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第39話「逃亡大臣の末路、凍てつく断罪」

「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」



「……ここですね」


王都から馬車で三時間。 国境近くの深い森の中に、その別荘はひっそりと建っていた。 地図にも載っていない隠れ家。 だが、アレクセイ様の探索魔法と、私の「資金移動ルートの逆探知」からは逃れられなかった。


「ああ。中にいる。……金の匂いと、腐った野心の匂いがプンプンするな」


アレクセイ様が馬車を降りる。 今日の彼は、いつもの宰相としての正装ではない。 動きやすい狩猟服に、漆黒のマント。 その表情は、先日の甘い看病生活の時とは別人のように冷たく、研ぎ澄まされていた。 まさに、「氷の宰相」の真骨頂。


「リアナ。君は私の後ろにいろ。……今回は、手加減できそうにない」


「はい。見届けさせていただきます。私の計算の答え合わせを」


私は眼鏡を押し上げ、彼の背中に続いた。


別荘の扉は、鍵がかかっていたが意味をなさなかった。

アレクセイ様が手をかざしただけで、錠前が凍りつき、粉々に砕け散ったからだ。


静まり返ったホール。 だが、奥の部屋からガサゴソと何かを詰め込む音と、男の独り言が漏れてくる。


「くそっ、入り切らん! 絵画は置いていくか……いや、金塊だけは……!」


私たちは音もなくその部屋へと近づいた。 ドアが開いている。 中では、やつれた顔の男──財務大臣バロン・グレイ伯爵が、旅行鞄に必死で金目のものを詰め込んでいた。 その足元には、散乱した書類と、空になったワインボトル。 かつての威厳ある大臣の姿はそこになく、ただの強欲な逃亡者がいるだけだった。


「……荷造りは終わりましたか、グレイ閣下」


私が声をかけると、グレイ伯爵は「ひぃっ!?」と悲鳴を上げて飛び上がった。

振り返った彼の顔が、私たちを見て絶望に染まる。


「あ、アインスワース……!? な、なぜここが……!」


「貴方の隠し口座の送金履歴を追いました。ガリソン商会からの『緊急避難資金』の着金先。……随分と分かりやすいパスワードでしたね。『GOLD』だなんて」


私が冷ややかに告げると、伯爵はガタガタと震え出した。


「ま、待て! 話せば分かる! 私はただ、国の未来を憂いて……」


「黙れ」


アレクセイ様の一言が、部屋の空気を凍てつかせた。 彼はゆっくりと、死神のような足取りで伯爵に歩み寄る。


「国の未来? 笑わせるな。貴様が憂いていたのは、自分の懐具合だけだろう」


「ち、違う! あれは必要な犠牲だった! 通貨を切り替えるための……!」


「そのために、毒ガスを撒き散らし、罪のない市民を危険に晒したのか?」


アレクセイ様の周囲に、鋭い氷の結晶が無数に出現した。 それらは切っ先を伯爵に向け、今にも発射されんばかりに浮遊している。


「貴様のやったことは万死に値する。だが……私が何より許せないのは」


アレクセイ様の瞳が、紫色に妖しく発光した。


「私の大切な補佐官を……リアナを、傷つけたことだ」


「ひっ……!」


伯爵は腰を抜かし、床を這って後ずさった。

背中が壁に当たる。逃げ場はない。


「た、助けてくれ! 金ならやる! ここにある金塊、全部くれてやる! 二十億ベル……いや、隠し資産を合わせれば五十億ベルはある! 全部お前のものだ!」


伯爵は鞄をひっくり返し、中身をぶちまけた。

金貨、宝石、権利書。

目がくらむような財宝の山。 だが、アレクセイ様はそれらを一瞥すらしなかった。


「……五十億ベル?」


彼は鼻で笑った。


「安いな」


「な、なに……?」


「私のリアナが流した涙一滴の値段にもならん。彼女の頬についた傷一つの慰謝料にも足りん」


アレクセイ様が右手を挙げた。 氷の結晶たちが、カシャンと音を立てて装填される。


「貴様には、金よりも重い『絶望』を味わってもらおう。……地獄で、凍りついた金貨でも数えているんだな」


「や、やめろぉぉぉッ!!」


伯爵の絶叫と共に、氷の嵐が吹き荒れた。

ただし、アレクセイ様は彼を殺しはしなかった。 鋭い氷のつぶては、伯爵の服を切り裂き、彼の周りにある財宝を粉々に粉砕しただけだった。 金貨がひしゃげ、宝石が砕け、権利書が霧散する。

彼の人生の全てだった「富」が、ただのゴミ屑へと変わっていく。


「あ、あぁ……私の金が……私の力が……」


伯爵は呆然と、瓦礫と化した財産を見つめていた。 アレクセイ様は、最後に伯爵の足元を氷で固め、彼をその場に縫い付けた。


「殺しはしない。生きて、全てを失った惨めさを噛み締めろ。……ルーカスたちがじきに来る。牢獄の中で、一生かけて罪を償うといい」


アレクセイ様は踵を返した。 完全なる勝利。

そして、圧倒的な断罪。

私は震える伯爵を一瞥し、アレクセイ様の背中を追った。


「……待ちたまえ」


背後から、怨嗟に満ちた声が響いた。

グレイ伯爵だ。 彼は充血した目で、アレクセイ様を睨みつけていた。


「アインスワース……。お前は勝ったつもりか? 愛する女を守り、悪を倒して、ハッピーエンドだと?」


「……負け犬の遠吠えか」


「ククッ……。哀れな男だ。お前は気づいていないのか? その女が、なぜお前の側にいるのかを」


アレクセイ様の足が止まった。


「……何が言いたい」


「金だよ。借金だ! その女は、お前に莫大な借金があるから、仕方なく従っているだけだ! 契約書という鎖があるから、飼い犬のふりをしているだけだ!」


伯爵の声が、毒を含んだ矢のように放たれる。


「今回の功績で、彼女には多額の報奨金が出るそうだな? ……借金は完済されるだろう。そうしたらどうなる?」


「……」


「彼女は去るぞ! 自由になって、お前の元から逃げ出す! 金の切れ目が縁の切れ目だ! お前は一人ぼっちに戻るんだよ、氷の化け物め!」


「黙れェッ!!」


アレクセイ様が腕を振るった。 巨大な氷塊が伯爵の口元を覆い、その声を物理的に封印した。 静寂が戻る。 だが、放たれた言葉の毒は、消えずに空中に漂っていた。


「……行こう、リアナ」


アレクセイ様の声は、硬かった。 彼は振り返らず、私の手を取ることもなく、早足で出口へと向かう。 その背中は、怒りではなく恐怖に震えているように見えた。


(……閣下)


私は何も言えなかった。 否定したかった。「そんなことない」と。「借金がなくなっても、私は貴方の側にいたい」と。 でも、今の私には、それを証明する術がなかった。 私たちの間にあるのは、確かに「雇用契約書」という紙切れ一枚だけなのだから。


馬車に戻った後も、アレクセイ様はずっと無言だった。 窓の外を流れる景色を見つめる横顔が、

ひどく寂しげで、遠い。


事件は解決した。 国を揺るがす陰謀は阻止され、平和が戻ってくるはずだ。

けれど、私たちの関係には、決定的な亀裂が入ってしまった。


「借金完済」。 そのゴールが近づくほどに、私たちの時間は終わりへと向かっていく。 その残酷な事実を、悪意ある言葉によって突きつけられてしまったのだ。


私は膝の上で、ギュッと手を握りしめた。 私の計算式には、「完済後の未来」という変数がまだ組み込まれていない。 このままでは、計算通りに「契約終了」となってしまう。


(……なんとかしなきゃ)


彼の背中を見つめながら、私は強く思った。

数字では割り切れないこの想いを、どうやって彼に伝えればいいのだろう。 物語は、最後の、そして最大の試練へと向かおうとしていた。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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