第30話「 軽すぎる金貨、重すぎる陰謀の再来」
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「……いい天気ですね」
王都の大通り。澄み渡る青空の下、私は新しい眼鏡の位置を直しながら呟いた。
隣を歩くアレクセイ様は、変装用の伊達眼鏡をかけ、平民風のジャケットを羽織っている。 今日は公務の合間の息抜き……という名目で、私が「消耗品の買い出しに行きたい」と言ったのに無理やりついてきたのだ。
「ああ。君と歩くには悪くない日和だ」
「荷物持ち、ありがとうございます。でも、そろそろ重いでしょう?」
「この程度、書類の束より軽い」
アレクセイ様の手には、洗剤、トイレットペーパー、保存食の缶詰などが詰まった買い物袋が提げられている。 国の宰相に何を持たせているんだと護衛のルーカス様が遠くで頭を抱えている気配がするが、アレクセイ様本人が「君の生活の一部を支えている実感が湧く」と言って聞かないので仕方がない。
「さて、最後にお釣りをもらって帰りましょう」
私は馴染みの乾物屋の店先で、財布を取り出した。 干し肉と香辛料の代金、一万二千ベル。 私は財布から一万ベル金貨と、千ベル銀貨二枚を取り出して店主に渡した。
「あいよ! 毎度あり!」
店主の威勢のいい声と共に、お釣りの小銭ではなく、商品の受け渡しが行われる。 ……あれ?
私はふと、財布の中に残っていた最後の一枚予備として持っていた「一万ベル金貨」に目をやった。
(……なんか、変ね)
さっき支払った金貨とは別の、お釣りとして別の店で受け取ったばかりの金貨だ。 見た目は新品同様に輝いている。 王国の紋章である「双頭の鷲」が刻印され、縁にはギザギザの加工が施されている。 偽造防止のための精巧な細工だ。目視で確認できる限り、完璧な本物に見える。
私はその金貨を指先で摘み上げた。
チャリッ。
軽い音がした。 本当に、ごくごく僅かな違和感。 普通の人間なら「気のせい」で済ませるレベルの、指先に残る感触の差異。
「リアナ? どうした、また値切り交渉か?」
アレクセイ様が不思議そうに覗き込んでくる。
私は答えず、その金貨を掌に乗せ、目を閉じた。 全神経を指先の触覚に集中させる。
(……計測開始)
私の脳内にある天秤が揺れる。 左皿には、正規の一万ベル金貨。規定重量二十・〇グラム。 右皿には、今ここにある金貨。
天秤が、左に傾いた。 右が軽い。
(……十九・五グラム)
〇・五グラム足りない。 たったそれだけ? いいえ、違う。 金の比重を考えれば、この大きさで〇・五グラムも軽くなるはずがない。 中身が違うのだ。
表面は本物の金でコーティングされているが、中心部に比重の軽い安価な金属──鉛や銅が混ぜられている。
「……閣下」
私の声が震えた。 冷や汗が背中を伝う。
「どうした。顔色が悪いぞ」
「……この金貨、どこで手に入れたか覚えていますか?」
「さっきの……帽子屋のお釣りだったか? それがどうかしたのか」
「ニセモノです」
私が断言すると、アレクセイ様の目が鋭く細められた。 彼は即座に「宰相」の顔になり、周囲に結界を張って音を遮断した。
「……確かなのか?」
「はい。規定より〇・五グラム軽いです。精巧に作られていますが、混ぜ物がしてあります」
「〇・五グラム……。そんな微細な差、機械でもなければ判別できんぞ」
「私には分かります。……それに、思い出してください。以前、私たちが裏帳簿で見つけた『3ベルのズレ』のことを」
私は金貨を強く握りしめた。
「あの時、私は計算しました。一回の鋳造で約三ベル分、つまり〇・〇六グラムの中抜きが行われていたと。……でも、この金貨は〇・五グラムも軽い。中抜きの規模が、一桁跳ね上がっています」
脳内電卓が高速で回転し、最悪のシミュレーションを弾き出していく。 もし、この精度の偽造金貨が、すでに市場に大量流出しているとしたら? 〇・五グラムの差なら、一般市民は気づかない。 商人も、銀行家ですら、専用の秤を使わなければ見抜けないだろう。
気づかないまま流通し、ある日突然、「国の金貨は価値がない」と暴露されたら?
「……信用崩壊が起きます」
私は乾いた唇を舐めた。
「誰も金貨を受け取らなくなる。物々交換が始まり、物価はハイパーインフレを起こす。パン一個が一万ベルになる日が来ます。……国家経済の死です」
アレクセイ様が息を呑んだ。 彼も理解したのだ。これが単なる「偽造事件」ではなく、国を内側から腐らせて殺す「経済テロ」の最終段階であることに。
「……リアナ」
アレクセイ様が私の手から金貨を取り上げ、太陽にかざした。 美しい黄金の輝き。 だが、その輝きは今や、毒々しい破滅の色に見えた。
「敵は、ここまで踏み込んでいたのか。……いや、待て」
彼の視線が、通りの向こう──王宮の方角へと向けられる。
「このレベルの偽造品を、市井の工房で作れるはずがない。設備も、技術も、そして流通ルートも……」
「……はい。王立造幣局です」
私が告げると、アレクセイ様の手の中で、金貨がミシミシと音を立てて凍りついた。
「造幣局のラインそのものが、乗っ取られている可能性があります。……正規のルートで、ニセモノが堂々と発行されているんです」
最悪の事態だ。 国が自ら、国の価値を殺す毒を撒き散らしている。 黒幕は財務省の幹部か、あるいはもっと上か。
「……帰るぞ、リアナ」
アレクセイ様が買い物袋をルーカス様に放り投げルーカス様が慌ててキャッチした。そして私の手を取った。 その手は氷のように冷たく、怒りに震えていた。
「のんびり買い物などしている場合ではない。……戦争だ」
私たちは人混みをかき分け、疾走した。 青空が急に遠く感じる。 平和な日常の皮一枚下で、どす黒い悪意が脈動している。
馬車に乗り込み、王宮へと急がせる中、私は震える手で眼鏡を押し上げた。
「……閣下。お願いがあります」
「なんだ。なんでも言え」
「王宮に着いたら、直ちに権限を行使してください」
私は彼のアメジストの瞳を真っ直ぐに見つめ、告げた。
「今すぐ造幣局を封鎖してください。そして、王都中の銀行取引を凍結させてください。……一刻も早く止血しなければ、この国は死にます」
アレクセイ様は深く頷いた。
「承知した。……私の全権限をもって、この国の心臓を止める」
馬車が石畳を蹴り、王宮の門をくぐる。 それは、私たちが「ただの主従」から「救国の共犯者」へと変わる、長い戦いの始まりだった。
重すぎる金貨の秘密を抱え、私たちは嵐の中心へと飛び込んでいく。
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