幕引きとそこに新たな恋の予感? 2
その貴族紳士は、ミレイさまの父親であるバーリー子爵だった。
「これはこれは、バーリー子爵」
と言って、レイが冷ややかな視線を向ける。
「ごあいさつするのは初めてですよね? 生徒でも関係者でもないあなたがどうしてこの会場に?」
子爵はふてぶてしい笑みを浮かべ、しらばっくれるように、
「お初にお目にかかります、レスター第二王子殿下。今夜の卒業パーティーにはうちの娘のミレイが、ベイジル王太子殿下から特別にご招待いただいておりまして。父親で当主でもある私としては心配でいてもたってもおれず、無理を承知で見守っておりました。正式な許可なく会場に入ったのは申し訳なく思っておりますが、なぜこのような扱いを受けねばならないのでしょう?」
「そうだぞ! おい、レスター! なぜ、バーリー子爵が拘束されているんだ!」
ベイジル王太子殿下の問いかけに、レイが呆れたように肩をすくめる。
「なぜ? それもご存知ないのですか兄上? この者は水面下で違法賭博を行う店を運営し、地方の男爵家や子爵家の当主たちを狙って、弱みにつけ込んで賭博に誘い込み、イカサマで多額の借金を背負わせ、領地を担保にさせたあげく、大損させて借金のかたに裏で領地の所有権を奪うような悪党ですよ?
それだけでなく、当主に隙がない場合はその家門の重要な仕事を担っている家臣たちに狙いを定め、脅すことも平然とやってのけるというのに?」
「な、んだと──?」
「それで不当に得た莫大な金は、さらに上位の伯爵家などのいくつかの貴族家門に流れていたようですが。まあ、それも今この瞬間、別で動いているウェイレット侯爵が指揮する騎士たちの手によって捕縛されているでしょうが」
それを聞きながら、わたしは驚きとショックを隠せなかった。まさに、わたしの実家であるヨーク男爵領で起こっていたことによく似ていた。
(兄さんは賭博なんかに手を出すはずはないから、じゃあ男爵家を支えてくれている誰かが……?)
信じたくはないが、わたしの頭の中にさまざまな人の顔が思い浮かぶ。でもいくら考えても思い浮かぶのはみんなの笑顔で、誰もそんな悪事に加担するようには思えなかった。
思ってる以上に胸が苦しくなり、キュッと唇を噛みしめる。
すると、ふいに手のひらがあたたかな感触に包まれる。
見れば、前を向いたままのレイが後ろに手を伸ばし、わたしの手をつかんでいた。
大丈夫だと言われている気がして、無意識に体のこわばりがゆっくりと解ける。
「まあ、あとのことは陛下がご裁可されるでしょう、そうですよね?」
レイがさっと背後に目を向けると、そこにはこのイーズデイル王国の国王と思われる壮年の男性が立っていた。
広間にいる誰もが一斉に驚き、数歩後ろへ退く。
「へ、陛下っ! なぜここに!」
ベイジル王太子殿下がうろたえるように、大きな声を上げる。
陛下はすっと目をすがめ、息子である王太子殿下を見やる。
「ベイジル、お前はこの者たちの企てに気づかないばかりか、あろうことかその者を自らのそばに置くとはどういうことだ?」
「そ、それは……! 陛下、レスターが先ほど言ったことは本当なのですか⁉︎ 間違いという可能性も!」
「いいや、たしかな証拠を得られたからこそ、こうして行動に移したのだ。レスターは確実に証拠を集めて動き回っていたというのに、ベイジル、お前はその間いったい何をしていた?」
「くっ! しかし、私にも教えていただければ適切に対応できました! 知っていれば、そのような者をそばに置くなどするはずが──っ!」
陛下は憤りをこらえるように深く息を吐き出す。その様子を目にしたベイジル王太子殿下は、萎縮するように肩をびくつかせる。
「そもそも彼らの企みに最初に気づいたのは、レスターだ。ベイジルよ、自ら情報を得られない者にはこの国は任せられない。万が一事が起こってしまえば、それまでなのだ。知らぬでは済まされない」
「で、ですが──っ」
陛下は射るような視線をベイジル王太子殿下に向け、言葉を封じる。
「それに、お前はアデライン侯爵令嬢との婚約を破棄すると言っていたな?」
ベイジル王太子殿下はたじろぎながら、「そ、それは──」と口ごもる。
陛下はもはや避けられないといった様子で、苦渋の選択をするように首を左右に振ってから言い放つ。
「こんな事態を引き起こしてしまったからには、ウェイレット侯爵家には誠心誠意説明と謝罪を行い、婚約は正式に解消することになるだろう。よって、お前の王位継承権も剥奪する」
「は──?」
「王位を継ぐにあたり、お前には足りぬものが多くある。それに自ら気づくことが何より望ましかったが、それができなかった場合に備え、補い支えてもらうためにアデライン嬢を婚約者として迎えたというのに……。それすらもわからず、こんなことを引き起こすとは……」
「ま、待ってください! しかし、王位を継ぐ者は私しかいません!」
ベイジル王太子殿下は悲痛な叫び声を上げるが、ハッとしてレイに目を向け、
「陛下! まさかレスターを後継者にするおつもりですか? こいつは王位を継承するのがいやで、とっくの昔に王位継承権を放棄して遊学に出たようなやつですよ⁉︎」
陛下はふぅと息を吐き出し、レイに視線を送ると、
「……ということだが、どうなんだ?」
レイはさして表情を変えず、
「ええ、そのつもりでしたが、兄上がずいぶんと重荷に感じていらっしゃるようなので、この機会に私が譲り受けようかと。それに守りたいものもできたので」
と言って、なぜかぎゅっとわたしの手を強く握る。
(え、な、なんで強く握ったの……?)
多くの出来事がありすぎて、わたしの思考はまったく追いつかない。
レイの言葉も意図もわからず、ただそのぬくもりに翻弄されるように、わたしの鼓動が早くなる。
「ふっ、そのようだな」
陛下がレイを見やって優しく笑う。
「いいや! そんなの認められるはずがない! 一度王位継承権を放棄しておきながら、今さらではないですか!」
「ベイジル、お前にはあえて伝えていなかったが、レスターの王位継承権は放棄されておらん。たしかにレスターは遊学する前に自ら放棄を申し出たが、万が一のことも考えて保留にしていたのだ。とはいえ、まさかこのような事態が起こるとは思ってもみなかったがな……」
陛下の重苦しそうな表情を見れば、この状況が決して望んだことではないのがわたしにもわかる。
次に、陛下はバーリー子爵とミレイさまに冷ややかな視線を向けると、
「連れていけ。しかるべき手順を踏んで、罪をあきらかにし、相応の報いを受けてもらう」
騎士たちが速やかに動き、バーリー子爵とミレイさまを拘束したまま広間から連れ出していく。
陛下はざわついている広間をゆっくりと見回し、手を数度鳴らした。
「せっかくの卒業パーティーがこのようなことになってしまって申し訳なく思う。余の名において、後日改めて正式に執り行うと誓おう──」
そう言って、今夜の卒業パーティーはお開きとなったのだった。
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