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第21話 アルヴィン・フロスト③ (Side:カルロ)

「え?うちの天使と?結婚?君が??――ハハハ、寝言は寝て言ってくれるかな?」


 形だけはいつもの笑顔を作ろうと試みたようだが、血走った眼で圧の強い拒絶を喰らい、諦める。

 わかっていた。己の恋人かと思うほど溺愛している妹を、どこの馬の骨ともわからない移民に嫁がせるような兄ではない。


「第一、君とシャロンが結婚しても、フロスト家には特に何の”利”もないからね」

「お前がよく言ってる、貴族社会のアタリマエか?なんでも打算で決めやがって」

「そう言われてもね……僕らの領地は穀倉地帯で気候は穏やか。国境に面しているわけでもなく、住民の気質も穏やかで慎ましやかだから紛争の火種もほぼない。脅威と言えば悪天候による凶作程度。領地運営にはちょっと日照りが続いたときに雨代わりの水を生み出せる程度の()()()()の黒魔法が使える人間が、()()()()欲しい。君の天才的な黒魔法は、別に必要ないんだ。持てあます、と言ってもいい」


 アルヴィンの言葉に、ぶすっとむくれる。

 今日話に来たというレーヴ領などは、地下資源を主な産業としている分、採掘には常に危険が伴う。おまけに、北の気候は普通に暮らすだけでも厳しい。

 だから俺の発想力と魔道具で、これらの領地運営を助けてほしいと言われた。……なんで俺が赤の他人の興味もない領地運営なんて手伝わなきゃならないんだ、面倒くさい。


 だが、それが貴族の結婚というものだ、と言われれば口を噤むしかない。

 当人同士の感情も相性も、二の次三の次。家同士で、どれだけ相手に魅力的な”利”を提供できるかを話し合い、打算ありきで縁を結ぶ。


「そりゃ勿論、うちの天使は、飛ぶ鳥を落とす美貌を持っているよ?気立てもいいし謙虚で素直、努力家でひたむきで、彼女を見たものすべてを夢中にさせて、時には犯罪にまで手を染めさせてしまうほど、抗いがたい魅力を兼ね備えているよ?世界中の男が、列をなして結婚を申し込みに来るに足る最高の女性だ」

「ハイハイ……」


 妹の話を振ってしまったのは悪手だったかもしれない。案の定、アルヴィンは立て板に水とばかりに語り続ける。


「でもその分、幼いころから本当に怖い思いばかりをしてきた娘なんだ。見知らぬ男に好意を向けられるだけで酷く怯えてしまうくらいに、可哀想な娘なんだ。それなのに、貴族に生まれたからには家のためになる結婚をすべきだって、恐怖を乗り越えようと頑張る健気な優しい娘だよ。だからこそ僕は、彼女には打算なんてない結婚をしてほしい。家のための結婚なんて、僕がすればいい話だしね」


 当たり前のような顔をしてサラリと自分の幸せを放棄出来る感覚は、やはり庶民の俺にはよくわからない。


「貴族令嬢なら、十歳にもなれば決まった相手がいるのもおかしくない。シャロンにも、既にたくさんの縁談が舞い込んできているけれど――僕は家のことなんて気にせず、彼女が安心して心を許せるような男と結婚してほしいと思ってる。社交デビューだって、急かさないから、何年かけてでも妥協せずたった一人を選んでほしいんだよ」


 慈愛に満ちた好青年の微笑みを浮かべてしみじみと自分の言葉に酔っている男に、呆れながら質問を投げかける。


「……そうは言うが、妹が選んだ『妥協しないたった一人』が、普通じゃ結婚出来ないような男だったらどうするんだ?例えば屋敷の使用人の平民とか、貴族でも既婚者だったりとか――」

「え?殺すよ?当たり前だろ」


 清々しい笑顔のままきっぱりと言い放つアルヴィンには、三秒前の自分の発言をもう一度繰り返してほしい。


「使用人?シャロンを養うことも出来ないよね?え、まさか生活水準を落とさせる?」


 アルヴィンの笑顔が、だんだん笑えなくなってくる。


「ふざけてるのかな。許容できるわけないよね。家を出るなら今以上の護衛を揃えて雇い続ける必要があるんだよ?シャロンに恐怖を毛ほども感じさせるなんて、あり得ない。使用人の給与でそんな環境を用意できるとでも?身の程知らずにも天使に懸想するだけでも許しがたいのに」

「……いや、例えばの話で」

「既婚者?他の女に触れた汚い手でシャロンに触れようとするの?他の女に口にした陳腐な言葉でシャロンを口説くの?万死に値するよね」

「……まぁ、確かに……」

「もちろんそんなの、すぐに殺すね。まずは社会的に殺して、領地を永久追放した後、足がつかないよう人を雇って思いつく限りの苦痛を与えて殺す」

「妹の気持ちは――」

「いいんだよ。無理に一人に決めなくていい、いつまでも未婚の令嬢と後ろ指を指されることになるかもしれないけれど、そんな誹謗中傷からは僕が守り通す。シャロンの耳には決して入れないようにして、一生僕の傍で不自由なく暮らしてくれればいいんだ」

「それがお前の本音だろうが……」


 何が、妥協しない一人を見つけてほしい、だ。この男は最初から、どんな相手でも何かしらのケチをつけて破談にするつもりだ。――そういう男だ。


 アルヴィンは生粋の貴族らしく、腹の底ではとんでもなく冷酷だ。愛だの恋だのでこの男を納得させるなんて無茶な話だ。普段は人当たりの良い仮面を被っているせいで、本性を知らない者はそういう論調で説得しようとするんだろうが――間違いなく失敗する。


 アルヴィンを納得させるなら、逆だ。愛だの恋だのは一切排除し、いっそ、ゴリゴリのロジカルで殴る方がいい。


「――……」


 これから現れる妹の婚約者候補に同情したとき、ふと、思い付きが頭をかすめる。


「……アルヴィン」

「なんだい?どの貴族令嬢と結婚するか、決まった?」


 妹への狂愛を爆発させた直後とは思えぬ、いつもの人好きのする笑顔を見せる友人に、俺は思い付きを口にした。


「――俺が、仮面夫婦としてお前の妹の世間体を守りながら、生涯賃金が一切発生しない最高の用心棒契約として婚姻関係を結ぶって言うのは、お前の考える”利”にはならないか?」


 その瞬間――今日初めて、アルヴィンの顔から笑みが消えた。


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