第52話 糸口 (Side:カルロ)
アーノルドを伴ってシャロンのもとへ戻ると、案の定シャロンは心配そうな顔で待っていた。
「あの……まだ、完全に飲み込めたわけじゃないんだけど、もしかして本当に、その人が――」
戸惑いながら様子を窺うシャロンに、アーノルドはけろっとした顔で自己紹介をした。
「あぁ。私の名前は、リオネル・アーノルド。君のことは、カルロから聞いたよ。学園時代からの仲だとか。よろしくね、アルヴィン君」
「あ……は、はい。よろしくお願いいたします」
アーノルドは、シャロンをアルヴィンと見做して完璧に芝居を打ってくれるようだった。
つい先ほどまで口説かれていた相手だ。警戒もあるだろうに、シャロンは差しだされた手を握り返す。俺の未来の嫁、優しすぎないか。
「それで? 私の研究内容について、聞きたいことがあるとか」
「は、はい。その……」
シャロンは窺うように周囲を見回す。資料館の中は基本的に静かで、声が響く。
恐化や竜といった事象が当たり前になった今は、昔ほど腫れ物扱いをされることはないだろうが、禁教についての話を大声でするのは憚られる。入館時には、身元確認もあるのだから、職員たちには素性が知れているはずだ。フロスト家が禁教や禁術について調べているなどという噂が社交シーズン前に広がるのは避けたいのだろう。
「場所を変えないか? フロスト家のタウンハウスなら、込み入った話も出来るだろう」
シャロンの意図を汲んで提案すると、シャロンはあからさまにホッとした顔をした。
「あぁ、勿論構わないよ。じゃあ、君たちが聞きたいと思っていることを、メモで渡してくれるかい? 必要な資料や文献があれば、こちらで準備しておくよ」
「ありがとうございます」
快諾したアーノルドに、シャロンが顔を輝かせて礼を言う。アルヴィンを元に戻すための足掛かりを一つ掴めるかもしれないのだ。俺も、長かった道のりを思えば期待が高まる。
俺とシャロンはそれぞれアーノルドに聞きたいと思っていたことをメモに書き出して渡すと、先に資料館を出る。どの資料が最適か探すのは、研究者であり職員でもあるアーノルドの方が長けているだろうから、任せてしまうのが早い。
それよりも、先にタウンハウスに帰って、俺たちがこれまで調べた内容をすぐに情報交換できるように準備する必要がある。
シャロンと二人で馬車に乗り込むと、感慨深そうにシャロンが呟いた。
「まさか、こんなに早くアーノルド氏を頼れるなんて、思ってもみなかった……ありがとう、カルロ」
「たまたまだ。日ごろの行いが良かったんじゃないか?」
軽口を叩くと、シャロンはクスッと笑う。
「過度な期待をするわけじゃないけれど……でも、何かがわかったら、嬉しいな。竜を人に戻す方法――とまではいかなくても、せめて、禁術が眉唾物の謎の儀式じゃなく、ちゃんとした魔法の一種であることがわかればいい。そうすれば少なくとも、フロスト家はあくまで被害者だったという主張に説得力が――」
「どこまで欲がないんだ、お前は。そんなの最低限の中の最低限だろ。もっと欲張れ。禁術の魔法体系を明らかにして、竜を人に戻す方法に当たりを付けることは勿論、どうしてシャロンが狙われたのか、竜ってのは結局なんなのか、恐化との関係はどうなっているのか――俺は一連のわからないこと全部、アーノルドが解決の糸口を持っていることを期待してるぞ。今日は徹底的に問い詰める」
「そ、それはちょっと期待しすぎじゃないかな……」
若干引き気味のシャロンだが、俺は本気だ。
何せ、俺にはあと二週間しかない。禁術が魔法だったとわかったところで、フロスト家の汚名が晴れるだけだ。その程度で終わってしまったら、フロスト卿を説得など出来ない。アルヴィンの救出方法にめどが立つと主張するには到底弱いどころか、「シャロンが女当主になるのに憂いが無くなった」と言われて終わりだ。
アーノルドを脅してでも、俺はアルヴィンを無事に救い出すための兆しを見つけるまで引くつもりはない。
「僕は君が一生懸命になってくれるのは、とてもありがたいけれど――でも、どうか、君自身の未来もないがしろにはしないでほしいな」
「ぁん?」
「君は、今年の社交シーズンを、シャロンとの婚約がどうなるかのタイムリミットとしか考えていないようだけれど――それとは関係なく、叙爵の話が来ているだろう?」
シャロンの言葉に、俺は思わず口を閉ざす。
ダミアンにも言われたことだ。当然、頭の隅にはある。
「シャロンとの婚約が叶わなかったとしても、フロスト家として君を支援したいという気持ちは変わらない。うちの両親は、”利”がない相手と結婚させるほど甘くはないけれど、この一年、僕たちのために輝かしい未来を一時擲って、何の”利”もないのに尽くしてくれた君の働きに報いるだけの、気概と恩義は持ち合わせている」
「……」
「今までは、陰謀論もある中でフロスト家が全面的に支援していると公言しては、君の未来に影を差すことにもなりえると控えざるを得なかったけれど――アーノルド氏の話で、もし陰謀論を完全払拭できる目処が立てば、それも無くなる。シャロンとの婚姻は無理でも、フロスト家の分家や友好的な貴族に声をかけて、叙爵に足る後ろ盾を用意するよう動くことくらいは出来るよ」
「いや、俺は――」
「次の社交シーズンは、君自身がこの国で地位を確立するためにも重要だ。身分は、この国では武器になる。君の輝かしい将来のためにも、僕たちのことばかりじゃなく、君自身の人生をちゃんと考えてほしいよ」
ガタン、と街道の石を踏んだのか馬車が揺れる。
俺は衝撃が収まるのを待って、吐き出すように言った。
「くそくらえだ。……そんな回りくどいこと、してくれなくていい。シャロンと結婚出来れば、そんな問題、全部解決するだろ」
「カルロ――」
「地位を確立とか、どうでもいい。仮にスタートが遅くなったとしても、後から実力で黙らせればいいだけだ。言いたい奴には言わせておけばいい」
頬杖をついて、窓の外を見る。
街を照らす街灯。整備された石畳。商売でにぎわう店先。
その生活の中に、当たり前みたいに俺が発明した魔道具が使われている。
地位も名誉も、どうでもいい。俺の功績は、社会が勝手に判断する。地位なんてものは、打ち立てた功績が勝手に固めてくれる。自分で社交をして作り込まなければいけないものじゃない。放っておけば勝手についてくるものだ。
アーノルドに言わせれば、それが傲慢だと言うのだろう。
だが、本当のことだ。
だけど――シャロンは、違う。
彼女に見合う男になるように、必死で足掻いて、努力して、全てを擲って――
それでも手に入るかどうか、わからない。いや、手に入らない可能性の方が、圧倒的に高い。
それなのに、地位や名誉なんてものよりも、喉から手が出るほど欲しいんだから、始末が悪い。
俺の将来なんて、心底どうでもいいんだ。
――人生の隣にずっと、シャロンがいてくれるなら、なんでも。
「お前は何も心配しなくていい。言っただろ。お前たち兄妹を、俺が絶対にもう一度、生きたまま逢わせてやる。お前はただ、大船に乗ったつもりでいればいいんだ」
「……困ったな。君は、思いのほか頑固みたいだ」
むすっとして告げた俺の言葉に、シャロンは困った顔で眉を下げるだけだった。
俺もそれ以上は何も言わず、静かに窓の外へ視線を移す。
――タウンハウスまで、あと少し。




