第25話 泥沼の恋路③ (Side:カルロ)
「……竜がいるってのは、あの山か……」
「あ、うん。そうだね。こうやって見ると、本当に高いな……」
窓の遠くに見える山に視線を投げる。温暖なフロスト領からは信じられないが、連なる山々は既に雪で真っ白になっていた。
山にかかる暗い雪雲を眺めるシャロンの大きくつぶらな瞳には、心配の色が滲んでいる。孤独と寒さに打ち震えている竜を想って心を痛めているのだろう。
いかにも妹の前で猫を被っていたアルヴィンがやりそうな行動だ、とこっそり嘆息する。
今のシャロンは、彼女が見ていた猫かぶり状態の聖人君子がしそうな行動を忠実に行う。
次期領主として、妹を案じながらも家族や周囲に迷惑を掛けないギリギリを見極める、全方位に配慮する聖人の振る舞い。
……馬鹿馬鹿しい。もし本当に、事件後に竜になったのがシャロンで、アルヴィンが無事だったとしたら、今頃こんな穏やかな旅は実現していない。
シャロンは、アルヴィンの本質に潜む妹愛をなめている。
アレは、常軌を逸している。
俺は脳内のアルヴィンだったらどうするかを妄想する。
『……は?君、何やってるの?今すぐレーヴ領に行くに決まってるだろ。不法侵入でも何でもして、すぐに竜に会いに行く。当たり前だろう。……え?黒騎士団による竜討伐作戦?阻止するよ、当然だろう。……どうやって?君、国一番の黒魔法使いという称号は、何のためにあるんだい?』
脳内アルヴィンの辛辣な物言いに、苦い気持ちになる。
俺の才能は、国家権力に弓を引く形で騎士団と戦うためのものではない。
そういう意味では、シャロンはとても理性的だった。シャロンの両親もまた、分別があってよかった。
もしも残ったのがアルヴィンだったら、アイツはきっと、フロスト家や領地がどうなろうが関係ないと、シャロンを助けることだけを考えて無茶をした。アングラなことにもどんどんと手を染めるだろう。
あの重度のシスコンは、そんなことに二の足を踏むような肝の据わり方ではない。
『竜から人への戻し方がわからない?竜は特殊な魔法を使うかもしれない?……うん。だから、何?やれるとかやれないんじゃないんだ。やるんだよ』
パワハラ以外の何物でもない発言をして、血走った瞳で無理やり言うことを聞かせるんだろうな。色々な人間を。
そして、もしも俺にレーヴ家との縁談が持ち上がったなどと聞きつけたとしたら――
『は?あり得ない。僕の天使と婚約なんていう僥倖に預かりながら、目移りするわけ?死にたいの?シャロンが浮気する分には構わないけど、お前は他の女を見たら殺すって言ったよね?もう忘れたんだ?』
……妄想の中だけでも、死ぬほど圧が強い。
『レーヴ家が用意できる”利”の方がフロスト家よりも多い?――ハッ、だから何?君、シャロンを妻に出来る以上の”利”がこの世に存在しているとでも思っているの?正気?脳みそ沸いてるんじゃないか?下らないこと言ってる暇があったら、早く山に登ってシャロンを助けろよ、役立たず』
これくらいのことは言うだろうな。容易に想像がつく。
それで、無事に助けられたとしても、「目移りした疑惑があるからお前にはシャロンを任せられない」とか言って難癖付けて、婚約を白紙にしかねない。そういう男だ、アイツは。
本当に、竜になったのがアルヴィンの方で良かった、と思う。シャロンが竜になっていたら、竜以上に混沌とした世の中を生みかねない暴君が爆誕していた。
「……あの山」
「ん?」
「山頂付近に不思議な障壁が張られてて、竜に近づけないし、攻撃も拘束も出来ないって言ってたよな」
「うん」
「そうか……」
俺は、汽車の中から山までの距離と大きさを目測する。
ぶつぶつと口の中で計算を始めた俺を見て、シャロンは不思議そうに首を傾げた。
「カルロ?」
「いや……いっそ、あの山全部をこう、強力な攻撃魔法で跡形もなくぶっ飛ばしたら早いんじゃないかと思って」
「真顔で何を言ってるんだい!?」
シャロンが慌てるが、俺は割とまじめだ。
「国が送った騎士団の攻撃が全く効かなかったってことは、魔法を防ぐ手立ては持ってるんだろ。竜は魔法から自分を守るくらいはするはずだ。ってことは、山ごとフッ飛ばせば、残るのは竜だけ」
「ちょっと!?」
「更地になったところで、魔法の物理障壁を張る。防御用じゃなく、竜の拘束用にだ。どでかい物理障壁を八つ位用意して、八面体の中に閉じ込めれば――身動き取れなくなるんじゃねぇかな、と思って」
相手がシャロンなら手加減が必要な気がするが、どうせアルヴィンだし。仮に最初の攻撃でちょっとくらい焦げてもご愛敬だろう。
「人間に戻す方法は、じっくりゆっくり考えるとして、だ。とりあえず社交シーズン前に竜を確保して、これからは無力化して見張っとくんで安心してください、っつったら、いったん、お前の両親も納得してくれねぇかな」
「君、人の両親を何だと思っているんだ……」
駄目だろうか。俺としては、あと一か月ほどで始まる社交シーズンに間に合わせる解決法として、一番アリな方法だと思うんだが。
まぁ確かに、あんなにデカい山が一つ吹っ飛べば、生態系にも気候にも尋常ではない影響が出るだろうし、地下資源も根こそぎ消滅させるわけだから、レーヴ領はたまったものではないだろう。
それをしたのがフロスト家と縁が深い魔導師だとばれたら、領地間でちょっと洒落にならない紛争に発展するかもしれない。
だけど俺には、もはやなりふり構っていられない事情があった。




