表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

2. バディ結成!

「おい。どーしたんだよ普段のふてぶてしさは! 相手がタイガー・ウッズだろうとシェフラーだろうと関係ねーだろ。俺たちは俺たちのゴルフをするだけ。コースの芝や地形はちょっと日本とは違うけど、沖縄あたりとそんな差ねーだろ? いつも通りのお前でいいんだ」


「……すんません純さん。大舞台で足を引っ張っちゃいけないと思ったら、空回っちゃってました。おっしゃる通り、いつもと同じにやるだけっすね」


 俺の言葉で、敦志の目に力が戻った。精悍な表情に切れ長の瞳が光る。一度帽子を脱ぎ、濡れた黒い短髪をタオルでガシガシと拭き、帽子を深くかぶり直せば、いつもの勝負師の顔だ。


 後半の敦志は別人のように落ち着き払っていた。


「カップ(グリーン上に設けられた、ボールを入れる穴)付近で芝目が変わってます。ここからだと右に曲がると思うんで、カップ半分……いや、四分の三個くらい左の打ち出しがいいと思います。それと、さっきのホール、ちょっとパット(パターを用いてボールをカップに入れるため軽く転がすこと)打ち急いでたから少しテンポを落としたほうがいいかもです」


 彼は自分のスマホアプリでメトロノーム音を出し、イチ、ニ、サン、と小さく呟く。低く響く声が耳に心地よく、それが妙に胸の奥をざわつかせる。こんなことで集中を乱すなんて、俺らしくない――そう思いながらも、意識が声に引き寄せられてしまうのを止められなかった。


「純さん?」

 怪訝そうに聞かれ、俺は軽く慌てる。


「おお! ……や、テンポな。自分じゃ気づきにくいから助かるわ、サンキュー」


 後半に入ると、敦志はミスを挽回するように的確な助言を繰り出し始めた。風の変化を読み、俺が気づかなかった芝の斜面の僅かな傾きを教えてくれる。そのタイミングがまた絶妙で、俺の迷いを払拭する一言ばかりだった。


 比べるのが失礼なのは百も承知だが、キャディのプロとしての自負からいつも自分の読みをすぐに言ってきた前の彼氏より、よっぽど敦志のほうが俺にとっては良いバディだった。敦志の助言は、俺に押し付けることもなく、引きすぎることもない。自分が一番やりやすいようにサポートしてくれるそのスタイルに、俺は心から感謝した。これが信頼ってやつなのかもしれない、とふと思う。


 二日目のスタート直前、俺の心臓は高鳴りを抑えきれなかった。世界ランキング上位者たちが次々とティーショットを放つ姿を見れば、否応なく身の引き締まる思いがする。すっかり落ち着いてペースを取り戻した敦志とはやりやすくて、自分のゴルフに集中できた。


 試合全体を通じて、俺は予選通過という成績で日本に凱旋帰国することになった。参加メンバーのワールドクラスな顔ぶれを考えれば二年目選手としては快挙と言っていいだろう。


 帰りのフライトは運よくアップグレードしてもらってビジネスクラスだ。隣では、敦志がゴルフ番組を観ている。勉強熱心な奴だな……。俺は彼に頼みたいことを、どう・いつ切り出したものかと上目遣いでちらちらタイミングを窺った。


「何スか、純さん。なんか言いたそうですけど」

「……え、バレてた?」

「バレバレっすよ。分かりやすいですもん」

「あのさ……。お前が可能な範囲でいいんだけど、今シーズン俺のバッグ担いでくれない? 今回組んでみて、お前以上のキャディを見つける自信がなくなった」


 無理は承知で、思い切って切り出した。


「いいすよ」

「……マジで? てか、いいの? プロテストもあるじゃん?」


 平然と顔色一つ変えず躊躇なく答える敦志に、むしろ俺が彼を心配して口ごもる。


「今年は合格する自信あります。合格したら来年からツアーで全国転戦じゃないすか。今年純さんに帯同して各地のゴルフ場回って、実際の試合の雰囲気体験しておくのは、絶対プロになった後のためにもなると思うんで。もし後半戦は難しそうだったら早めにそう言います」


 敦志の言い分は理路整然としていて、もっともだった。


「おお! それは間違いなく役に立つと思うよ! ……いやー、マジ嬉しい。ありがと敦志」


 俺はいそいそとキャビンアテンダントにシャンパンを二つ頼んだ。


「今シーズンは楽しみだな!」


 不敵な笑みを浮かべる敦志と俺は、共犯者のような視線を交わす。ああ……、気が合うバディと組めるって最高。俺はいつもより早く酔う自分に気づいていた。


 飛行機の中だからというわけだけじゃない。隣にいるのが敦志だからだと今はまだ認めたくない抵抗感半分、彼と過ごすシーズンがいかに胸躍るものになるかに対する期待半分で胸は揺れている。


 日本でのシーズン初戦・東建ホームメイトカップでは久しぶりに元カレと顔を合わせるだろうから、自分がどういう反応をするのか、ちょっと不安だった。仲睦まじげな二人を見て動揺して、プレイに影響しないだろうかって。ただ、その日会場に着いた俺たちは、そんな心配をしている暇がないくらいひっきりなしにベテランプロや協会関係者から声を掛けられた。


「おー、千葉ジュニア! ますますお父さんに似てきたねえ。何、星田プロを担ぐの?」

「お久しぶりです。はい、キャディは殆ど経験ないんですけど、大学ゴルフ部の先輩後輩の縁でサウジに引き続き担がせていただけることになりまして」

「星田プロ、初年度から垂直発進だったもんねえ。いい先輩についてよかったね。今年のプロテストは頑張って」

「はい、ありがとうございます」


 俺は敦志の横で愛想笑いするだけだ。こちらから声を掛けるのがためらわれるような重鎮ばかりだというのに、敦志はまるで親戚のおじさんみたいに気安く口を利いている。そういう場慣れしたところを見ると、彼の華やかなバックグラウンドを改めて痛感させられる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ