英雄伝説と宝石
そうしてセトさんと旅をして、一年が経った。
僕達は、旅先で知り合った教会の祭司様の紹介で、ある大きな図書館にたどり着いた。
この図書館にやってきた目的は、一冊の絵本だ。
『英雄伝説』
大昔に異世界からやってきた勇者が、残虐の限りを尽くした魔王を倒したという伝説が元になった絵本だ。
「英雄伝説か。魔物と人間が友好関係を築いた時、共に焼き払われてしまったと思っていたが」
人間は、魔物と共存するにあたり、魔物を悪とする文書を焼き払った。
そこまでする必要はないと魔物達は止めたが、人間側の覚悟は強かった。
『勿論、憎しみ合い、互いに傷つけ、傷ついた歴史は忘れてはいけません。ですが、憎しみの感情までを後世に残す必要はありません』
それが人間の当時の王の考えであり、人間側の出した答えだった。
勿論、人間と魔物双方で反発する者もいたが、互いに交流していく上でそのわかだまりは次第におさまっていった。
お互いを知らないと気付けない事が、たくさんあったのだ。
「魔王が隠していた不思議な宝石…」
英雄伝説には、その石で勇者は元の世界に帰ったと書かれている。
「セトさん、そんな宝石持ってる?」
「いや…そんな貴重なものがあれば、真っ先にあの先代が押し付けてきそうなものだけどな」
セトさんは苦々しげに呟いた。
この旅で先代の行った暴虐の数々を知った事で、セトさんの先代嫌いが加速していた。
セトさんは魔物のしてきた行為に落ち込むのではなく、歴代魔王のしてきた事に腹を立てていた。
セトさんが優しい人で良かった、と僕は改めて思う。
「その宝石があれば元の世界に戻れるが…お前は、どうしたい?」
「僕は…」
この世界で、セトさんと一緒に過ごすのは楽しい。
旅が終わって再び剣闘士として生きるのも、きっと充実した日々になるだろう。
でも、元の世界の家族や友達の事を全く考えない、といえば嘘になる。
黙り込んでしまった僕に、セトさんは言った。
「ここはお前のいるべき世界じゃない。お前は異世界からやってきた…いわば居候のようなものだ」
「うん…そうだね。その通りだ」
言葉はきついが、セトさんが意地悪をしている訳でない事は分かる。
だって、セトさんはいつもの通り。
僕を、優しい目で見つめていたから。