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第4話 最強の男 (Side:アルヴィン)

 翌日、指定された待ち合わせ場所に現れたのは、大きな荷物を背負い、どこかオドオドした青年だった。


「フロストさんと、ファレスさんでしょうか?」

「はい。貴方が、依頼人のディルス氏でしょうか」

「そうです!よ、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 緊張しているのか固い表情のディルス氏に、僕は礼儀正しく頭を下げる。隣でやる気がなさそうにくぁ、と欠伸を漏らすカルロの袖を引っ張り、無理矢理頭を下げさせた。依頼人が妙齢の女性だと全く態度が違うのだから、もはやため息も出ない。


「あの……失礼ですが、フロストさん。ご出身はどちらで?」

「え?」


 外見から移民と察せられるカルロではなく、僕の出身を聞かれるのは珍しい。目を瞬いて聞き返すと、ディルス氏は焦ったように手を振って付け加えた。


「あっ、すみません。この国では、”アルヴィン”という名前は男性に多い名前で――商人という仕事柄、興味深く思いまして!」


 悪気無く告げられた言葉に、思わず頬が引きつる。隣でカルロがぶっと噴き出す音が響いた。


「……僕は、男です」

「え……えぇっ!?いやそんな――まさか!冗談ですよね!?」


 出し得る限り一番低い声で告げるが、ディルス氏は信じてくれない。本気で困惑する彼に、カルロは大笑いしながら僕の肩を叩いた。


「まぁ、いいじゃねぇか。どんなに信じられなくても、本人が男だって言ってんだから。第一、傭兵に性別なんか関係ねぇ。仕事が出来るかどうか、だ」

「い、いや、それはまぁ、そう、ですが……」


 ……いや、なんだか納得できないフォローだ。相棒が誤解を受けているのだから、もっと積極的に否定してくれてもいいだろう。


「それより、仕事の話だ。今日中に森を抜けられればいいんだよな?」


 カルロの言葉に、ディルス氏は頷く。

 話を聞けば、森を抜けた先の街から依頼された、期日指定の納品を控えた商品があるにもかかわらず、恐化騒ぎで森が封鎖されてしまったという。

 森を迂回すれば、大幅な遅延だ。若い駆け出し商人にとっては、痛手だろう。協力できるなら、助けてやりたい。


「私も多少の黒魔法の心得はあるのですが、野犬やごろつきから逃げるための力しかなく――」

「ご安心ください。カルロは黒魔法遣い、僕は白魔法を使えます。恐化した森でも、安全をお約束します」


 ――恐化。シャロンの事件後、そう呼ばれる世になった現象。古竜の時代の記録にも断片的に残っていたが、事件までは、”竜”の出現に伴う未知の現象と恐れられ、まともな研究はされていなかったてきた。事件後に、急速に研究が進んでいる状態だ。


 ”恐化”はまず”核”が生まれ、そこから周囲へと汚染が広がっていく。

 動物は魔物化し、凶暴性や身体能力が大幅に向上する。中には知能を増大した個体も現れ、群れを組んで襲ってくることさえある。

 動物以外に、植物も”恐化”することがあると解明したのは、僕たちだ。その功績で、オリハルコン級まで昇格出来たのは運が良かった。


 だが問題は、一度恐化した生き物は元に戻らないということだ。被害拡大を止めるには、核を特定し浄化した上で、侵された地帯をまるごと浄化しなければならない。

 

「アルヴィンさんは白魔法も使える……つまり、恐化を浄化できるんですか?」

「はい。ただ、今日の任務は護衛です。僕はカルロの戦闘支援に徹します」


 白魔法は信仰や想いを源に治癒や浄化を得意とし、黒魔法は演算によって攻撃や干渉に優れる。

 今日の任務の肝はカルロだ。


「ファレスさんが力を貸してくださるなら、安心です。ギルド長に聞きましたよ。()()天才児、カルロ・ファレスだと」


 道すがら、尊敬のまなざしを向けるディルス氏に、僕は思わず苦笑する。

 僕から見れば、将来を約束した許嫁がいるのにあっちへフラフラこっちへフラフラと定まらない不届き者の印象が強いのだが、世間の評価は別物らしい。


「特に、十二歳の頃に開発したという反射の魔法!あれには度肝を抜かれました。大胆な発想力と、緻密で鮮やかな計算式!美しささえ感じます!おかげで、僕のような者でも安全に旅が――」

「……おい」


 熱弁するディルス氏の視界を遮るように、カルロはずぃっと腕を伸ばす。

 開いた掌の上に青い光が収束し、バシュッと破裂するような音とともに氷の短槍が無数に放たれる。茂みの先で、獣の悲鳴が響き、濃厚な血臭が漂った。


「ひっ――!?」

「お喋りに夢中で忘れてるかもしれねぇが、ここは恐化した森だ。ぼうっとしてたら死ぬぜ?前金だけじゃ割に合わねぇんだ、ちゃんと生き残ってくれ」

 

 ディルス氏は、恐怖に震えながら頷く。

 カルロは魔物を一体屠った直後とは思えぬ飄々とした態度で、面倒くさそうに欠伸を漏らした。


 魔法の適性は、生まれつきだ。白魔法遣いは黒魔法を使えない。

 だから僕も黒魔法には疎いが、カルロが国一番と評される使い手なのは知っている。

 誰も彼も、一度カルロの魔法を見れば、先ほどのディルス氏のように、興奮してその才を手放しで褒めたたえる。……残念ながら本人には、若い女性の黄色い声援しか届かないようだが。


 怯えるディルス氏が不憫になって、僕は安心させるように微笑みを向けた。


「大丈夫です。カルロがいる限り、ここは今、国で一番安全です。僕も、治癒や補助魔法で支援します」

「アルヴィンさん……」

「カルロは、”魔道具”を発明しして史上最年少で魔塔にスカウトされた天才です。僕は、彼が作った魔道具をいくつも身に着けています。僕の傍を離れなければ、怪我をすることはありません」


 ディルス氏は、尊敬の眼差しでカルロを見上げる。不安は消えたようだ。

 カルロが幼い頃に発明した魔道具の実用性は、正教会が配るおまじないレベルの”護符”とは比べ物にならない。

 魔法適性のない者でも魔法使いと同等の効果を得られると、今やこの国の一大産業となった発明だ。


 中でもカルロが自ら作る品のクオリティは異常だ。

 おかげで、戦闘力はあまりない僕でも、十分に援護が出来る。

 防御の指輪も、その一つだ。夢でシャロンを守ったのと同じ効果を持つ。

 ――作成時にサイズを間違えたのか、未婚の僕が、左の薬指に身に付ける羽目になったのは、酷く遺憾だったけれど。


 隣を歩く天才魔導師は、何気ない顔でふと頭上を見上げた。


「おい、アルヴィン。――依頼人連れて全力で走れ」

「えっ……?」

「魔鳥の群れが来る。モタモタしてると、一緒に焼き払うぞ!」

「――!?」


 カルロがその気になれば、この森を全て焼き払うことすら朝飯前だろう。

 言うだけ言って、こちらを気遣うこともなく演算を始めたカルロにさぁっと背筋が寒くなる。

 魔鳥などより、相棒の化け物じみた黒魔法の威力の方がよっぽど恐ろしい。


「ディルス氏!走ってください!!全力で!振り返ることなく!!」

「う、ぅわぁあああああっっ!!!」


 結局、カルロが生み出した炎の熱風に巻かれないよう必死に走ったおかげで、ディルス氏の旅路は、想定の半分程度で終了したのだった。


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