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第9話 手のかかる婚約者② (Side:カルロ)

「あの()が演じるお兄様(アルヴィン)って、親友のアナタから見たらどうなのかしら。記憶の通り?やっぱり本人とは違う?ふふっ……白魔法は”思い込み”の魔法――アナタの理論が面白かったから協力した計画だけど、まさか、あそこまで人格が入れ替わるなんて、俄かには信じられないわね。性自認すら超えてしまうなんて――」


 言葉ではしおらしく謝罪を口にしておきながら、研究者としての本分を隠し切れないダミアンに反吐が出る。


 一年前の事件以降、シャロンは半狂乱になって泣き喚いた。

 昔からアルヴィンのシスコンも大概だったが、シャロンもまた兄を心から慕っていた。

 最愛の兄が、自分を庇い、世界中の人間から命を狙われる現実は、少女の心を粉々にするのには十分だった。

 

『お兄様を巻き込むくらいなら、私が竜になればよかった。私が死ねばよかった――!』


 どれだけ説得しても、無駄だった。

 シャロンは、屋敷で最も光の差し込む自室のカーテンを閉め切り、嘆き続けた。

 やがて彼女は、罪滅ぼしのため、今からでも”器”としての身体を差し出そうと考え始める。

 

 新しい”器”があれば、兄の身体は、解放されるのではないか――

 何の根拠もない理論だが、シャロンにとっては些末な問題だった。

 兄が自分のせいで死ぬくらいなら、せめて、一緒に死にたい――それが、彼女の本音だった。

 

 俺も、事件後すぐに、国から竜討伐の協力要請が届いた。

 黒騎士団で討伐に加わるか、魔塔で竜を殺す方法を研究するか――当然の要請だったが、俺は蹴った。


 親友を手にかけるつもりはなかったし、何より、シャロンの傍を離れれば、彼女はきっと心を壊す。

 無謀にも一人で竜の棲む山に旅立つか、罪悪感に堪えかねて自ら命を絶ちかねない。


 事件後半年ほどは、俺はシャロンから目を離さず、フロスト家の伝手も使って必死に(アルヴィン)を救うための情報を集めたが、有力な手掛かりは何一つなかった。


 本当に(アルヴィン)を救いたいなら、自分の目で見て、考え、手を打たなければならない。

 だが、シャロンを屋敷に残して旅立つことは出来ない。目を離せばすぐ、彼女は無謀な行動に出るだろう。

 世界を救って帰ってきたら、(アルヴィン)が元に戻ることを一番望んでいたはずの愛する婚約者は、とっくの昔に死んでいました、では目も当てられない。


 八方塞がりの末に、思いついた苦肉の策が――事件後、再び魔塔へ誘いに来たダミアンを巻き込んでの、博打だった。


 白魔法は、”思い込み”を具現化する。ならば、自己認知すら、歪められるのではないか――?


『シャロン自身にアルヴィンを強く思い描かせ、人形に魔法を放たせる。お前(ダミアン)はシャロンの魔法がより強力に暗示されるよう補助しろ。俺が反射の魔法で跳ね返す。……上手くいけば、シャロンは自分がアルヴィンだと暗示にかかる』


 計画を告げたときのダミアンの顔は、今でも忘れられない。

 予期せぬ方向から知的好奇心を刺激され、興奮冷めやらぬと血走った瞳をしていた。


 結果として、博打には勝てた。

 ダミアンの魔法は強力で、シャロンは思い描いた「アルヴィン」を忠実に再現している。

 多少の違和感は、彼女の中で都合よく解釈されているようだった。


 一年前のアルヴィンは、声変りして体格も男らしくなり、女と間違われることなどなかった。だがシャロンは、幼い頃に兄が女に間違えられ拗ねていた姿を覚えていたのだろう。だから今、自分を女扱いする相手がいても、記憶の中の兄の行動に忠実に、違和感もなくムッとしている。

 線の細さも、声の高さも、可憐すぎる顔立ちも、ふっくらとした胸の膨らみだって、今のシャロンは、誰が見ても絶世の美少女以外の何者でもない。

 本人が「僕は男だ」と主張したところで、今日の依頼人のように信用されないのは当然だ。

 認知阻害の魔法効果は絶大で、風呂で裸を見ても、鏡を覗き込んでも、自分が男だという認知は消えない。ありがたいことだ。


 幼いころから危険に晒されてきたシャロンは、貴族令嬢でありながら身を守るため、剣と魔法の手ほどきを受けていた。傭兵として独り立ち出来るような腕前ではないが、俺の作った最高級の魔道具を駆使すれば、任務中に自分の身を守るくらいは出来る。

 俺は、暗示の掛かったシャロンと二人一組で傭兵登録をし、常に一緒に任務を受けた。どんなに危険な任務でも、俺が守り抜けば問題はない。独りにすれば、不意にシャロンの意識が戻り、予期せぬ行動をされかねないからだ。


 傭兵稼業を初めて半年――恐化の情報も集まり、信頼も得られ、シャロンの暗示も安定してきた。さぁ、そろそろ大本命(アルヴィン)の元に向かおうか――というタイミングだったのに。


 今日、この男が唐突に現れ、余計な横やりを入れたのだ。

 

「”暗示”って、すごいわね。昔、あの娘との縁談が持ち上がった時、性格は大人しくて引っ込み思案って聞いてたの。半年前に暗示をかけたときも、そんな印象だったけれど――今日、アルヴィン・フロストとしてギルドにいたあの娘が、同一人物だなんて思えない」


 興奮して頬を紅潮させながら語るダミアンに、俺は不愉快な事実を思い出した。

 そうだった。全く知らなかったが、こいつはかつて、シャロンの婚約者候補として最有力だったという。


「アレ、やっぱり魔法の効果なんでしょう?ねぇ、少しだけでいいの。今度は暗示が揺らぐような発言はしないから、あの娘とお話を――」

「ふざけんな死ね」


 俺はダミアンの言葉を遮り、ムカつく紫水晶の瞳に向かって問答無用で魔法を放った。


 じゅっ……


「っ――ぁあああああっ!!!」


 何かが焼けつく音とともに、ダミアンは長身を折り曲げ、両眼を庇いながら絶叫する。必死に治癒魔法を展開しているらしい。さすが、国内で指折りの白魔法遣いだ。


「次にシャロンに近づいたら、眼球沸騰させるって言っただろ」


 シャロンの元婚約者候補――つまり、まごうことなき俺の敵だ。世界で一番滅すべき相手だ。法律が許すなら、今すぐここでぶち殺したい。法律が許さないから、ギリギリ手加減をして止めてやったが。

 

「ふざけんなよ。アイツが美少女過ぎるせいで、俺が普段、どんだけ周りのクソ野郎どもを牽制しながら生きてると思ってるんだ。どいつもこいつも鼻の下伸ばして気安く近寄りやがって」


 今のシャロンはどうやら、自分が貴族とわかる外見だから人目を集めやすいと思っているようだが、違う。

 幼いころから、外を歩けば必ず拐される美少女が、普通の顔をして歩けば、当然、道行く男は全員振り返る。道ならぬ恋の沼に引きずり込まれただろう男は数知れない。

 薬指に指輪を着けさせ、俺が距離を近くしていれば、常識ある男は関係を察するが、気に留めない男も一定数存在する。結果、もれなく全員に殺気を飛ばす羽目になるが、シャロン本人に危機感はゼロ。危なっかしくて仕方ない。


「俺以外でシャロンに近づいていい男はアルヴィンと父親だけだ。部外者が気安く近づけるなんて思うなよ、クソが」


 感情のままに口汚く罵る。昼間のシャロンが聞いたら苦言を呈すだろうが、知ったことではない。

 俺には、目の前で惚れた女が掻っ攫われるのを、指を咥えて見ている趣味はない。


 本物のアルヴィンだったら、きっと手放しで俺に同意するだろう。

 シャロンの前のアルヴィンは、妹に嫌われぬよう、品行方正な貴族として徹底的に振舞った。だがシャロンがいないときのアルヴィンの実態は、妹への溺愛を隠しもしない、超が付くほど強火のシスコンだ。


 本性を知る俺からすれば、シャロンが演じるアルヴィンはお綺麗すぎて、強烈な違和感がある。


 アルヴィンの、シャロンへの愛は本物だ。

 伝説上の竜を前に、一瞬も怯まず、命の危険すら顧みず、迷いなく妹を庇えるくらいに。


 あの日を思い出すと、苦い気持ちで腸が煮えくり返る。

 こちらを一瞥したアルヴィンと同じアイスブルーの瞳は、俺のシャロンへの愛情と自分の愛情は、年季が違うとでも言いたげだった。

 アルヴィンの自我が今も残っているかどうかなど定かではないが、残っていたら、妹を守って竜になったことを誇りこそすれ、悔いてなどいないだろう。アイツはそういう男だ。

 愛する妹を守れたのなら、世界中の人間を敵に回して、惨い殺され方をしても厭わない――そんなことを、嘯きそうで。


 ――冗談じゃない。

 そんなことになったら、シャロンは永遠にアルヴィンを忘れられない。

 このままでは、シャロンの中「一番」は、未来永劫「お兄様(アルヴィン)」になってしまう。

 そしてアルヴィンは、妹の「不動の一番」を確立した優越感に浸りながら、喜んで討伐されるのだろう。


 ――ふざけるな。ただでさえ難攻不落な女なのに、そんなハードモードを課されるわけにはいかない。


 俺は、意地でもアルヴィンを人間に戻す。

 そして正式にシャロンの婚約者として認めさせ、一刻も早く愛しい女の「一番」を手に入れるのだ。


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