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6. 縮む距離

「はあ……。仕方ないすね」


 溜め息交じりに呟く彼は明らかに渋々な様子だ。野郎と相部屋だなんて、ノンケであろう敦志にとっては何のメリットもない。そう知っていても、嫌そうにされたのは寂しいから、俺は聞こえなかった振りをした。


「純さん、先に風呂どうぞ」

「……あー、俺ちょっとやりたいことあるから、敦志先に入れよ」


 学生時代から合宿とかでノンケの男と相部屋になった経験がないわけじゃないけど、二人きりで、しかも憎からず思ってる敦志が相手だ。彼の出方を見て、合わせようと思った。


「上がりました」


 と言って部屋のユニットバスから出てきた敦志に、俺は息を呑んだ。前をタオルで隠しているだけで下着すら穿いていないではないか‼ 逞しい胸や引き締まった尻にときめきながらも、目のやり場に困って視線を泳がせる。荷物を整理している振りで顔を逸らし、熱い頬を隠す。


「ん……、純さん、顔赤くないすか? 俺の裸、そんなにセクシー?」

「う、うるせー。野郎の裸になんかときめくかよ」


 俺の顔色に敏感なのは試合中だけでいいっつーの。こういう時は気持ちが隠せないのは困りものだ。慌てて入れ替わりにバスルームに飛び込む。もちろんパンツをしっかり持って。俺が入浴を終えると、ホテル備え付けの寝間着をつんつるてんにして長い手足を持て余したような敦志がベッドに横たわっていた。何か考え事でもしている風情だ。くつろいでんなぁ、人の気も知らないで。俺もアスリートとして鍛えてはいるが、彼のような恵まれた体格の前では少し気後れして、彼に背中を向けて寝間着を着こむ。そして一応声を掛けた。


「ちょっとルーティンの筋トレするから」

「え……。試合の前日までやるんスか?」


 敦志は軽くギョッとしている。俺は意に介さずバッグからゴムチューブを取り出し、背筋を鍛える動作を繰り返す。


「鍛えても筋肉が付きづらいんだよ、俺。体質みたいで」

「そこまでしなくても、飛距離、プロの平均以上出てるでしょ?」

「一応ね。でも、満足はしてない。だって、お前はもっと飛ぶだろ」


 胸筋を鍛えるトレーニングを始めると、おずおずと敦志が訊いてきた。


「学生時代もずっとやってたんですか」

「うん。高校で身長の伸びが止まってからは基本的には毎日ね。……お前がゴルファー星田純を知ったタイミングっていつだった?」


 急な質問に、敦志は目を白黒させている。


「……純さんが高校三年で日本オープンのローアマ[7]獲った時ですかね」


「そんなもんだろ? 俺、身体が小さかったし、不器用で覚えが悪かったから、全国大会レベルになったのは中学後半から高校生になってからだったんだ。ちなみに、俺はお前が小学生の頃から知ってたよ。プロゴルファーの息子で、ガタイも良くて巧いって」


 敦志は黙り込む。華麗なる彼の経歴――父はプロゴルファーで、自身も早くから才能を開花させ、小学生の頃からその名を全国にとどろかせていた――と比べると、俺など平凡極まりない。俺の父はただのサラリーマンで、ちょっとだけアドバンテージだとすれば、勤め先がゴルフ用具メーカーだったことくらいだ。そのコネで、ゴルフクラブとボールだけは父の会社から支援を受けていた。

 大学時代こそ、新聞や雑誌に載るような成績を取れるようになったが、中高生時代までの目立った戦績と言えば、日本一権威ある大会・日本オープンに高校生ながら出場しアマ日本一になったのが最初で最後だ。


 だから、敦志のさっきの答えは「さもありなん」だと受け止めている。それまでの俺は、敦志のような花形選手の目に留まるような存在ではなかったのだ。


 俺も学生時代から陰で続けてきた努力を知られたのはちょっと気恥ずかしかったから、筋トレに集中しているテイで無言になる。


 その夜はこれ以外殆ど話もせず、彼はすやすや寝息を立てて寝入ってしまった。寝つきがいいんだな……。俺は新たに知った敦志の一面を胸に刻みながら就寝した。


 その後も俺と敦志は快進撃を続けた。優勝こそなかったが、何度も優勝争いするほどに。好調なのは、敦志とのコンビがハマっていることが一番大きかったと思う。


 二人の意見が合わなかった時、俺は大抵最終的には自分の意見を通したが、読みが外れて敦志が正しかった場合は素直に「今のはお前が正しかった、ごめん」と謝り、試合後は彼にビールをおごった。逆の時は彼がおごってくれた。  

 対等に意見を言い合い、たとえ読みが外れてもお互いビールを一杯おごって禍根は翌日以降に残さず綺麗に忘れる。そして日々ベストを目指して二人三脚で戦う。それが俺たちのやり方だ。


 好調のもう一つの要因は、元カレが最近試合会場に現れないことではないかと思う。元カレがキャディをしている俺の同期プロが、どうやら怪我をしたらしい。今期は彼とのコンビで行くつもりで他のオファーは断っていたのだろう。


あまりの好調ぶりに、俺はコーチから新たな目標を設定された。


「今年は全米オープンと全英オープンに出るように」


 どちらも『世界四大メジャー』と言われるデカい大会に位置づけられていて、出場には日本国内での予選を勝ち残る必要がある。全米は国内予選三位入賞、全英は国内予選の位置づけのミズノオープンで三位入賞がそれぞれ条件だ。


 もっと練習しなきゃ、と、来たる大舞台に向けて鼻息を荒くしていると、敦志が意外なことを言い出した。


「純さん、俺と練習してください」

「へっ……? いいけどお前、コーチも親父さんもいるだろ? ただでさえ試合の日は俺とべったりなのに大丈夫なの」


 内心、敦志のカノジョを心配して口ごもったのだが、目の前の敦志はけろりとしている。戸惑いながらも、次の試合会場近くの練習場に行くことにした。


 いざ打ちっ放しで打ち始めると、敦志はフォームが綺麗だし、長身から繰り出すショットはパワーもあるしで、文句の付け所が見当たらない。


「ショットは良いから、あとはパットじゃない?」

「ホントですか? へへっ、純さんに褒められると嬉しいっす」

[7]プロの大会に出場したアマチュアの中で一位であること

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