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第25話「借金完済の危機!? 宰相の妨害工作」

「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」



「……夢じゃないですよね?」


宰相執務室。 私の目の前には、国王陛下の玉璽ぎょくじが押された一枚の証書があった。 『報奨金支給通知書』。 そこに記された金額は、金貨三千枚──すなわち、三千万ベル。


「夢ではない。現実だ」


デスクの向こうで、アレクセイ様が苦虫を噛み潰したような顔で肯定した。 三千万ベル。 廃倉庫での命がけの潜入調査と、偽造金貨工場の摘発。

その対価としては破格だが、国が被るはずだった二十億ベルの損失を防いだと考えれば、妥当な成功報酬だ。


「やりました……! これで、私の借金残高は一気に一千八百万ベルまで圧縮されます!」


私はそろばんを弾き鳴らした。


「現在の月収が五十万ベル。残業手当とボーナスを含めて、生活費を月五万ベルに切り詰めれば……最短で一年半! いいえ、運用次第では一年以内に完済可能です!」


一年。 あとたったの一年で、あの地獄のような借金生活から解放される。 自由だ。弟と妹に、新しい服も、美味しいご飯も、何不自由なく与えてあげられる未来が、すぐそこまで来ている。


「ふふっ、あはは! 見えました、黒字ラインが! 私の人生、V字回復です!」


私が歓喜の舞を踊りそうになっていると、部屋の気温がスッと下がった。


「……そうか。一年で、終わるのか」


アレクセイ様が、死刑宣告を聞いた囚人のような声で呟いた。 彼は窓の外を虚ろな目で見つめている。


「一年後、君はここを去る。……私のいない世界へ。私という変数が存在しない、君だけの未来へ」


「ええ、そうです! ああ、でも閣下には感謝していますよ? 完済しても、お中元くらいは贈りますね」


「……お中元」


彼はガクリと項垂れた。 宰相ともあろうお方が、たかだか優秀な経理係一人を失うくらいで大袈裟だ。 まあ、私の後任を見つけるのは大変かもしれないけれど。


「……認めん」


ボソリと、彼が言った。


「はい?」


「認めんぞ。そんな……そんな短期契約で、私が満足するとでも思ったか!」


アレクセイ様がバンッ! とデスクを叩いて立ち上がった。 その目は血走っており、何やら危険な光を宿している。


「リアナ。喉が渇いただろう」


「はあ、まあ喋りましたし」


「よし。お茶にしよう」


彼はパチンと指を鳴らした。 すぐに侍従が入ってきて、湯気の立つティーカップを私の前に置いた。 漂ってくる芳醇な香り。黄金色に輝く水色。 一口飲むと、花のような香りと濃厚な旨みが口いっぱいに広がった。


「……美味しい。これ、いつもの紅茶じゃありませんね?」


「ああ。東方の秘境で、一年に一度、満月の夜にしか摘まれない幻の茶葉『ゴールデン・ムーン』だ」


「へぇ、そんな貴重なものを。ご馳走様です」


私が飲み干すと、アレクセイ様はニヤリと笑った。


「一杯、五万ベルだ」


「──ぶっ!!」


私は思わず咽せた。 気管に入った紅茶が、五万ベルの味と共に逆流しそうになる。


「ご、五万……!? カップ一杯で!?」


「ああ。君が飲んだ。オーダーは受けていないが、消費したのは事実だ」


「詐欺です! メニュー表を見せられていません!」


「私の執務室での提供物は、全て時価だ。

……この代金は、君の借金に上乗せしておく」


カチャリ。 アレクセイ様が、手元の帳簿、私への貸付金管理台帳に『+50,000』と書き込んだ。


「ちょ、ちょっと待ってください! 福利厚生じゃないんですか!?」


「違う。嗜好品だ。……さらに」


彼は悪魔の笑みで続けた。


「部屋が涼しいだろう? 私が氷魔法で空調管理をしているからだ。この『快適空間維持費』として、一時間につき一万ベルを請求する」


「暴利です! 魔法の無駄遣いをしているのは閣下でしょう!?」


「嫌ならサウナのような蒸し風呂で仕事をするか? ……それから、その椅子。最高級の羊革を使用している。レンタル料として月額三万ベルだ」


「床に座ります!」


「床のカーペットはペルシャ製だ。損耗費として歩くたびに百ベルだ」


「浮きます!」


私は物理的に椅子の上に体育座りになり、床から足を浮かせた。 なんてことだ。 この男、なりふり構わず私の借金を増やそうとしている。

「借金がある=契約が続く」というロジックを逆手に取った、宰相にあるまじき職権乱用だ。


「くっ……卑怯ですよ、閣下! こんな不当な請求、労働基準監督署に訴えます!」


「残念ながら、この国の労基署のトップは私だ。私の裁量一つで、君の借金はいくらでも増やせる」


アレクセイ様は開き直った。 彼は私のデスクに歩み寄り、山積みになった高級菓子、マカロンやチョコレートを指差した。


「さあ、食え。一つ残らず食え。これは一個三千ベルだ。全部食べれば、今日の給料はチャラになるぞ」


「食べません! 太るし借金も増えるし、地獄じゃないですか!」


「食べないなら、口移しで食わせてやる。その場合、技術料として別途十万ベルいただくが?」


「食べます!!」


私は涙目で高級マカロンを口に押し込んだ。

美味しい。悔しいけど美味しい。

でも、一口ごとに借金が増えていく音がする。

マカロンの甘さが、絶望の味に変わっていく。


(この人……私が辞めるのを阻止するために、

本気で経済制裁を仕掛けてきてる!)


アレクセイ様は、マカロンを頬張る私を見て、満足そうに頷いた。


「よしよし。いい食べっぷりだ。……これで完済まで、あと一週間は延びたな」


一週間。 五万ベルのマカロンセットで延びるのは、計算上たったの一週間だ。 彼は気づいているのだろうか。こんな子供騙しの嫌がらせでは、三千万ベルという巨額の返済ペースを止めることはできないということに。


「……閣下。言っておきますけど、こんなことしても無駄ですよ」


私は口の周りの砂糖を舐め取りながら、冷静に告げた。


「私が本気を出せば、来月には王都の不動産投資で利益を出して、この程度の嫌がらせ、即座に相殺してみせますから」


「なっ……!?」


「私を誰だと思っているんですか。この国の不正を見抜いた『神速計算』のリアナですよ? 小銭稼ぎなんて朝飯前です」


私が不敵に笑うと、アレクセイ様の顔が引きつった。 彼は悟ったのだ。 小手先の妨害工作では、優秀すぎる経理係の「完済への執念」には勝てないということを。


「……くそっ。私の教育が良すぎたか……!」


彼は頭を抱え、デスクに突っ伏した。 その背中は、国のトップとは思えないほど小さく、哀愁に満ちていた。


その日の深夜。 私が公邸内の自室へ引き上げた後。 アレクセイは一人、執務室に残っていた。


彼の目の前には、書き損じの羊皮紙が散乱している。 手には万年筆。目は血走っている。


「……甘かった。金で縛るには、彼女は有能になりすぎた」


マカロン代や空調費など、所詮は焼け石に水。

彼女はいずれ、必ず借金を完済する。 そうなれば、彼女を引き止める法的根拠は消滅する。


「ならば……作るしかない。新たな『鎖』を」


アレクセイは新しい羊皮紙を広げた。 インク壺にペンを浸し、震える手でタイトルを書き込む。


『終身雇用契約書』


──いいや、違う。これでは労働契約の延長に過ぎない。彼女なら「定年退職」の規定を持ち出して逃げるだろう。 もっと、絶対的で、逃げ場のない、魂まで縛り付ける契約。 かつ、彼女が「メリットがある」と誤認してサインしてしまうような、巧妙な罠。


彼は『終身雇用』の文字を二重線で消し、その下に新たな言葉を書き記した。


『婚姻届兼、永久専属契約書』


「……これだ」


アレクセイは暗い情熱を瞳に宿し、狂ったように条文を書き連ね始めた。


『第一条:リアナアレクセイの配偶者となり、その資産(国家予算含む)の全管理権を有する』

『第二条:その対価として、乙は甲に対し、生涯にわたる愛と、毎日の「行ってらっしゃいのキス」を提供する義務を負う』

『第三条:本契約に、解除権(離婚)は存在しない』

『第四条:乙は甲の寝起きの機嫌調整を行う義務を負う』

『第五条:乙は甲の嫉妬心を刺激する行為を禁止する』


「ふふ……完璧だ。資産管理権を餌にすれば、あの守銭奴な彼女も食いつくはず……」


深夜の執務室に、宰相の不気味な笑い声と、ペンの走る音が響き渡る。 彼が作成しているのは、愛の告白ではない。 もはや、ただの悪魔の契約書だった。


だが、彼もまた計算違いをしていた。 リアナという変数は、契約書で縛れるほど単純な数式ではないということに、彼はまだ気づいていなかったのだ。

読んでくださってありがとうございます。

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