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5. 禍福は糾える縄の如し

「キャー! 純くーん‼」


 赤いポロシャツを着た女性の集団が、一斉に俺の名前がプリントされたタオルを掲げ、左右に振る。


(こんなに応援してもらっても、彼女たちの期待には応えられないんだけどな……)


 頬を紅潮させ、目をきらきらさせている彼女たちに少しだけ後ろめたさを感じながら、俺は王子様スマイルで手を振って見せた。


「初優勝したスターの涙。マスコミが欲しい絵だからねえ。無自覚にやっちゃうところが才能だよ、純は。挨拶も完璧だったしな。あれ、練習してたんだろ?」


 ニヤニヤ笑いのコーチに背中を叩かれながら敦志を探すと、彼は、観客の女の子と話をしていた。俺も知っている顔だ、ゴルフ部の後輩じゃないか! 俺の視線に気づいた彼女が、敦志の腕をつつく。


「星田さん、優勝おめでとうございます!」


 敦志と彼女の絡む視線や、傾けた身体が綺麗にお互いへと向いているのを見て、俺は察した。この二人は付き合ってるんだなって。初優勝の喜びに膨らんだ胸が突き刺されたように一瞬息が止まり、ぺしゃんこにへこむ。彼はゴルフのバディというだけで、プライベートではただのゴルフ部の先輩後輩でしかないんだと、頭では理解していたはずなのに……。


 さっき抱き合って感じた彼の温もりや逞しさに感じたときめきは、単にゲイの俺が魅力的な男に触れたからじゃなくて、他でもない敦志だからだ。ゴルフでもそれ以外でも、俺にとっては不可欠な存在になりつつあるからだと思い知らされ、俺は新たな腫れ物を胸のうちに抱えたような気分で溜め息をついた。


 好事魔多しと言うのだろうか。このタイミングでトラブルも発生した。いつも俺の送迎などをしてくれているマネージャーに、奥さんが手術を受けるような病気が発覚したのだ。幸い命に関わったりはしないそうだが、しばらくは入院が必要とのことだった。


「大丈夫だよ、こっちはどうとでもなるから。奥さんやお子さんの傍にいてあげなよ」

「ごめんなー、純」


 申し訳なさそうにするマネージャーを慰めると、敦志が口を開いた。


「運転とか純さんの身の回りのことなら、俺、やりますよ。どうせ同じ場所に行くし」

「え、でも……、ただでさえ三日・四日重いバッグ背負って大変なのに、負担じゃない?」


 敦志の負担を俺は(おもんばか)ったが、彼はかぶりを振った。


「一人で行くのも二人で行くのも、運転の手間はそんなに変わらないですし。純さんの世話も、子どもじゃないんだから大した負担じゃないですし」


 とは言え、食事とかは元々好きで俺がどの店に行くか調べたり予約したりしていたから、敦志にやってもらうマネージャー業務は、送り迎えが主だった。


「……じゃ、出発しますね」


 スポンサーから貸与してもらっている高級輸入車のドライバーズシートには、操作方法を一通り確認して運転し始めた敦志。新鮮な景色だ。率直にそう言うと、彼も苦笑いしている。


「やっぱ違いますねえ。高い車は乗ってて身体が楽」

「お前の親父さんもスポンサーの車あるだろ?」

「仕事用だから、俺なんか乗せてもらえないですよ」

「そっか。まぁ一回乗っちゃうと高級車は楽だよなー。お前の運転も丁寧だし」

「マネージャーさんは雑なんスか?」

「んー、雑ってほどじゃないけど。ま、細かすぎない大らかなとこが、あの人の個性で良いところだからさ」

「俺は細かい?」

「ゴルフと似てるよ。丁寧な時と、ちょっと強気な時の出し入れが自在なとこが」


 俺はちらりと運転する敦志を盗み見た。初優勝のハグでの彼の体温やしなやかな筋肉の感触を思い出すと身体の芯が熱くなる。彼にとってはバディを組んだゴルファーとキャディが感動を分け合っただけの、深い意味なんてないハグでしかないのは分かっているけれど。


 途中、昼飯時にサービスエリアに着いた。俺は手元のバッグから弁当を取り出す。


「純さん、手作り弁当ですか。お母さんとか?」

 敦志は意外そうに目を丸くしている。

「俺、実家は地方だから、独り暮らしなんだよ。だから弁当も自分で作ってる」


 敦志が頼んだラーメンができたタイミングで弁当の蓋を開けると、敦志の目はますます丸くなった。


「……その弁当、まるっきりボディービルダーじゃないすか」


 俺の弁当には、茹でた鶏むね肉とブロッコリーと人参、玄米が入っている。高たんぱく低脂肪なメニューだ。


「あー、まあ、ゴルファーだとここまで神経質じゃない人が殆どだよな。でも俺、脂肪が増えると身体のキレが悪いから嫌なんだよ」


 食事を終えて再び車が動き出すと、しばらくの無言の後、敦志が訊いてきた。


「普段いつもああいうメニューなんですか」

「プロになってから自分で作れる時はね。でも泊まりがけの遠征とかだと無理だから、その時は選べる中でなるべく低脂肪にしてる」


 その後の敦志は何か考え込んでいるかのように口数が減った。軽く引いていたのだと思う。ゴルファーとしてはやりすぎの域だろうなって自覚はしてるから、引かれても仕方ないかとこの件に関して俺は半ば諦めている。


 宿でもトラブルが起こった。


「えっ、一部屋しか予約されてない? 二部屋予約したはずなんですけど」

「申し訳ございません。あいにく本日からトーナメント中は満室でして、追加のご用意は難しいんです」


 フロント係は平謝りしている。今から替わりを探すのは無駄だと経験的に思った。試合の時は、会場に近くて条件のいいホテルから埋まり、それを逃して直前に予約しようとすると、かなり遠くて不便な場所になってしまうからだ。


「しゃあねえなあ、敦志、相部屋でいいよな?」


 マネージャーはプライベートのバタバタで気が散っていて間違えたのだ。なぜなら、去年はキャディの元カレと一緒だったから、部屋は一つだった。予約していたのがツインルームなのをいいことに、俺は切り口上で言い放った。

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