第54話 教祖の一族 (Side:カルロ)
元後見人のおせっかいな発言を聞き流し、俺は話を本筋に戻す。
「そんなことより、他の質問だ。まだ、禁術が現代の魔法の元となった古代の魔法の可能性があるってことしかわかってねぇぞ」
「わかってるよ。でも、正直、君たちの質問の全てには答えられない。私の専門はあくまで血筋に関する魔法研究だし、禁術や竜神教といったテーマは、それを追いかけ続けるために副次的に始めたものでしかないからね」
言いながらアーノルドは俺たちが渡したメモへと視線を戻す。
「カルロが質問に書いていた竜や恐化といった分野は、私の興味の範疇外だ。竜の生態や魔法については全くわからないし、恐化についても同様。そんな研究成果を残していたら、今頃私は救国の英雄だよ」
「チッ……使えねぇ奴だな」
舌打ちをして口汚く罵るが、アーノルドは気にした様子もなく肩を竦めて流した。
「それよりも、アルヴィン君の質問の方が、興味深いね。――竜神教の紋章となっている魔方陣の色について、か。君がこの二日間、竜神教摘発時の押収物を中心に調べていたことと関係があるのかな?」
「はい。どの魔方陣も、複数の色が使われていました。二日間で調べた限りでは、どの押収物にも多く使われているのは、青と金。この二色しか使われていない紋章も一つ、見つけました。――これらの色には、何か意味があるのではないか、と考えます」
シャロンは自分の手帳を差し出して、俺たちがレーヴ領で考えた根拠も伝えていく。
アーノルドは身を乗り出して興味深そうに俺たちの仮説を聞いた後、自分の見解を口にした。
「とても良い着眼点だね。私も実は、長きにわたって迫害されてきた宗教には似つかわしくない紋章が気になっていたんだ。しかも、この紋章は禁術発動のための魔方陣ではない。ただ、彼らが拠り所として教義を心に刻む象徴――私はこれを、教祖一族への道しるべなのだと考えている」
「教祖……一族……?」
俺もシャロンも、急に出て来た単語に怪訝な顔を返す。
アーノルドは再び眼鏡を押し上げ、雄弁に講義を開始した。
「忘れたのかい? 私の専門は血筋研究。禁術が現代魔法の祖と考えるなら――禁術を使用できるか否かもまた、現代魔法と同様、血筋に大いに関係あると考えるのが自然だろう?」
「――!」
言われてみれば確かにその通りだ。
禁術は、魔方陣に向かって決められた呪文を唱えながら魔力を注ぐ。
魔力を用いる時点で、魔法の素養が無ければ意味を成さない。そして、魔法は遺伝で決まる。非魔法使いの家系から魔法使いは生まれない。必ずどこかに魔法使いの因子を持っていた先祖がいる――というのが、アーノルドが過去に証明した研究成果だ。
「どういうことだ。竜神教の信者は全て、血のつながりのある親戚だけで構成されているとでも?」
「まさか。教義に共感して入信した者もいるはずさ。だけど、禁術の発動には資格がいる。禁術に関する詳細な情報が、限られた幹部にしか伝わっていないのが証拠だね」
「幹部……それが、竜神教を開いた教祖の子孫たちである、と?」
シャロンの質問に頷き、アーノルドは資料を一つ取り出して広げる。
見開き一杯に広がる図形は、複雑な家系図を示しているようだった。
「これが、私のここ数年の研究成果だよ」
「この図……各地で力を持つ団体があるのか」
「そう。禁術を使う資格が与えられているのは、各地の団体の代表者クラスのみ。彼らに絞って、血筋を辿ったんだ。案の定、竜神教の幹部は世襲制みたいでね。幹部の中にも位があって、どうやら各地の団体を束ねる上位組織が存在するらしい。そこの下っ端が各地の代表として派遣されるみたいだ」
資料を見ると、各地の代表者クラスは皆、分家のような家の出や、次男や三男など、家督承継に関係のないものばかりだ。
これだけの量を調べ上げたアーノルドの執念もすさまじい。綺麗に法則がある以上、これを”偶然”で片付けるのは不自然だ。
宗家や長男といった、血筋の本流に近しい存在が別の上位組織を作っている、というのも妥当な考察だ。
「上位組織の詳細は謎に包まれている。あの手この手で調べようとしたんだけれど、どうやら向こうも絶対に調べられたくないようでね」
「調べられたくない――不都合な何かがあるのか?」
「そうだね。考えられることとしては宗教としての存続に関わるせいだろう。……私はこれを、竜神教を開いた教祖につながるせいだと考えた。”竜”を祀る宗教なのに、”竜”を復活させる禁術の詳細は、幹部一族以外には徹底的に秘匿されていた。一般信者たちにも、だ。弾圧下で求心力を高めるには、竜を復活させる秘伝の技があると喧伝する方が理にかなっていると思わないかい?」
確かに、その通りだ。俺はてっきり、禁術というのは信者全員が定期的に行う儀式だと思っていたが、違うらしい。
儀式の紛い物は形として残っているのだろう。魔方陣を紋章として掲げ、祈りを捧げる――それは古代魔法発動と同じ手法だ。
そうした紛い物の儀式を隠れ蓑に、本当の古代魔法である禁術の行使は資格のある幹部だけで行っていた。現代の魔法効果を超越するような魔法だ。使い方を誤れば、簡単に世の中を混乱に陥れられる。厳しい弾圧下では、信じられる味方は少ない。一族の結束を高めるようにして、秘密は継承されていったのだろう。
「一年前、国が実験したときに術が発動しなかったのもそのせいか」
「そうだね。禁術の発動が幹部たちに流れる血に由来するなら、現代の魔法使いが魔力を注いでも発動はしないだろう。一応、そう助言はしたけれど、血筋研究の匂いがすると、国は私のことを煙たがるからね。聞き入れられはしなかったんじゃないかな」
国の身勝手さに眩暈がする。
自分たちで危険だと見なして更迭しておきながら、国家の危機だと再び王都へ呼び寄せる。そのくせ、厳重な監視下に置いて助言も話半分にしか聞かないと来れば、もはや愚かと言ってもいい。
きっとアーノルドの助言も、保守派の貴族連中が、犯罪予備軍と見做された男の言うことを聞き入れるのか、とか言って封じ込めたに違いない。
俺の出身国のロデスに比べて歴史が長く、凝り固まった価値観の保守的な国だとは知っていたが、それにしても露骨すぎる。
「話を戻す。教祖ってのは、信者たちにとって存在を隠されなきゃいけない存在なのか?」
「そりゃ、そうだろう。古来より、教祖ってのは、その宗教で神として崇められる存在と同一視されるのが定石だ。つまり、竜神教の教祖とは、”竜”そのものであった可能性が高い」
「竜――己が”竜神”であると騙った人物ってことか?」
「いや。最初の”器”に選ばれた人間じゃないかな」
アーノルドはチラリとシャロンを見て言葉を選ぶ。実際に儀式の対象に選ばれた本人を前にして、”生贄”と表現しないだけのデリカシーくらいはあるようだった。
「待てよ……? 竜の魔法は禁術の上位互換――禁術を使えるのが幹部連中だけで、それが教祖の一族なんだとしたら――!」
「気づいたかい? ……そう。本来、”竜神”――厳密には、その"器"――は彼ら”幹部の一族”の中から選ばれる存在だったはずだ」
「えっ……」
シャロンが少し戸惑った声を出す。情報がリンクしなかったのだろう。
アーノルドは生徒にするようにしてシャロンに説明した。
「血筋研究の第一人者として、魔法適性は遺伝で決まると断言するよ。だが、竜の魔法と禁術が同一の魔法系統であるなら、二つの行使者には何かしらの血縁的な繋がりがなければ説明がつかない」
「!」
「となると、竜復活の儀式の本質は、禁術の使用者が異形へと姿を変える代わりに、人知を超えた能力を手に入れること――強化魔法の一種、ということになるのかもしれないね」
「確かにそれなら、教祖の一族を隠したい理由はわかる……竜神教が迫害される理由は、竜の復活をもくろみ世界滅亡を企む邪教だと認定されたからだ。竜として君臨できる候補者が血筋で決まるなら、その一族が明るみに出て一族根絶やしにされてしまえば、竜神教は存続し続けられない……」
だから、摘発の危険がある各地の宗教団体には、真実の殆どを知らない血が薄い末端を配置し、紋章に教祖につながる情報を隠して、全てを知っている本体の幹部連中には決して近づけないようにした――
理屈はわかる。
だが、それなら一つ、どうしても理解できない事象が浮上した。
同じことを考えたのだろう。
顔面を蒼白にしたシャロンが、ゆらりと立ち上がった。




