8. 揺れ始めた心
「それを言うなら、さっきの横顔を褒めますよ。これまで俺に見せたことない大人の表情だった」
彼の眼差しは真剣だ。いつの間にか爪を噛んでいる。こんな仕草初めて見た。
普通に考えたら神経質になっている時とか落ち着かない時に噛むんだろうが、大学の先輩、しかも男の髪が西日に透けてるのを見て落ち着かなくなるってどういうことなのか理解に苦しむ。
恋愛経験値が著しく低い俺にしてみれば、もう口説かれているとしか思えないんだが、あまりに取り乱しているから無粋な台詞しか出てこない。
「バカ。お前はせっかくゴルフ界でもイケメン枠なんだし、カノジョいるんだから男なんかに愛想振りまくな」
「俺、純さんと一緒にいる方が楽しいんですよね」
男を口説くなとあんなにハッキリ言ったにも拘わらず、言った先からこれだからイケメン怖っ!
……落ち着け純。これは単に男友達同士でつるんで楽しいって意味だ。恋愛とは全く別物だから勘違いするな。そう自分に言い聞かせ、わざとぶっきらぼうに突き放す。
「まあ、男同士は気楽でいいって気持ちも分かるけど、お前、それカノジョには言わないほうがいいんじゃないの」
「言うわけないじゃないですか。……あー、めんどくせぇ」
不服そうに下唇を突き出す表情に、必ずしも今カノと順風満帆ではないと分かり、少しホッとするのだから俺はしょうもない奴だと内心自嘲した。後輩の幸せを喜んでやるべきだって頭では分かっているのに。今カノとうまく行ってないからって男の俺のものになるわけじゃないってことも。そもそもまだ俺の失恋の痛手だって癒えていない。新しい恋をする勇気は今の俺にはない。
でも、元カレに振られたことを『純さんは悪くない』って敦志が言ってくれたのは嬉しかったな。優しさが沁みた。あいつって、顔とかルックスだけじゃなくて、ちゃんと人の心を見て、相手に必要な言葉を掛けてくれるんだ。……いやいや、だからって別に、恋愛対象にはならないけどな。そもそもあいつはノンケだし、カノジョもいるし。絶対叶いっこない。
新しい何かが俺の中に芽生えかけていることには見ないふりをしたが、俺の胸は今日、少し温かい。
(続きは同人誌でお楽しみください!)