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第27話「弟妹からの手紙、買収された家族たち」

「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」



「……閣下。座ってください。緊急査問会を開きます」


翌朝。 私は出勤してきたアレクセイ様を、仁王立ちで出迎えた。 私のデスクの上には、昨日弟から届いた手紙と、私が徹夜で試算した「推計・支援総額リスト」が置かれている。


「朝から怖い顔だな。……昨日の肩もみのおかげで、私はすこぶる快調なんだが」


「それは良かったです。では、そのクリアな頭脳で説明していただきましょう」


私はリストをバシッ! と叩いた。


「昨日、弟の手紙にあった『屋根の修理』と『家庭教師』。これについて詳しく実家に問い合わせたところ、驚愕の事実が判明しました」


「ほう?」


「まず、屋根。ただの雨漏り修理かと思いきや、使用された瓦は『王宮と同じ耐火・断熱素材』。施工業者は『王室御用達の工務店』。……見積もり額、推定八百万ベル」


私は次々と指を折って数え上げた。


「次に食料支援。週に一度届くという『お肉』ですが、これは最高級ブランド牛『キング・ロース』ですね? 一キロあたり二万ベルの肉を、育ち盛りの子供二人にキロ単位で送りつけているとか」


「子供の成長にはタンパク質が不可欠だ。筋肉こそが資本だからな」


「限度があります! 弟が『最近、ステーキが飲み物みたいに溶けるんだ』と書いていました。舌が肥えすぎて、もうスーパーの特売肉に戻れませんよ!」


さらに、と私は続ける。


「極めつけは家庭教師です。派遣されたのは、王立アカデミーの名誉教授だと聞きました。時給換算でいくらですか? 私の月給を超えますよね?」


「……彼は引退して暇を持て余していたからな。ボランティア価格で請け負ってもらった」


「嘘です! 教授が『宰相閣下に研究費を寄付していただいた』と泣いて喜んでいたそうじゃないですか!」


私はリストをアレクセイ様の胸に押し付けた。


「合計すると、ここ数ヶ月で貴方が私の家族に投じた金額は……約二千万ベル。私の借金残高の半分に迫る勢いです。……閣下、これは何のマネですか?」


アレクセイ様はリストを一瞥し、ふんと鼻を鳴らした。 悪びれる様子は微塵もない。むしろ、「バレたか」と楽しんでいるようだ。


「リアナ。君は経理係として優秀だが、投資家としての視点が足りないな」


「投資?」


「ああ。君の弟、レオと言ったか。彼が送ってきた算術のドリルを見たが、筋がいい。論理的思考力は姉譲りだ。妹のマリーも、色彩感覚に優れている」


彼は窓の外、王都の空を見上げながら優雅に語り出した。


「彼らは将来、この国を背負う人材になる可能性がある。ならば、早いうちから最高の教育と環境を与え、才能を伸ばすのは、宰相としての義務であり『先行投資』だ。……将来、彼らが納税者として国庫に数億ベルを納めてくれれば、安い投資だと思わんか?」


「……詭弁です。公私混同も甚だしい」


「公私混同ではない。私の『私』は、君の『公』だ。……いや、逆か?」


アレクセイ様は意味不明なことを言って煙に巻こうとしている。 要するに、「君の家族は私の家族も同然だから、金を出すのは当たり前だ」と言いたいのだろう。 その気持ちは、正直に言えば嬉しい。涙が出るほどに。 でも、それを認めてしまえば、私は彼に一生頭が上がらなくなる。


「……これ以上、勝手な支援は困ります。私は自分の力で借金を返したいんです。家族も、私の稼ぎで養いたいんです」


「君の稼ぎは、君のために使え。……それに」


アレクセイ様はデスクの引き出しから、小さな包みを取り出した。


「家族の方も、君が思うほど『困って』はいないようだぞ?」


「え?」


「今朝、君の実家から私宛にこれが届いた」


彼が開けた包みの中には、不格好な形のクッキーが入っていた。 焦げ目がついていたり、形が歪んでいたりする、明らかに子供の手作りだ。 添えられたカードには、マリーの拙い字でこう書かれていた。


『アレクセイおにいちゃんへ。 いつもおいしいおにくをありがとう。 これ、マリーがやいたクッキーです。 レオおにいちゃんが、けいさんをおしえてくれました。リアナおねえちゃんと、たべてね』


「……あ」


マリーの字だ。 一生懸命書いたのだろう、インクが少し滲んでいる。 そして、そのクッキーからは、甘くて優しいバターの香りがした。


「……私の送った『キング・ロース』が、こんな愛らしい利息クッキーになって返ってくるとはな」


アレクセイ様は、世界最高峰の宝石を扱うような手つきで、歪なクッキーを一つ摘み上げた。 そして、口に運ぶ。


「……!」


「ど、どうですか? マリーはまだ料理を覚えたてで……」


「……最高だ」


彼は目を細め、心底愛おしそうに咀嚼した。


「王宮のパティシエが作る菓子よりも、数百倍美味い。……これが『家庭の味』というやつか」


「……ただの焦げたクッキーですよ」


「いいや、これはプライスレスだ。いかなる宝石でもあがなえない価値がある」


アレクセイ様は残りのクッキーを大事そうに缶に戻し、「これは私の机の金庫に保管する。誰にもやらん」と宣言した。 子供からのささやかなお返しを、こんなにも喜んでくれるなんて。 この人は、本当に「氷」の宰相なのだろうか。


「リアナ」


「はい」


「君の家族は、もう私の味方だぞ」


彼はニヤリと笑った。 勝ち誇った顔だ。


「君がどれだけ『契約』だの『借金』だのと線を引こうとしても、外堀は埋まった。君の帰る場所(実家)は、もう私の資本が入った関連会社のようなものだ」


「……関連会社って言わないでください」


「嫌なら、もっと親密な関係になるしかないな」


アレクセイ様は、マリーからのカードを裏返した。 そこには、レオの字で追伸が書かれていた。 私はそれを読んで、顔から火が出るかと思った。


『追伸: アレクセイ様。姉がお世話になっています。 僕たちは、アレクセイ様が姉の旦那様になってくれたら、すごく嬉しいです。 いつから「お義兄さん」と呼んでいいですか? ──レオ・フォレスト』


「……っ!!」


「だ、そうだ」


アレクセイ様は、カードを指で弾き、楽しそうに私を見た。


「レオ君は賢いな。状況を的確に分析している」


「ち、違います! これは子供の戯言で……!」


「私はいつでも構わんぞ。『お義兄さん』と呼ばれる準備はできている」


「私ができてません!!」


私は真っ赤になって叫んだ。 なんてことだ。

弟も妹も、完全に買収されている。

美味しいお肉と、素敵な家庭教師と、屋根の修理。 その対価として、彼らは姉を差し出すことに同意してしまったのだ。


「……裏切り者ぉぉ……」


「人聞きが悪いな。彼らは君の幸せを願っているだけだ」


アレクセイ様は立ち上がり、私の髪に触れた。


「観念しろ、リアナ。君の逃げ場はもうない。

君の世界の全てを、私が買い占めた」


その言葉は、独占欲の塊でありながら、どうしようもなく甘美な響きを持っていた。 実家も、仕事も、そして恐らくは私の心も。 彼の言う通り、私はもう完全に「包囲」されているのかもしれない。


「……クッキー、一枚ください」


「断る。これは私のものだ」


「ケチ!」


私は彼の金庫からクッキーを奪還すべく、彼に飛びかかった。 執務室に響く笑い声。 もはや誰も、私たちを「冷徹な上司と地味な部下」だとは思わないだろう。


しかし。 この幸せな包囲網の外側で、本当の悪意を持った敵たちが、「包囲網を破る」ための準備を着々と進めていることに、私たちはまだ気づいていなかった。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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