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第33話「買収工作? その金額では私の時間は買えません」

「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」



証人であった職人、ミラーが謎の死を遂げてから二日。 公邸の空気は重く沈んでいた。 見えない「呪い」の恐怖。物理的な警備では防げない暗殺手段に、護衛の騎士たちも神経を尖らせている。


そんな中、私の元に一つの小包が届いた。


「リアナ様。表門に『ファンからの差し入れ』と称して、これが置かれていたそうです」


ルーカス様が持ってきたのは、高級菓子店の包装紙で包まれた重たい箱だった。

魔法的な危険物探知は済ませてあるという。爆発物でも、呪いの媒体でもない。


「ファン、ですか? 私に?」


「最近の活躍で、一部の文官や市民の間で貴殿は『聖女』ならぬ『計算の女神』と呼ばれていますからね」


「女神……。お賽銭なら歓迎ですが」


私は訝しみながらも、デスクの上で包装紙を解いた。 甘い菓子の匂いを期待して蓋を開ける。 だが、そこに詰まっていたのは、砂糖菓子ではなかった。


「……あら」


古びた紙幣の束。 一万ベル札が、ぎっしりと隙間なく詰め込まれていた。

ざっと見て、束が十個。


「一億ベル、ですね」


その上に、一枚のカードが添えられていた。

『賢明な判断を期待する。これを持って田舎へ帰れ。さもなくば、次は貴様の番だ』


典型的な買収工作、兼、脅迫状だ。 一億ベル。 私の借金を二回完済してもお釣りが来る金額。 庶民なら一生遊んで暮らせる大金だ。


「……馬鹿にするな」


背後で、低い声が響いた。 アレクセイ様だ。彼もまた、箱の中身を覗き込み、氷のような冷気を放ち始めていた。


「たったの一億ベルか? 私の補佐官の口を封じる対価が、これっぽっちだと?」


「ええ、同感です。あまりにも市場価格を無視しています」


私は冷静に頷き、デスクの引き出しから愛用のそろばんを取り出した。

パチパチパチッ! 乾いた音が静寂を切り裂く。


「閣下、計算してみましょう。現在、予想されるハイパーインフレ率は月次で数千%。もし私がここから手を引いて偽造金貨が流通すれば、三ヶ月後にはこの一億ベルは紙屑同然になります。パンフレット一枚も買えません」


私はそろばんを弾き続け、次々とリスク要因を加算していく。


「次に、私がここを去った場合のリスクです。敵は『田舎へ帰れ』と言っていますが、口封じのために追手を差し向ける確率は九九%。逃亡生活にかかる警備費、身分偽装費、精神的慰謝料……これらを現在価値に割り引くと、どう考えても赤字です」


私は最後に、バチン! と決定的な音を立ててそろばんを止めた。


「結論。この提示額は、私の人生と命を買い叩きすぎています。最低でも国家予算の三割、かつ非課税での一括払いくらい提示してもらわないと、交渉のテーブルにも着けません」


私が真顔で言い放つと、アレクセイ様は呆気にとられた顔をし、それからフッと口角を上げた。


「……ククッ、ははは! 国家予算の三割か! 強欲で結構!」


彼は愉快そうに笑い、私の肩を抱き寄せた。


「そうだ、その通りだリアナ。一億ベルなど、君の価値の消費税にもならん。奴らは君を、そこらの安い女と同じだと勘違いしているようだな」


「ええ。経理係をナメないでいただきたいです」


私は箱の蓋を乱暴に閉じた。


「この金は『証拠品』として押収します。雑収入として計上できないのが残念ですが」


「……待て」


アレクセイ様が、箱を片付けようとした私の手を止めた。 彼の視線が、札束を束ねている「帯封」に釘付けになっている。 紫色の紙で作られた、古風な帯封だ。


「……この帯の色、そして刻印……」


彼が指差した先には、金色のインクで小さな紋章──『天秤と麦』のマークが押されていた。 銀行の帯封ではない。どこかの商会の独自のものだ。


「見覚えがありますか?」


「ああ。……『ガリソン商会』だ」


ガリソン商会。 その名を聞いた瞬間、私の脳内データベースが検索ヒットした。


「王都最大手の貿易商社……。そして、確か財務大臣のグレイ伯爵と親戚関係にある一族が経営しているはずです」


「その通りだ。……さらに言えば、先日君が見抜いた『北方の城壁修繕』で、資材輸送を請け負っていたのも奴らだ」


アレクセイ様の目が、獲物を捉えた猛禽類のように鋭くなった。


「現金の出所がついたぞ。奴らは焦って、手元にある裏金をそのまま詰め込んで送ってきたんだ。……帯封を外す手間さえ惜しむほどにな」


「……浅はかですね」


「ああ。だが、これで一本に繋がった」


アレクセイ様は札束の一つを掴み上げると、それを握り潰した。 グシャリ、という音と共に、紙幣が凍りついて砕け散る。


「財務大臣、造幣局、そして物流を担うガリソン商会。……国の経済けつえきを吸い上げる寄生虫どもの正体が、これで全て揃った」


彼は私に向き直り、ニヤリと笑った。

それは、敵への慈悲など欠片もない、冷酷で美しい「魔王」の笑みだった。


「リアナ。買収を拒否した以上、次は実力行使が来るぞ」


「望むところです。私の時間を安く見積もった代償、高くつけて請求してやります」


私は眼鏡を押し上げ、不敵に微笑んだ。 一億ベルの札束など、もはやただの紙切れにしか見えなかった。 私たちの目には、その先にある「二十億ベルの闇」と、それを暴いた時に得られる「未来(完済)」しか映っていないのだから。

読んでくださってありがとうございます。

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