僕は勇者だったらしい
一年後、僕は全ての記憶が戻った。
僕は、勇者としてこの世界に招かれた、という記憶も。
でも僕は黙っていた。
その時の僕は弱くて、同い年の相手にさえ負けるくらいだった。
こんな状態で魔王と戦えるはずがない、と流石の僕でも分かっていた。
だから、強くなろうと頑張った。
何より、セトさんが毎日のように「お前はもっと強くならないと駄目だ」と言っていたから。
ちなみに、記憶をなくしていたとは言ったが、何故か名前だけは覚えていた。
ミナト。桜葉ミナト。
「ミナトか。なら、俺はお前をミーナと呼ぼう」
セトさんが僕をミーナと呼ぶので、僕も自分の事はミーナと名乗るようにしている。
そして、記憶を取り戻してから更に二年が経った。
「ねえ、セトさん」
「なんだ、ミーナ」
「僕、勇者みたいなんだ」
ある日の夕飯時、ついに僕はセトさんに打ち明けた。
「そうだな、お前は勇者だ」
セトさんは事も無げに言った。
そっか。やっぱり分かってたんだ。
「ただお前、それ夕飯の時に言うか?」
「だって、さっき思い出したんだもん」
僕は嘘をついた。
今日の夕飯はチキンステーキ。
僕が闘技場で一番強い剣闘士に勝ったから、そのご褒美らしい。
「で、魔王倒しに行っていい?」
僕がチキンステーキを美味しく頂きながら聞くと、セトさんは溜め息をつきながら言った。
「駄目に決まってるだろう」
「なら、いつならいいの?」
「俺を倒せるようになったら、だ」
「一生かかっても無理じゃん、それ」
僕が笑いながら言うと、セトさんも笑って「それでいいんだ」と言った。
「お前は魔王なんて倒さなくていい」
「え、でも…」
思わずステーキを食べる手が止まる。
「でも、魔王を倒すのが勇者の役目なんだって…」
「そうだな…その通りだ」
セトさんはナイフとフォークを置き、僕の事をじっと見据えた。
あ、これ知ってる目だ。
セトさんが、僕を闘技場へ送り出す時と、同じ目。
「三日後、お前は休みだったな」
「うん」
「その日は俺も休暇をとる。俺と戦って勝てれば、魔王を倒しに行く許可を出そう」
セトさんは、覚悟を決めたように言った。