がお見えです」


「はい、今行きます」


私は鏡の前で服装を整えた。 いつもの地味なワンピース。新しい眼鏡。 何も変わらない私。 でも、今日受け取るものが、私の人生を劇的に変えてしまうことを、私は知っていた。


応接室に通されると、そこには侍従長が恭しく待っていた。 彼は私を見ると深々と頭を下げ、一枚の豪奢な羊皮紙と、重厚な木箱を差し出した。


「リアナ・フォレスト嬢。この度の貴女様の働き、誠に天晴れでございました。国王陛下より、特別報奨金が下賜かしされます」


「……恐縮です」


私は震える手で木箱を受け取った。 ずしりと重い。

中には、王立銀行発行の最高額面小切手が入っているはずだ。


「金額は、金貨五千枚。……五千万ベルでございます」


「ご、五千万……」


息を呑んだ。 私の借金総額は、元金五千万ベル。 これまでの給与からの返済分を差し引けば、現在の残債は約四千八百万ベル。 つまり──。


「……完済、ですね」


「はい。それどころか、二百万ベルほどの余剰金が出ます。さらに、陛下からはフォレスト家の爵位保全と、弟君たちの学費免除の特権も授与されるとのことです」


侍従長はニコニコと笑っている。 それはそうだ。貧乏令嬢が一夜にして借金をなくし、特権まで手に入れたのだ。 これほどのシンデレラストーリーはない。 私は飛び上がって喜ぶべき場面だ。 「やりました!」と叫んで、小切手にキスをするべき場面だ。


なのに。


(……どうして?)


私の心臓は、冷たい鉛を飲み込んだように重かった。 口角が上がらない。

「ありがとうございます」という言葉が、喉に張り付いて出てこない。


「……リアナ嬢? いかがなさいましたか?」


「あ、いえ……あまりの光栄に、言葉が出なくて」


私は無理やり笑みを浮かべ、木箱を抱きしめた。 この箱の中には、私の「自由」が入っている。

そして同時に、アレクセイ様との「契約終了届」も入っているのだ。


使者が帰った後、私は自室に戻り、弟のレオと妹のマリーに報告の手紙を書こうとした。 だが、ペンが進まない。 『借金が返せるよ』 『また三人で暮らせるよ』 『もう働かなくていいんだよ』 書くべき言葉はたくさんあるはずなのに、どれも白々しく思えてしまう。


ふと、机の上のクッキー缶が目に入った。 先日、マリーが送ってくれた手作りクッキーの残りだ。 アレクセイ様が「私のものだ」と言って独占しようとした、あのクッキー。


「……美味しかったな、あれ」


私は缶を開けようとして、手が止まった。 もし借金を完済したら。 私はこの公邸を出ていくことになる。 アレクセイ様とは、ただの「元上司」と「元部下」になる。 もう、朝のコーヒーを淹れることも、ボタンをつけ直すことも、カーテンの裏で一緒にサボることもない。 彼の不器用な優しさに触れる権利も、彼の隣で笑う資格も、全て「契約満了」と共に失効する。


「……嫌だ」


ポツリと、本音が漏れた。


「コストとか、メリットとか、そんなの関係ない……。私はただ……」


私は木箱の上に突っ伏した。 涙が滲んで、視界が歪む。 五千万ベルなんていらない。 借金まみれのままでいい。 ずっと、彼の「計算機」でいたかった。 彼に「逃がさない」と言われて、困ったふりをしながら、甘い束縛の中で生きていたかった。


でも、それは許されない。 私は経理係だ。 数字を無視して生きることはできない。 完済できる金があるのに返さないのは、契約違反であり、彼の厚意に甘えるだけの寄生行為だ。 そんなプライドのない女を、彼は愛してくれるだろうか?


「……行かなくちゃ」


私は涙を拭い、木箱を持って立ち上がった。

報告しなければならない。

私の雇い主に。 そして、私の愛した人に。


宰相執務室。 夕暮れの光が差し込む部屋は、どこか寂しげだった。 アレクセイ様はデスクに向かい、黙々と書類に目を通していた。 だが、ペンの動きは遅い。心ここにあらず、といった様子だ。


「……失礼します、閣下」


私が声をかけると、彼はビクリと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。 その表情を見て、私は胸が締め付けられた。 彼は、泣き出しそうな顔をしていたからだ。


「……リアナか」


「はい。……ご報告があります」


私は木箱をデスクの上に置いた。 ゴトリ、と重い音が響く。


「先ほど、陛下より報奨金を拝領いたしました。五千万ベルです」


「……そうか」


アレクセイ様の視線が、木箱に釘付けになる。

その目は、まるで爆発物を見ているように怯えていた。


「おめでとう。……これで、君の望みは叶ったな」


「はい。おかげさまで」


私は事務的に答えた。感情を込めれば、声が震えてしまいそうだったから。


「これで、貴方への借金は全額返済可能です。利息計算書を作成しましたので、ご確認を」


私は一枚の書類を差し出した。 完璧な計算書だ。一ベルの誤差もない。 これに彼がサインをし、

私が小切手を渡せば、全てが終わる。


アレクセイ様は書類を受け取らなかった。

ただ、じっと私を見つめている。


「……リアナ」


「はい」


「本当に、返すのか?」


「……当然です。それが契約ですから」


「返さなくてもいいと言ったら?」


「困ります。私は借金を踏み倒すような不誠実な人間ではありません」


私は精一杯の強がりを言った。

お願い、引き止めて。

「返さなくていい」「ずっとここにいろ」と言って。 そうすれば、私は……。


だが、アレクセイ様はふっと自嘲気味に笑った。


「そうだな。……君は、そういう女だ。潔癖で、真面目で、数字に嘘をつかない」


彼は引き出しを開け、一束の書類を取り出した。 それは、私たちが最初に交わした「雇用契約書」だった。 私のサインと、彼のサインが入った、あの羊皮紙。


「……グレイの言った通りだ。君を繋ぎ止めていたのは、この紙切れと、借金という鎖だけだった」


彼は契約書をデスクに置いた。

その指が、名残惜しそうに紙面を撫でる。


「鎖がなくなれば……君は飛び立っていく。私の手の届かない場所へ」


「閣下……」


「分かっている。引き止める権利は、私にはない」


アレクセイ様はペンを取り、私の差し出した計算書に、震える手でサインをした。

『受領承認 アレクセイ・フォン・アインスワース』


「……これで、完了だ」


彼がペンを置いた瞬間、私の中で何かが崩れ落ちた。 終わった。 契約は履行された。 私たちはもう、債権者と債務者ではない。


「……ありがとうございました」


私は深々と頭を下げた。 顔を上げられない。

涙が溢れてくるから。


「手続き上、契約終了日は今月末……あと一週間とさせていただきます。それまでに、引き継ぎと荷物の整理を済ませますので」


「……ああ。頼む」


彼の声は、遠く、冷たく響いた。 拒絶の冷たさではない。 大切なものを諦め、手放そうとする人の、悲しい冷たさだった。


私は逃げるように執務室を出た。 扉が閉まる瞬間、部屋の中から、何かが壊れるような音が聞こえた気がした。 でも、私は振り返らなかった。

振り返れば、二度と歩き出せなくなる気がしたから。


廊下を歩きながら、私は抱えた木箱の重さを感じていた。 五千万ベル。 かつては希望の塊だったその重みが、今はただの「石」のように、私の心を押し潰していた。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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