ひまわりの丘
ビルの谷間に差し掛かったとき、緩やかな風が吹き抜け、みゆきの髪を微かに揺らした。
朝8時のオフィス街には、仕事場へと急ぐ、サラリーマンやOLが、足早に行き交っていた。
少しだけ海の香りを含んだその風が、みゆきの頬を撫でたとき、思わず足を止め、後ろを振り返ってしまった。
脳の片隅に残る、ヘアリキッドの香りの記憶。
こんな場所にいるはずなどないのだ。
ケンジ。
思わず、そう呟いたみゆきは、瞼を閉じて天を仰いだ。
何処までも透き通った青空と、エメラルドの入り江。
貴方は、何処で仕入れたのかしら。
眺めの良い、ひまわりが咲き誇るあの丘があることを。
トントン。
不意に、肩を叩かれた。
「どうした? 天を仰いで…具合でも悪いのか?」
「か、課長…、大丈夫です。なんでもありません」
みゆきは、少し戸惑いながら、そう答えた。
「おかしなヤツだな、なら良いんだけど」
課長は、首を傾げ、右手を挙げながら、先を歩き出した。
あのとき、ケンジを失うことが怖くて、一人でいるのが辛かった。
それなのに、ケンジのそばにいても、その不安は収まるどころか、みゆきの心をかえって揺さぶった。
上を向いて歩こう。
あの丘に咲き誇っていた、ひまわり達のように。
「課長!」
みゆきは、そう声をかけて、先を行く、課長の背中を追った。
~~完~~