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第15話「魔法灯の明かりは、誰のために」

「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」



「……ん?」


パチッ、という乾いた音がして、視界が闇に閉ざされた。 深夜の宰相執務室。 天井を照らしていた魔法灯(魔石を燃料とするランプ)が、唐突に光を失ったのだ。


「停電……いえ、魔石切れですか?」


暗闇の中で、私はそろばんを抱きかかえたまま声を上げた。 窓の外は新月。星明かりだけでは、手元の書類はおろか、数メートル先にいるはずのアレクセイ様の顔も見えない。


「……どうやらそのようだな。備蓄の魔石が尽きたか」


闇の奥から、落ち着いた声が響く。 衣擦れの音がして、アレクセイ様が立ち上がった気配がした。


「まいりましたね。予備の魔石は地下倉庫です。取りに行く往復時間を計算すると、約十五分のロスになります」


「それに、この暗闇だ。君が足元の書類の山に躓いて転ぶリスクもある」


「樹海はもう片付けたので、躓くとしたら閣下の長い脚くらいですよ」


私は手探りでデスクの引き出しを開け、予備の蝋燭を探そうとした。 だが、それよりも早く、部屋の空気が冷たく澄み渡った。


「リアナ。動くな」


「はい?」


「明かりなら、私が用意する」


ヒュオォォ……


微かな風の音がしたかと思うと、頭上に冷気が集束していくのを感じた。 見上げると、闇の中に青白い光の粒が生まれ、それが螺旋を描いて集まり──


「……わあ」


思わず声が漏れた。 天井付近に、巨大な「氷のシャンデリア」が出現していたのだ。 無数の氷の結晶が精巧に組み合わされ、アレクセイ様の魔力によって内側から淡く、しかし強く発光している。 その光は冷たく青白いが、部屋の隅々までを幻想的に照らし出していた。


「どうだ。これなら書類も読めるだろう」


アレクセイ様が、氷の光の下で微笑んでいる。 その銀髪と白い肌が、青い光を受けて月光のように輝いて見えた。 人間離れした美しさとはこのことか。私は一瞬、呼吸と計算を忘れた。


「……すごいです、閣下。魔石なしでこれほどの光量を維持できるなんて」


「氷の結晶構造を調整して、魔力の光を乱反射させているだけだ。……維持費はタダだぞ? 君の好きな言葉だろう?」


「はい、大好きです!」


私は手を叩いて喜んだ。


「素晴らしいです、閣下! これなら魔石代(月額約二千ベル)が削減できます! 閣下自身が発電機……いえ、発光体になれば、年間の光熱費をゼロに抑えることも可能ですね!」


「……君は、ロマンチックな雰囲気というものを理解しているか?」


アレクセイ様が呆れたように肩をすくめた。 彼は机を回り込んで私のそばに来ると、私の手元にある書類を覗き込んだ。


「まだやるつもりか? もう深夜三時だぞ」


「この決裁だけは終わらせないと、明日の朝一番の便に間に合いませんから」


「……働き者だな、私の経理係は」


彼の手が伸びてきて、私の目の前に落ちかかっていた後れ毛を、そっと耳にかけた。 指先が耳に触れる。冷たいはずの指が、なぜか熱く感じる。 青白い氷の光の中で、彼のアメジストの瞳が、妖しいほど深く私を見つめていた。


「リアナ」


「は、はい」


「目が疲れていないか? ……この光、眩しすぎないか?」


「いえ、ちょうどいいです。とても……綺麗です」


私が正直に答えると、彼は嬉しそうに目を細めた。


「そうか。……なら、君が仕事を終えるまで、私が照らしていてやろう」


「えっ、でも、魔力の消費が……」


「気にするな。君のためなら、この程度の魔力、いくらでも絞り出せる」


アレクセイ様は私のデスクの端に腰掛けた。 行儀が悪い。でも、その姿があまりにも絵になりすぎていて、文句を言う気になれない。 彼はただ静かに、魔法を維持しながら、私がそろばんを弾く手元を見守っている。


(……変な感じ)


いつもなら「早く寝てください」「邪魔です」と言うところだ。 でも、今のこの空間は、不思議と心地よかった。 頭上には美しい氷の華。 隣には、世界で一番頼りになる。そして顔が良い魔法使い。 静寂の中に響くのは、私がそろばんを弾くパチパチという音と、二人の呼吸音だけ。


「……閣下」


「ん?」


「ありがとうございます。……明るいです」


私がぽつりと礼を言うと、彼は何も言わず、ただ私の頭に手を置き、ポンポンと軽く叩いた。 その掌の重みと、頭上の冷たい光の対比が、なぜか胸を締め付けた。


こうして、私たちは夜明けまで、氷の灯りの下で二人きりの残業を続けた。 翌朝、出勤してきた護衛のルーカス様が、執務室の天井に残る巨大な氷塊を見て、「閣下、室内で吹雪でも起こしましたか?」と戦慄することになるのだが、それはまた別の話である。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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