第32話「王立造幣局への潜入、機械の鼓動を聞け」
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王立造幣局。 王都の北東、厚い石壁と鉄柵に囲まれたその施設は、国の心臓部とも言える場所だ。 普段は厳重な警備により鼠一匹通さない要塞だが、今日の空気は違っていた。
「ようこそお越しくださいました、宰相閣下」
造幣局長の男が、脂汗を拭いながら出迎えた。
その目は泳ぎ、笑顔は引きつっている。 無理もない。「氷の宰相」が事前通告なしの抜き打ち監査に来たのだから。
「仕事中すまないな。……少し、工場のラインを見せてもらいたい」
「は、はい! もちろんでございます! ですが、現在はメンテナンス中の区画が多く……」
「構わん。稼働している機械だけでいい」
アレクセイ様は局長の言い訳を一蹴し、私に目配せをした。 私は無言で頷き、眼鏡の位置を直した。 今日の私は、ただの補佐官ではない。
「監査官」だ。
重厚な二重扉が開かれると、途端に熱気と騒音が押し寄せてきた。
ガシャン! ドンッ! ガシャン! ドンッ!
巨大なプレス機が、一定のリズムで金属板を打ち抜いていく音。 溶解炉から立ち上る熱気。 数百人の職人たちが、ベルトコンベアの前で黙々と作業をしている。 一見すると、何の変哲もない工場の風景だ。
「こちらが第一ラインです。ここでは五千ベル銀貨を……そしてあちらが、一万ベル金貨を製造する第三ラインでございます」
局長が早口で説明する。 私は工場の隅々まで目を凝らした。 床の清掃状況、資材の積み上げ方、職人たちの手つき。 どれもマニュアル通りに見える。帳簿上の数字だけでなく、現場の風景もまた「綺麗」に整えられていた。
「いかがでしょう、閣下。何も問題はないかと」
「そうだな。見た目は完璧だ」
アレクセイ様が私を見た。「どうだ?」という問いかけだ。 私は工場の中央で立ち止まり、ゆっくりと目を閉じた。
視覚情報を遮断する。 代わりに、聴覚を極限まで研ぎ澄ます。 工場の騒音は、私にとっては数字の羅列だ。 蒸気機関のピストン運動。
歯車の噛み合わせ。そして、プレス機が金属を叩く打撃音。 全てが物理法則に基づいた、正確なリズムであるはずだ。
(……聞こえる)
第一ライン。正常。一分間に六十回の打刻。誤差なし。 第二ライン。正常。搬送ベルトの摩擦音が少々大きいが、許容範囲。 そして、第三ライン──金貨の製造ライン。
ガシャン、ッ、ドン。……ガシャン、ッ、ドン。
(……見つけた)
私は目を開けた。 そして、迷うことなく第三ラインのプレス機の前へと歩き出した。
「あ、あの、補佐官殿? そちらは危険ですので……!」
局長が止めようとするのを無視し、私は作業中の若い職人の前で足を止めた。 二十代半ばくらいの、真面目そうな青年だ。 彼は私の姿を見て、ビクリと手を止めた。
「……その機械、止めてください」
「えっ、あ、はい……」
機械が停止し、周囲が静寂に包まれる。 私はプレス機の設定盤を指差した。
「圧力設定値、規定より一・五%下げていますね?」
「は、はい?」
「そして、打刻時間。先ほど音を聞いていましたが、規定の二・〇秒ではなく、一・八秒で設定されています。〇・二秒の短縮です」
職人の顔から血の気が引いた。
局長が泡を食って割り込んでくる。
「な、何を言いがかりを! 機械の設定はマニュアル通りです! たかが〇・二秒のズレなど、機械の調子次第で……」
「いいえ、意図的な設定変更です」
私は職人が持っていた完成品の金貨を一枚手に取り、掌に乗せた。
「金属は、圧力と時間をかけることで密度が高まります。圧力を弱め、時間を短縮すれば、金貨の厚みはミクロン単位で薄くなり、内部に微細な空洞が残る。……その結果、見た目は同じでも、質量が軽くなる」
私は金貨を職人に突きつけた。
「この設定で量産すれば、金貨一枚あたり〇・五グラムの原料を『節約』できますね。浮いた金はどこへ消えましたか?」
「あ、あぅ……」
職人の青年はガタガタと震え出し、その場に膝をついた。 動かぬ証拠を突きつけられ、逃げ場を失ったのだ。
「い、言えない……言ったら、殺される……!」
「誰にだ? 局長か?」
「ちがう……もっと、恐ろしい……『契約』が」
青年は自分の胸元を強く握りしめた。 そのシャツの隙間から、赤黒い痣のような文様がチラリと見えた。 魔法陣? いいえ、あれは──『隷属の契約紋』だ。
「……なるほど。そういうことか」
アレクセイ様の声が、工場の熱気を切り裂いた。 彼はいつの間にか私の背後に立ち、絶対零度の視線で局長を射抜いていた。
「局長。貴様、職人たちに『血の契約書』を書かせたな?」
「ひぃっ!?」
「闇ギルドが使う禁呪だ。秘密を漏らせば心臓が止まる、時限式の呪い。……国の機関で、よくもそんな穢れた真似を」
アレクセイ様が指を鳴らす。
バキィィィンッ!!
局長が言い訳をする間もなく、鉄パイプごと氷の彫像へと変えられた。 氷漬けにされた局長は、驚愕の表情のまま固まっている。 工場の職人たちが悲鳴を上げ、パニックに陥る。
「……静粛に!」
アレクセイ様の一喝で、場が静まり返る。 彼は凍りついた局長には目もくれず、膝をついた青年の前に屈み込んだ。
「君、名前は?」
「ミ、ミラーです……」
「ミラー。安心しろ。君の胸にあるその呪いは、私が解いてやる。……だが、そのためには術式の解析が必要だ。身柄を保護させてもらうぞ」
「ほ、本当ですか……!? 助かるんですか!?」
「ああ。私が保証する」
アレクセイ様はミラーの肩に手を置いた。
その瞬間、彼の手から冷たい魔力が溢れ出し、
ミラーの全身を覆おうとした。
「……閣下、待ってください!」
私は慌てて彼の手を掴んだ。
「何をするつもりですか?」
「『保存』だ。この男は唯一の証人であり、呪いのサンプルだ。呪いが発動する時間を稼ぐために、私の氷の中で仮死状態にして保管する」
「冷凍保存ですか!? 死んでしまいます!」
「このままだと、口を割った瞬間に呪い殺されるぞ。どちらがマシだ?」
「で、でも、もっと安全な方法が……」
私たちが問答している間に、ルーカス様が駆けつけてきた。
「閣下! 隔離車を用意しました! 公邸の地下なら、強力な結界があります。呪いの発動を遅延させつつ、解呪班に処置させましょう!」
「……チッ。仕方ない。ルーカス、急げよ。この男の命は、砂時計の砂より脆いぞ」
アレクセイ様は魔力を収め、ミラーをルーカス様に引き渡した。 ミラーは「助かるんだ」と希望の光を目に宿し、連行されていく。
「……これで、繋がりが見えましたね」
私は工場の出口で、夕焼けに染まる空を見上げた。 造幣局長と、その背後にいる闇。
呪いを使ってまで口封じをする、周到で残忍な敵。
「ああ。……だが、嫌な予感がする」
アレクセイ様は険しい顔を崩さなかった。
「あの呪いの術式……かなり古く、強力なものだ。公邸の結界で抑え込めるかどうか……」
アレクセイ様の予感は、最悪の形で的中することになる。
その日の深夜。 厳重に警備されていたはずの公邸の地下室で、ミラーが冷たくなっているのが発見された。 外傷はない。毒の反応もない。 ただ、胸元の『契約紋』が黒く焼け焦げ、心臓が停止していた。
「……やはり、駄目だったか」
報告を受けたアレクセイ様は、執務室の机を拳で叩き割った。
「公邸の結界をすり抜けたのではない。……『捕縛された』という事実そのものが、呪いの発動条件だったんだ」
口を割る前に殺す。 助けようとした希望ごと圧し折る。 それが、敵のやり方だった。
「……リアナ。気をつけろ」
アレクセイ様が私を抱きしめる力が、痛いほど強くなった。
「敵は、手段を選ばない。……魔法も、金も、人の命さえも道具として使い捨てる外道だ」
見えない恐怖が、私たちの首元に冷たい刃を突きつけていた。 二十億ベルの闇は、私たちの想像よりも遥かに深く、そして近くに潜んでいる。
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