第56話 旅の終わり (Side:カルロ)
「だけど、そもそも古竜の時代から迫害され続けながらも、上層部の存在を巧妙に隠して一定の規模を保って存続し続けてきた組織だ。そこには必ず権力と金が絡む。国内の貴族の関与を疑うのは自然だと思うけれど」
アーノルドの反論に、シャロンが一歩踏み出す。
先ほどまで震えていた肩に、今は凛とした力が戻っていた。
「貴族の関与を疑うなら、なおのこと、フロスト家は考えられません。……貴族は、感情では動かない。常に家や領地の”利”を考えて動きます。竜神教を隠れて支援する”利”が、フロスト家にはありません。まして、娘を竜にするなんて――むしろ、不利益しかない」
気力を持ち直し、強い言葉で言い切るシャロンに俺も頷く。
アーノルドの仮説は、その点に矛盾がある。
一年前の事件があるまでは、どう客観的に見ても、フロスト家は国内有数の将来安泰な貴族だった。
度を越したシスコンなことが玉に瑕だが、それ以外は非常に優秀な嫡男がいて跡継ぎには困ってない。どの貴族も喉から手が出るほど欲しがっていた俺を娘の婚約者に据えて、魔道具の利権も領内で独り占め。天候も安定していて、不作などとは無縁。最強の武力として俺を抱え込める以上、領地争いも起き得ない。あっても圧勝することが確約されている。勝ち目のない戦いを仕掛ける貴族はいない。
もしも何か弱みを握られて、娘を差し出すように言われたとしても、俺やアルヴィンに相談すれば、大抵のことは何とかしただろう。相手は邪教集団だ。俺が武力で竜神教を壊滅させても、アルヴィンはシャロンの安寧のためならいくらでも手を回してうまくもみ消す。
娘を差し出した後の方が、怖い。――主に、妹が生きる意味になっているシスコンの兄の動向が怖い。
万が一にも、黒幕が両親だとわかったなら、アルヴィンは妹を害すような両親と一緒にいることは出来ないと、あっさりと家を出奔して嫡男としての義務を放棄するだろう。俺も、シャロンに危害を加えた人間に情けを掛ける謂れはない。魔道具の利権は取り消すし、フロスト家を敵視して二度と協力はしない。
フロスト領主は、貴族として優秀な男だ。
領民と家を守るために娘を差し出すことはあるかもしれないが、その結果、俺やアルヴィンの離反を招いて領民や家の存続の危機に陥る可能性があるなら、絶対にそんな手段はとらない。
実際、事件の後には、フロスト家はそれまでの安泰が一転、竜神教との関与を疑われ、政界での立場も危うくなった。
どう考えても、フロスト家は「巻き込まれた側」だ。
「貴族の関与っていうなら、もっと怪しい奴らはいるだろ。例えば、レーヴ家とか。世界中を混乱させている恐化現象が、なんでだかレーヴ領内では極端に観測されていない。竜が領内に陣取って可哀想だ、みたいな風潮もあるが、あれだって見方を変えりゃ、竜を自分たちの領地に匿ってるって言われてもおかしくないだろ」
それは、トビアスもよくわかっているはずだ。だから、何度も竜の討伐隊を組ませることで、自分たちは竜と利害関係にはないと対外的に示していた。
第三王子とベアトリスの婚約を破棄させてまで、俺を引き入れたいのも、何としても次回の討伐作戦で竜を討ち取らなければ、言い訳が立たず、政界での立ち位置が変わるためだ。
本気でレーヴ家が一連の黒幕だなどと思っているわけではないが、アーノルドの矛先を凌ぐためには仕方がない。
「教祖一族が貴族なのか、関係ないが支援している貴族がいるのか――それはわからないが、貴族の家紋に、青や金を使っているところなんて他にもたくさんある。こじつけが過ぎるぞ、アーノルド」
「ふぅん……まぁ、君たちがそう考えるなら、構わないよ。身近に危険があるかもしれないって、警告したかっただけだし」
あっさりとアーノルドが己の主張をひっこめると、張り詰めていた応接間の空気が少しだけ緩んだ。
シャロンがほっと息を吐く間もなく、アーノルドは少し真剣なトーンで付け足す。
「だけど、竜神教に貴族が絡んでいるのはほぼ確定に近いと思う。これから、社交シーズンなんだろう? 私は詳しくないけれど、中には、国中の貴族が全員集められる大掛かりな夜会もあるとか。十分に用心した方が良いことに変わりはない」
「あぁ……忠告感謝するよ」
神妙な顔で頷き、シャロンの手をしっかりと握る。
もともとはシャロンが狙われた事件だった。もし本当に黒幕に貴族が絡んでいるとしたら、再び社交の場でシャロンが目を付けられ、狙われる可能性もある。
言われなくても、二度とシャロンを危険に晒すつもりはない。
そうでなければ、身体を張ってシャロンを守ったアルヴィンにも、合わせる顔がない。
「それなら、いいんだ。まだ幼い君が最も後ろ盾を必要とするタイミングで無責任に放り出してしまったこと、これでもそれなりに申し訳なく思っていたんだよ」
これ以上話すことはないと言うように、アーノルドは立ち上がって俺の肩をポンと叩く。
「”それなり”ってなんだ……」
呆れて唸るが、責めるつもりはない。
魔道具発明で世界が沸いていたあの頃、アーノルドが後見人としての役割を果たしていたら、移民の俺がシャロンと婚約するなんて夢のまた夢だっただろう。出逢うことも言葉を交わすことすらなかったかもしれない。
アーノルドが更迭された当時は恨んだ時もあったが、今はむしろ、あのタイミングで更迭されてくれてよかったとすら思う。本人には申し訳ないが。
「君たちが聞きたいと言ったメモのうち、今の段階で答えられるものは全て答えたつもりだよ。カルロが新しく打ち立てた竜の魔法の仮説はとても興味深いから、私としては早く帰って既存の研究の考察を深めたい。ここでお暇するよ」
「あぁ。気を付けて帰れよ」
長い議論がようやく終わった。
昔のよしみで見送りに出ようと、アーノルドの後ろに付いて部屋を出ようとした時だった。
「そう言えば」と思い出したように口を開いたアーノルドが足を止める。
「私は、こう見えて本気でカルロの幸せを願っているから、最後に聞いておきたいんだけど――」
「ぁん?」
急に気持ちの悪いことを言いだしたアーノルドに怪訝な顔を返す。
アーノルドは振り返って、まっすぐに視線を飛ばした。
俺ではなく――俺の背後にいる、シャロンに向かって。
「どうして君は、未だにアルヴィン君として振舞い続けているのかな? ――シャロン・フロスト嬢」
一瞬、空気が凍ったような錯覚を起こす。
アーノルドは、いつものヘラヘラした表情を一切面に出さず、真面目な顔で問いかける。
「な――おま、アーノルド――何、言って――」
まさかの裏切りに、俺は焦りながら冗談として笑い飛ばし、うやむやにしようと必死に言葉を紡ぐ。
しかし、俺の空回りを他所に、ひやりとした声が飛んだ。
「――残念。私たちの旅は、ここまでのようですね。カルロ」
背後から響いた高位貴族らしく凛とした美声が、ずいぶん久しぶりに聞く口調で、紡がれた――




