第21話「罠と知りつつ、計算通りに嵌まってやる」
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「……駄目だ。絶対に許可しない」
王宮の奥深く、最も警備が厳重な「貴賓室」。
アレクセイ様は、私が提案した作戦を聞くなり、即座に却下した。 その声には、議論の余地などないという冷徹な響きがあった。
「閣下、冷静に計算してください。今、敵は私たちが『不正の証拠』をどこまで掴んでいるか分からず、焦っています。だからこそ、白昼堂々あんな暴走馬車を突っ込ませてきたのです」
私は包帯が巻かれた自分の腕を撫でながら、食い下がった。 幸い、怪我は軽い打撲と擦り傷だけだ。アレクセイ様が守ってくれたおかげで。
「敵が焦っている今こそ、好機です。私が『決定的な証拠を持っている』という情報を流し、一人で動けば、彼らは必ず私をさらいに来ます。そうすれば、敵のアジト──偽造金貨の製造工場へと案内してもらえるはずです」
そう。これが私の立てた作戦だ。 名付けて「飛んで火に入る夏の虫」作戦。私が虫になるわけだが。 偽造金貨の証拠を押さえるには、実際に金貨を作っている現場を見つけるしかない。だが、闇雲に探しても、広大な王都の中では砂漠で針を探すようなものだ。 ならば、向こうから招待してもらうのが一番手っ取り早い。
「……正気か? 自ら誘拐されに行くなど、自殺志願者のすることだ」
「自殺ではありません。潜入調査です」
「却下だ。君を隔離する。地下の特別房なら、核魔法でも撃ち込まれない限り安全だ。事件が解決するまで、そこで大人しくしていろ」
アレクセイ様は私の肩を掴み、強い視線で射抜いた。 その瞳は怒っているようにも、怯えているようにも見えた。
「リアナ。……私の目の前で、君が馬車に潰されそうになった時。私の心臓がどうなったか分かるか?」
「医学的には、交感神経が優位になり心拍数が上昇したと推測されます」
「……恐怖したんだ。君を失うかもしれないという可能性にな」
彼は苦しげに顔を歪めた。
「二十億ベルなど、くれてやればいい。国が傾いても構わん。だが、君を危険に晒す作戦だけは、私のロジックが許容しない」
愛だ。 重く、深く、そして不器用な愛。 普段なら「公私混同です」と切り捨てるところだ。でも、今の私には、その愛を否定することができなかった。 だからこそ、私は彼の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「……閣下。私も、計算しました」
「何をだ」
「この作戦の成功率です。私が敵のアジトへ連れ去られ、殺される前に、貴方が助けに来てくれる確率」
私は一歩、彼に近づいた。
「私の計算では、貴方の到着が間に合う確率は100%です」
「……100%?」
「はい。誤差はありません」
私はきっぱりと言い切った。 確率論において100%などあり得ない。不測の事態は常に起こりうる。 けれど、この数字は統計データから導き出したものではない。 この数ヶ月、彼の側で、彼を見てきた私だからこそ弾き出せる「信頼」という名の数値だ。
「貴方は『氷の宰相』です。私の雇い主であり、この国で一番優秀な魔法使いです。……そして何より、私の大切な『債権者』です」
私は彼の胸に手を当てた。
「貴方は絶対に、自分の『資産』を損なうような真似はさせない。違いますか?」
アレクセイ様は息を呑み、しばらく無言で私を見つめていた。 揺れる瞳。葛藤。
そして、諦め。 やがて、彼は深いため息をつき、私の手を強く握り返した。
「……君は、本当に口が達者な計算機だな」
「お褒めに預かり光栄です」
「分かった。……許可する。ただし、条件がある」
彼は上着のポケットから、小さな小箱を取り出した。 パカッ、と蓋が開く。 中に入っていたのは、透き通るような青い宝石がついた、片耳用のイヤリングだった。 宝石? いいえ、違う。 そこから発せられる強烈な冷気。これは──。
「凝縮した氷の魔石だ。私の魔力を極限まで込めてある」
「これを……?」
「着けていけ。これは発信機であり、最後の防壁だ」
アレクセイ様は震える手で、私の耳にそのイヤリングをつけた。 冷たい感触。でも、不思議と寒くはない。彼の魔力が、私を守るように脈打っているのが分かる。
「敵に捕まったら、絶対に抵抗するな。言われた通りにしろ。そして、アジトに着いたら──このイヤリングを指で砕け」
「砕くんですか? もったいない……」
「砕いた瞬間、その座標へ私が転移する。たとえ地の果てだろうと、一瞬でだ」
アレクセイ様は私の頬を両手で挟み、額と額を合わせた。
「いいか、リアナ。一秒だ。君が砕いてから私が敵を殲滅するまで、一秒もかからない。……だから、その一秒だけ、耐えてくれ」
「……はい。信じています」
「計算通りに行かなかったら、私は世界ごと凍らせてやるからな」
物騒な誓いと共に、私たちの狂った共同作戦が決定した。
翌日の深夜。 王都の港湾地区、第三倉庫街。
潮の匂いと、腐った魚の匂いが漂う、人気の全くないエリアだ。
私は一人で、月明かりの下を歩いていた。 護衛はいない。ルーカス様も、アレクセイ様も、今は遠く離れた王宮にいることになっている。 私が持っているのは、ボロボロの鞄に入れた「裏帳簿のコピー」と、耳につけた氷のイヤリングだけ。
(……来た)
背後の闇から、複数の気配が近づいてくる。
「不正感知」スキルが、悪意の接近を告げる。
三人。いや、四人か。 足音を殺しているが、プロの暗殺者というよりは、荒くれ者の傭兵といった雰囲気だ。
「おい、嬢ちゃん。こんな夜更けに散歩か?」
低い声と共に、男たちが姿を現した。 目深に被ったフード。手には棍棒やナイフ。 私は立ち止まり、震えるふりをして振り返った。
「ど、どなたですか……?」
「アインスワースの飼い犬だろ? 随分と大事なモンを持ち歩いてるって噂だが」
男の一人が、私の鞄に視線をやった。 餌に食いついた。 私は鞄を抱きしめ、後ずさる。
「こ、来ないでください! 叫びますよ!」
「叫んでも無駄だ。ここは誰も来ねえ」
男たちがジリジリと距離を詰めてくる。 私は計算する。 この距離なら、逃げるふりをして路地裏へ誘い込めば、待機している馬車か何かに押し込まれるはずだ。 そこで暴れず、大人しく気絶したふりをすれば、彼らは私を「荷物」としてアジトへ運ぶだろう。 輸送時間は推定三十分。到着時刻は午前二時頃か。
「……っ!」
私が駆け出すふりをすると、男の一人が素早く回り込み、私の背後を取った。 嗅ぎ慣れない薬品の匂いがした布が、口元に押し当てられる。 クロロホルム。古典的だか、効果的だ。
(……眠る演技をしなきゃ)
私は息を止めて吸い込まないようにしつつ、力が抜けたふりをしてその場に崩れ落ちた。
「へっ、チョロいもんだ」
「おい、丁寧に扱えよ。ボスが『無傷で連れてこい』ってうるせえんだ」
「分かってるよ。……しかし、こんな貧相な女が、あの宰相の女とはな」
失礼な。貧相とはなんだ。これは燃費が良い体型と言うのだ。 私は麻袋のようなものに入れられ、担ぎ上げられた。 揺れる視界の中、硬い荷台に放り込まれる感覚。 馬車が動き出す。
(……成功)
第一段階クリア。 私は闇の中で、耳元のイヤリングにそっと触れた。 冷たい魔力の鼓動が、トクン、トクンと私に語りかけてくる。
『必ず行く。待っていろ』
アレクセイ様の声が聞こえた気がした。 恐怖がないと言えば嘘になる。 でも、不思議と心は凪いでいた。 だって、私の計算に間違いはないから。
(さあ、案内してもらいましょうか。貴方たちの秘密基地へ。……片道切符のツアーになりますけどね)
馬車は石畳をガタガタと揺らしながら、王都の闇、そのさらに奥深くへと進んでいった。
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