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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

星になる

作者: 蔵科月子


「人はねえ、死んだら星になるんだよ!」


 生前、晶はそういって笑った。


 これは晶の口癖のようなものだ。同じサッカー部で、家の方向も同じなため、必然的に行動をともにするのが当たり前になっていた。


その日も一緒に下校していたところ、夜空に浮かぶ星を眺め、いつものごとく晶はいった。


 俺は「またか」とあきれ半分にため息をこぼした。

 こいつは犬のように人懐こくて、誰にでも平等に優しい。明るくて元気な姿が太陽のようだと、柄にもなく思ったりしている。


 だが、ふとした瞬間に表情に影が降りるのは、両親を不慮の事故で亡くしているからだろう。


現在は祖母に引き取られて二人暮らしをしているそうだが、両親を失ったという心の穴は、両親にしか満たすことができないはずだ。きっと心に深い傷を負っているに違いない。


 冒頭の発言からも、それが顕著に現れているように思える。


「星になど、なれるはずがないだろう」


 俺はきっぱりと言う。すると、空を眺めていた晶がこちらを見る。まるで星を宿したような瞳が、俺を捕えた。


「もう、奏太は夢がないなあ。ほら、見てみろよ。あれが父さん、あっちが母さん」


 俺は頭を抱えたい気分だった。晶は再び見上げて、ひと際明るい星を指さす。晶曰はく、あれが死んだ両親の生まれ変わりらしい。


 はじめてこの言葉を聞いたときは、晶の冗談だと思っていた。


ちょうど両親が亡くなったことを聞かされたタイミングだったので、場の空気を和ませるための発言と捉えたのだ。


 しかし、晶は本気だったらしい。その日を境に口癖と化してしまった。


 勘弁してほしい。

 この言葉を聞く度に頭痛がしてくる。

 俺は眉間を指で揉みながら、ため息を吐いた。


「そんなものは、死を受け入れられない人間の妄言だ。根拠も証拠もない。あまりにも非現実的すぎる」


「いいじゃん。誰に迷惑をかけているわけでもないんだしさ。奏太は頭が堅すぎるよ。もっと柔軟に考えないと。そんなんじゃハゲちゃうよ?」


 晶が両手を空に掲げると、前を開けたままのブレザーが翻る。まったくだらしがない。俺は反骨的に、緩みかけていた自身のネクタイを締め直した。


「茶化すな。それに、そうやって現実逃避ばかりしていても、実際は何もかわらない」

「……そうかもしれないけど、俺の親はいつも空から見守ってくれてるよ。二人ともすっごく優しかったからね。優しく光るんだよ」


 俺は狂信的な横顔を不審な目で見た。晶の目線はまっすぐ上を向いている。それが余計に不快だ。


「理解できないな。既に亡くなった人間ばかり考えていても、生産性がない。それよりももっと、周囲に目を向けたらどうだ」


 晶は、多方面から高い評価を得ている。

 誰にでも態度を変えないので話しかけやすく、会話中もころころ表情が変化して、見ていて飽きない。


 おしゃべりなところが玉に瑕だが、それでも相手の不快になるようなことは言わないし、積極的に悩んでいる友人の相談に乗ったりと、人助けに邁進している。


 それだけ人に愛を与え続けている人間が、他人から愛されていないはずがない。


 だから、すでに亡くなった人間にすがるのではなく、身近の人間を頼ったらどうだ。

 俺はずっとそう思っている。


 人が死んだら星になる、というのは、両親の死を受け入れられない心の傷から生まれたのだろう?

 お前は寂しいのだろう?

 そしてそれを、誰にも言えないのだろう?


「俺は、生産性とかどうでもいいよ」


 晶の表情が曇る。どう言葉を投げかけたらいいのかわからない。慰めは晶の専売特許だ。真逆なタイプの俺に、そんな高度なことができるはずがない。


 突然降りかかった難題に、俺は口ごもる。


「空に父さんと母さんがいるって考えるだけで、元気が出るんだよ。いいことがあっても、悪いことがあっても、全部全部応援してくれてる気がするから」


 ああ、お前もわかっているんだな。

 わかっていて、明らかな現実逃避をしている。いい風に言い換えて、無理やり肯定しているだけ。


 死人が星になる、と聞く度に晶の寂しさが滲みだす。

 そして俺は、自分の無力さに歯がゆい思いをする。

 俺は痛み出したこめかみを指の腹で押しつぶした。


「そうか」


 俺はまだ、お前の傷に触れられないのだな。

 また線引きをされてしまった。


 結局今日も、笑顔の裏の本音に触れられなかった。晶はなかなかどうして心の隙を見せない。


 俺は晶の祖母を除いて、誰よりも長い時間を共に過ごしているように思っているが、それでも許されないらしい。


 俺の予想では、晶はきっと祖母に両親の話をしない。優しい奴だから、心配をかけないために。そこで培われた我慢強さが、変なところで発揮されてしまっている。


 加えて、晶は頑固な奴だ。自分の意見は誰に何と言われても曲げない。

 それゆえに俺と衝突することもしょっちゅうである。


 この件についてもそうだ。

 お互い意固地になるせいで話は平行線。いつまでたっても現実主義者と理想主義者の言い合いは決着がつかない。


 ただ、俺は心地が良かった。

こんな状況で正気を疑われるかもしれないが、ここまで正々堂々意見を言い合える相手は、晶しかいないからだ。


 思えば、晶といるうちに笑顔が増えた気がする。

 人数調整のために仕方なく入ったサッカー部を楽しいと思い始めたのも、晶が俺の動きを完璧に理解して、欲しいところにパスをくれた時からだ。


 俺がこっそりしていた自主練習も、一体どこから聞きつけてきたのかやってきて、今では一緒に行なうのが当たり前になった。


 晶は、本当に皆の太陽のようなやつだ。

 俺は晶に幾度となく救われている。


「そんなにいうなら、俺が星になってやる!」

「ふはっ、なにそれ。奏太は星ってよりは、月だよな。静かだけど、一番綺麗に光ってる」

「じゃあお前は一番星だな。一番うるさく光っている」

「うるさくって何!?」

「あれなんかどうだ? 一段とうるさく光っているぞ」

「俺がうるさいってこと!? 聞き捨てならないんだけど!?」


 俺が一番星を指すと、隣から抗議の声が飛んでくる。その様子に俺が「そういうところだ」と主張し、また言い合いになる。


 こんな時間がずっと続けばいいのに。

 だが無情にも、その願いはあっさり打ち砕かれることになる。



 晶が死んだのは、それから数日後だった。

 登校中、車道に飛び出した野良猫をかばおうとして車に轢かれたらしい。


 日曜日の昼下がり。俺は晶の墓参りに来ていた。

 休日に墓を訪れるのは最早週課になりつつあり、たまに足腰の悪い晶の祖母と一緒に出向くこともあった。


 夏に差し掛かったこの時期は、日差しが鋭い。真上に上った太陽が、白く戻りかけていた肌を焦がす。


「今日も来たぞ」


 俺は墓石に話しかける。もちろん返事はない。

 晶の名前が彫られた石が、その死をしめしている。

 何度来ても、胸がきりきり痛んだ。また頭が痛み出す。


「今、体育の授業でサッカーをやっているんだ。でも、お前以上に俺の動きを読めるやつはいない……できるなら、またお前とサッカーがしたい」


 晶が死んでから、俺は多弁になったように思われる。


「……お前がいないとつまらない」


 俺は拳を握りしめた。

 言葉にすると、鼻の奥がツンと痛む。


 晶のおかげで、こんな俺にもそこそこ話せるクラスメイトというものが存在する。

 だから晶が死んでからも、完全に孤立することはなかった。


 けれど、どこか物足りない。

 晶を失ったという心の穴は、晶にしか満たすことができない。


「野良猫をかばって車に轢かれたらしいな。聞いたぞ、偶然通りかかったクラスメイトに。猫は走ってすぐ車を横切ったらしいじゃないか。お前が飛び出さなくても、助かったんだ。それを、お前はっ……」


 俺は喉をならした。拳が震える。


「お前は本当に、馬鹿だ!」


 俺にはわかる。


 晶が、車道に飛び出した猫を助けようとした気持ちは本当だろう。でも、サッカーの試合中、ドリブルをしながら最善のパスを発想するようなやつが、咄嗟の状況判断を誤るはずがない。


 猫の素早い動きなら、自力で簡単に車を避けられると読めたはずだ。


 本当は心のどこかで「機会」を待っていたんじゃないのか。

 寂しさと決別する「機会」を。


 俺は歯を鳴らし、晶の墓石を睨みつける。その目が、涙で滲んだ。


「もっと早く、話せていればよかった」


 もっと早く思いを伝えていれば。

 もっと正直になっていれば。

 少しは変わっていたのだろうか。

 唇を噛みしめる。


 風が吹きたち、葉がざわざわと音を立てた。

 遠くの方から話し声が聞こえる。視線をやると、墓参りに来た三人家族がこちらにやってくるのが見える。


 俺は墓石に向き直り、目を瞑って合掌した。晶との思い出を脳内に巡らせる。

 祈りを終えると、持ってきていたキンセンカを添える。


 風に揺れる橙色の花を見ていると、晶の笑顔と重なる。

 俺はついさっきまで乗り移っていた晶の亡霊が、すっと消えていくのを感じた。


「たられば、の話は俺らしくなかったな」


 そうして、墓石に笑いかける。


「また来る」


 踵を返すと、さっき見た家族とすれ違った。


「暑いよう。これ脱いでもいい?」

「はいはい。今日はいい天気だものね」

「雨の予報だったのになあ。おてんとさん、顔出してくれてよかった」

「おてんとさん?」


 小学生ほどの娘は上着を母親に押し付けると、父親の言葉に首を傾げた。


「太陽のことよ。親しみを込めてそう呼ぶの」


 母親がにこやかに説明すると、女の子は空を見上げ、瞳に星を宿した。


「へえ。おてんとさん、ありがとう!」


 そんな会話が聞こえた俺は、つられて空を見上げた。

 雲一つない青空に、一段と”うるさく光る星”を見つける。

 ああ、晶。

 そうだったんだな。

 お前も――


「人は死んだら星になるんだな」


 俺はそっとほほ笑むと、太陽を背に立ち去った。


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