第23話「氷結地獄へようこそ、私の愛しい人を傷つけた罪人たち」
「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」
廃倉庫の気温は、もはや生物が生存できる領域を割り込んでいた。 吐き出した息が瞬時に白い粒となり、床に落ちていく。
「あ、あぁ……俺の、腕が……!」
リーダーの男が、氷の塊と化した自身の右腕を見つめ、絶望の悲鳴を上げた。 感覚がないのだろう。恐怖だけが彼の顔を歪ませている。 木箱の雪崩から這い出そうとしていた他の手下たちも、異変に気づいて動きを止めた。 いや、止めざるを得なかったのだ。
パキパキパキッ……!
乾いた音が連鎖する。 彼らの足元から這い上がった氷が、足首を、膝を、そして腰までを瞬く間に拘束していたからだ。
「な、なんだこれ!? 動けねえ!」
「助け、助けてくれェ!」
男たちの喚き声が廃倉庫に響く。 だが、その声は入り口に立つ一人の男の足音によって、ピタリと止んだ。
カツ、カツ、カツ。 優雅で、規則正しい革靴の音。 吹き飛ばされた鉄扉の向こうから、漆黒のコートをなびかせたアレクセイ様が、ゆっくりと歩み寄ってくる。 その周囲だけ、空気が歪んで見えた。溢れ出る魔力が濃すぎて、空間そのものを震わせているのだ。
「……五人か」
アレクセイ様は、氷漬けにされた男たちを一瞥した。 その目は、道端のゴミを見るよりも無関心で、しかし底知れぬ殺意を秘めていた。
「私の計算では、君たちが生き残る確率はゼロだ。……慈悲を乞う時間すら与えるつもりはない」
彼は右手を軽く持ち上げ、指を鳴らした。
ガゴォォォッ!!
倉庫内の空間そのものが圧縮されたような轟音。 天井付近に無数の氷の槍が出現した。 その数、
およそ五十。切っ先は全て、男たちの心臓と頭部に照準が合わされている。
「ヒッ……!? 宰相、アインスワース!?」
「待ってくれ! 俺たちはただ、頼まれただけで……!」
男たちが半狂乱になって命乞いをする。 だが、アレクセイ様は眉一つ動かさない。
「頼まれた? ああ、そうか。誰に頼まれたのか、吐くつもりなんだな?」
アレクセイ様が指を僅かに動かすと、氷の槍が一本だけ落下し、リーダーの男の太腿を貫いた。
「ギャアアアアッ!!」
「質問に答えろ。誰の指示だ?」
「ぐ、グリーブスじゃねえ! もっと上だ! 財務省の……!」
「名前を言え」
さらに一本、槍が男の肩を掠める。 容赦がない。尋問というよりは、一方的な蹂躙だ。 普段の「腹黒いけれど理性的」なアレクセイ様ではない。
今の彼は、感情のリミッターが外れた破壊の化身だ。
「閣下……!」
私は震える声で彼を呼んだ。 このままでは、彼は全員殺してしまう。怒りで我を忘れている。 私の声に、アレクセイ様がピクリと反応し、ゆっくりとこちらを振り向いた。 その瞳から、修羅のような険しさがスッと消え、痛々しいほどの焦燥が浮かび上がる。
「リアナ……!」
彼は氷の槍を空中に待機させたまま、疾風のように私のもとへ駆け寄った。 そして、私の肩を両手で強く掴み、頭のてっぺんから爪先までをスキャンするように見回した。
「怪我は!? 血の匂いがした……どこだ、どこを怪我した!」
「だ、大丈夫です。転んだ時の擦り傷だけです」
「嘘をつくな! 頬が切れているじゃないか!」
彼の手袋を外した指が、私の頬の小さな傷に触れる。 その指先が、小刻みに震えているのが分かった。 冷たい「氷の宰相」の手が、今は熱を帯びて震えている。
「……すまない」
アレクセイ様は、私を力いっぱい抱きしめた。
肋骨が軋むほどの強さ。 彼のコートから香る冬の匂いと、微かな汗の匂い。
「遅くなった……。一秒と言ったのに……怖かっただろう。すまない、リアナ!」
耳元で聞こえる彼の声は、懺悔のように震えていた。 彼は怒っていたのではない。 ただ、怖かったのだ。私を失うことが。 その恐怖が、敵への過剰な攻撃性となって表出していただけだ。
「……怖くありませんでしたよ」
私は彼の背中に手を回し、ポンポンとあやすように叩いた。
「私の計算通りでしたから。貴方は必ず助けに来てくれるって、分かっていました」
「君は……本当に……」
アレクセイ様は顔を埋めるようにして、しばらく動かなかった。 彼の心音が、私の心音と重なる。 廃倉庫の極寒の中で、互いの体温だけが唯一の現実だった。
「……さて」
数秒後、アレクセイ様は顔を上げた。 その瞳には、いつもの冷静な理性の光が戻っていた。
ただし、敵を見る目は相変わらず絶対零度のままだが。
「感動の再会を邪魔した詫び料として、貴様らには洗いざらい吐いてもらおうか。……黒幕の名前、金の隠し場所、そして今日の依頼料まで全てだ」
彼は私を背に庇いながら、リーダーの男へと向き直った。
「さあ、言え。誰が君たちに、私の『心臓』を盗めと命じた?」
リーダーの男は、凍った腕と貫かれた太腿の激痛に顔を歪めながらも、ヒューヒューと荒い息をついていた。 その目が、恐怖とは別の、奇妙な決意の色を帯びる。
「……へっ、宰相様よォ」
「なんだ」
「俺たちは、失敗したら終わりなんだよ……!」
男が奥歯を強く噛み締めた。 ガリッ、という嫌な音が響く。
「ま、待て! やめろ!」
アレクセイ様が叫び、魔力を放とうとしたが、遅かった。 リーダーの男の口から、黒い泡が溢れ出した。 即効性の毒。奥歯に仕込んでいた自決用のカプセルだ。
「が、はっ……!」
男は白目を剥き、痙攣して崩れ落ちた。 それと同時に、他の四人の手下たちも、示し合わせたように次々と崩れ落ちていく。
「ちっ……!」
アレクセイ様は舌打ちし、リーダーの胸ぐらを掴み上げたが、既に脈はなかった。 トカゲの尻尾切り。 証拠隠滅のために、彼らは最初から「捨て駒」として送り込まれていたのだ。
「……死人に口なしか」
アレクセイ様は吐き捨てるように言い、死体を氷の棺に封じ込めた。 検視に回せば、何かしらの手がかりが出るかもしれない。
「リアナ、見なくていい」
彼は大きな手で私の目を覆った。
「汚いものを見せた。……帰ろう。公邸で、傷の手当てをしなければ」
「……はい」
私は彼の手に覆われたまま、頷いた。 作戦は成功した。偽造工場は見つけたし、実行犯は排除した。 けれど、敵の闇は想像以上に深い。 命を平気で捨てさせるような組織が、この国の裏側に巣食っている。
「……高くつきますよ、彼らへの請求書は」
私が呟くと、アレクセイ様は「ああ」と低く答えた。
「私の全財産と全権力を懸けてでも、必ず黒幕を引きずり出してやる。……君を傷つけた代償を、骨の髄まで支払わせるために」
私たちは廃倉庫を後にした。 外には、ルーカス様率いる騎士団が到着し、事後処理を始めていた。 アレクセイ様に抱き抱えられながら、私は夜空を見上げた。 星が綺麗だった。 生きて帰れた。それだけで、今日の収支は黒字だ。 でも、アレクセイ様の悲痛な顔を思い出して、胸の奥が少しだけ痛んだ。
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