第12話「私の護衛騎士は、時給いくらですか?」
「毎日 朝7:00前後(土日祝は朝10:00)と夜21:00前後の2回更新でお届けします! 完結までストック済みですので、安心して最後までお付き合いください!」
「紹介しよう。今日から君の『影』となる男だ」
アレクセイ様の言葉と共に、執務室の扉が開かれた。 入ってきたのは、鋼鉄のような男だった。
身長は百九十センチ近いだろうか。磨き上げられた白銀の甲冑。腰には名匠が打ったと思われる長剣。そして、短く刈り込んだ金髪と、任務への忠誠心以外は何も映さないような実直な碧眼。
「王宮騎士団、第三部隊隊長のルーカス・ベルンシュタインだ。……リアナ嬢、本日より貴殿の警護の任に就く」
男──ルーカス様は、カシャリと甲冑を鳴らして完璧な騎士の礼をとった。 その動きには一分の隙もなく、彼がただの兵士ではなく、エリート中のエリートであることを雄弁に物語っていた。
「……はあ」
私は間の抜けた返事をしながら、瞬時に彼の「維持費」を計算していた。 第三部隊隊長クラスの年俸。装備品の減価償却費。危険手当。福利厚生。 ざっと見積もって、年間一千二百万ベル。
「……お断りします」
「なぜだ」
アレクセイ様が眉をひそめた。私はルーカス様に失礼のないよう、小声で、しかしはっきりと告げた。
「オーバースペックです。私ごとき貧乏経理係の護衛に、隊長クラスを貼り付けるなんて、資源の無駄遣いも甚だしいです。彼の時給はいくらですか? 私の時給の十倍はありますよね? 大赤字です」
「赤字ではない。必要経費だ」
「いいえ、贅沢費です! こんな立派な騎士様が後ろに立っていたら、プレッシャーで仕事になりませんし、狭い我が家のボロアパートには座る場所もありません!」
私が抗議すると、直立不動だったルーカス様の眉がピクリと動いた。 『狭い我が家』という単語に反応したのか、それとも自分の価値を「贅沢費」と言われたことに驚いたのか。
「リアナ。君は自分の置かれている状況を理解していない」
アレクセイ様がデスクから立ち上がり、私に詰め寄った。 その顔には、先日の「ビスケット事件」の時と同じ、暗い怒りが滲んでいる。
「裏帳簿の一件以来、君は明確に『敵』の標的になっている。いつ刺客が来てもおかしくない状況だ。……もし君に万が一のことがあれば、私は国政を放り出して暴れるぞ。そうなれば国が滅ぶ。国を守るために、君を守る。極めて論理的な判断だ」
「論理が飛躍しすぎています! 私一人の命と国家の存亡をイコールで結ばないでください!」
私はデスクの引き出しから、愛用の「五つ玉そろばん」を取り出した。 カシャッ! と音を立てて構える。
「護身なら、これで十分です。このそろばんは角が鋭角なので、急所を突けば大男でも三秒で気絶させられます。計算力には自信がありますから」
「……君は、そろばんを鈍器か何かと勘違いしていないか?」
「武器です。計算もできて敵も倒せる、コスパ最強のアイテムです」
私が実演しようとそろばんを振り上げると、ルーカス様がスッと前に出て、私の手首を優しく、
しかし強固に制止した。
「リアナ嬢。……その構え、悪くはない。だが」
彼がもう片方の手で、腰の剣の柄を叩く。
「プロに任せていただきたい。貴殿の手は、敵を殴るためではなく、国の明日を計算するためにあるのでしょう?」
低く、落ち着いた声。 そして何より、その言葉の説得力。 「国の明日を計算する」。私の仕事を、
そんな風に言ってくれるなんて。
「……う」
言葉に詰まる私を見て、アレクセイ様が不機嫌そうに舌打ちをした。
「チッ……。ルーカス、私の前で彼女を口説くな。給料を下げるぞ」
「滅相もございません、閣下。事実を述べたまでです」
「フン。……リアナ、金の問題なら解決済みだ」
アレクセイ様は腕を組み、勝ち誇ったように言った。
「ルーカスの給与、および諸経費は、全て私の『私費』から支払う。国庫には一ベルも負担をかけない。君の借金にも上乗せしない。……これなら文句はないだろう?」
「し、私費……!?」
私は再び計算機を回した。 宰相の給与は公開されている。確かに高額だが、騎士一人を私的に雇うのはかなりの負担のはずだ。 それに、私費ということは、アレクセイ様個人の資産が減るということだ。
「閣下、それはそれで問題です! 貴方の資産が減れば、将来の投資余力が……」
「私の資産をどう使おうが、私の勝手だ。それとも何か? 君は私が金を使うことすら管理するつもりか? ……まるで『妻』のように」
アレクセイ様が顔を近づけ、悪戯っぽく囁いた。 その距離感と、「妻」という単語の破壊力に、私はカッと顔を赤らめた。
「ち、違います! ただの経理係としての助言です!」
「なら黙って受け入れろ。……これは命令だ。私の目の届かない場所で、君が傷つくのは耐えられない」
最後の一言は、囁くような、懇願するような響きだった。 彼の瞳の奥に揺れる不安の色を見てしまい、私はそれ以上反論できなくなった。
「……分かりました。謹んで、お受けします」
「よろしい」
アレクセイ様は満足げに頷き、ルーカス様に向き直った。
「聞いたな、ルーカス。今日から彼女は君の主だ。……ただし」
アレクセイ様の声が、急激に温度を下げた。
「彼女の髪一本でも傷つけたら、分かっているな? 貴様の給料袋を氷漬けにするぞ」
「ハッ! 命に代えましても」
「それと、彼女に変な虫がつかないように監視しろ。特に財務省の若い文官どもだ。数字の話で盛り上がっている奴がいたら、即座に割って入れ」
「……は? それは護衛任務の範疇でしょうか?」
「重要任務だ。最優先事項と言ってもいい」
ルーカス様が、ほんの一瞬だけ「この上司、面倒くさい」という顔をしたのを、私は見逃さなかった。
その日の帰り道。 王宮から私のボロアパートまでの道すがら、背後には完璧な甲冑姿の騎士様がついてきていた。 目立つ。あまりにも目立つ。
すれ違う市民たちが「何事だ?」と振り返る。
「あの……ルーカス様。もう少し離れて歩いていただけませんか? 誘拐された令嬢みたいに見えます」
「警護規定により、対象から二メートル以上離れることは禁じられております」
ルーカス様は真顔で答えた。 融通が利かない。
「それにしても、リアナ嬢」
「はい?」
「先ほど市場で、大根を値切っていた時の気迫……凄まじかったですね。敵兵を前にした時の私よりも殺気があった」
「夕食の予算は重要ですから。十ベルの値引きは、戦場での一撃と同じ重みがあります」
私が答えると、彼は小さく肩を震わせた。 笑ったのか、呆れたのか。
「……閣下が貴殿に執着する理由が、少し分かった気がします」
「え?」
「貴殿のような『規格外』な女性は、王宮広しといえど他にはいないでしょうから」
彼はそう言って、初めて微かに微笑んだ。 それは皮肉ではなく、どこか敬意を含んだ笑みだった。
アパートに着くと、弟のレオと妹のマリーが玄関まで飛んできた。
「お姉ちゃん! おかえり!」
「うわぁ! カッコいい騎士様がいるー!」
子供たちは銀色の甲冑に大興奮だ。 ルーカス様は一瞬戸惑っていたが、マリーに「触ってもいい?」と聞かれると、片膝をついて目線を合わせ、「ああ、構わないよ」と優しく応じてくれた。
その姿を見て、私は少しだけホッとした。
(維持費は高いけれど、悪い人ではなさそう)
その夜。 王宮の騎士団詰め所にて、ルーカスは日報を書いていた。
『警護対象:リアナ・フォレスト嬢』
『特記事項:極めて質素な生活を好む。金銭感覚は庶民レベルだが、計算能力は異常。敵対者への攻撃手段として「そろばん」を使用する傾向あり。要注意』
そして、ペンを止めて一言、個人的なメモを書き加えた。
『追記:宰相閣下の彼女に対する態度は、護衛対象へのそれではない。……まるで「壊れ物を守る子供」のようだ。この任務、見た目以上に胃が痛くなりそうだ』
彼は深いため息をつき、冷めたコーヒーを飲み干した。 氷の宰相と、計算オタクの令嬢。 この奇妙な二人の間に挟まれた苦労人騎士の受難の日々は、まだ始まったばかりだった。
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