第20話 アルヴィン・フロスト② (Side:カルロ)
「あー、くそ、面倒くせぇ……」
寮のベッドにごろりと転がり、手にした手紙を放り出してぼやいていると、トントン、と控えめに扉がノックされた。
投げやりに許可を出すと、案の定見知った女顔の貴族が入ってくる。
「また、スカウト?学園の前に凄い馬車が止まってたよ。あの家紋――もしかして、レーヴ家じゃないか?」
「あー、なんか女みたいな変な男が、妹と結婚して魔塔に来いってよ」
「魔塔、変な男……あぁ、レーヴ家の長男かな。確か家督は次男に譲って、白魔導師として魔塔にいるはずだ。妹――確か、まだ年端もいかない子供のはずだけど。なりふり構わないな、ホント」
アルヴィンは苦笑しながら床に散乱した手紙を手に取る。別に隠すつもりもないから勝手にすればいい、と思いながら放置した。
さすがに数年後には貴族として生きていくためか、アルヴィンの頭の中にはほとんどの貴族の情報が入っているようで、俺に声をかけてくる貴族についても俺より詳しいことが多い。
「貴族社会ってのは、君が考えるよりだいぶ面倒で、厄介だ。君の後見人も兼ねてたアーノルド先生も、今はいない。ちゃんと考えて、どこの貴族の傘下に入るべきか、慎重に選んだ方がいい」
「んなこと言ったってな……」
顔を顰めて呻く。
俺をこの学園に入れたアーノルドという教師は、研究にのめり込む中で禁術や竜神教という、この国のタブーにまで踏み込んだことが明らかになり、半年ほど前に王都から更迭されている。タイミングが悪すぎる、あのクソ教師。
「俺は、こんなことにならなきゃ完全に、お前の領地で就職する気満々だったんだ」
「さすがにこの状況で、魔道具の開発者を妹の護衛に雇おうとするほど、厚顔無恥ではないよ。僕も一応、この国の貴族の端くれだからね。国益を損なうような提案は、流石に」
肩を竦めるアルヴィンは、どうやら助けてはくれないらしい。俺はふてくされるようにしてごろりとベッドで寝がえりを打った。
◆◆◆
魔道具を開発したきっかけは――アーノルドが更迭される少し前、アルヴィンが妹からの贈り物を自慢してきたことだった。
それは”護符”と呼ばれるもので、微かに魔法の気配がした。母国にはないものだったので興味を持って聞いてみると、貴族階級では身近な護身用装備の一つだという。
護身用装備、と言っても、効果は本当に微弱なものだ。白魔法を使いこなせるアルヴィンからしてみれば、子供騙しの「おまじない」程度のものだろうに、溺愛している妹からのプレゼントというだけで、毎日どこへ行くにも持ち歩いて見せびらかしていた。
どうやら効果そのものを期待するよりも、相手の無事を祈って護符に魔法を込める行為に意味を見出す贈答用のものらしい。白魔法しか込められないので貴族階級でしか流通しないし、もしも庶民が手に入れようと思えば、教会で法外な金額を出してありがたい説教を聞かないといけないんだとか。
とはいえ、誰でもうっすらとでも魔法の恩恵が得られるので、特に白魔法と縁遠い黒騎士は、心の安寧――まさにおまじないに近い効果を期待して、危険な任務に赴くときには教会にそれなりの金を出して入手することもあるらしい。
妹愛しさで、ペラペラと護符の効果やありがたみを語るアルヴィンの話に、単純に学術的な興味が湧いた。
どうして白魔法しか付与できないのか。魔法が使えない者にも魔法効果の恩恵が得られるとはどういう仕組みなのか。護符と呼ばれる素材以外には付与できないのか。
――黒魔法で、同様のものを造ることは出来ないのか。
あとはもう、本当に、興味関心の領域だ。俺からしてみれば、単なる暇つぶしの思いつきでしかなかった。
授業の空いた時間で思いついた理論を組み立てて、手近にあった様々な素材に魔法が付与できないか試して――結果として、魔法付与には法則があることを見つけ出し、魔道具と呼ばれるものを開発してしまった。
どうやらそれは世界を震撼させる大発見だったらしく、俺の世界はあっという間に一変した。
学園で俺を侮っていた奴らは軒並み媚びを売るようになったし、次から次へと貴族からの縁談が舞い込んだ。
後見人だったアーノルドが更迭されたのも、最悪のタイミングだった。魔道具の発表で世間が騒ぎ始めたまさにその時期に、アーノルドの研究が問題視されて失脚したのだ。
権威ある研究者の後ろ盾を失った途端、貴族たちは手のひらを返したように、こんな子供を騙すのは容易いとばかりに打算塗れの腹で近づいてくる。
◆◆◆
「なんでどいつもこいつも提案してくるのが結婚なんだよ。養子縁組とか、なんかあるだろ、他にも」
「そりゃ、高位貴族ほど他国の血を家系図に組み込みたくないだろうね。下位貴族なら養子の話を持ち掛けてくるだろうけど――その分、君の発明の利権を狙ってくるって、前にも言ったと思うけど」
「わぁってるよ……」
アルヴィンの見立ては正しかった。養子縁組を持ちかけてくるのは、新興貴族ばかりで、歴史や血筋というものにこだわりがない分、目先の”利”には目がない連中だった。こちらが子供だと侮って、自分たちにばかり都合のいい条件を押し付けようとしてくる書状しか届かなかった。
高位貴族は、高貴なるものの責務だか建前だか知らないが、国の発展のために俺の才能を使いたいと言ってくる。……全て結婚がセットなのが、難点なだけで。
「もういっそ、お前のところの妹と結婚するんじゃだめなのか?」
投げやりな気持ちで――しかし、半分くらい本気で聞いてみる。
その瞬間、アルヴィンの表情が――変わった。