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幕引きとそこに新たな恋の予感? 1

「──リゼッ!」


 誰かに呼ばれ、ぐいっと背後から力強く体をつかまれて遠ざけられる。


 ヒュンッという何かが空気を切り裂く音がしたと思えば、わたしの足元のすぐそばには鋼鉄製の尖ったクロスボウの矢が突き刺さっていた。


 と同時に、目の前ではミレイさまの手にあったナイフが一瞬で叩き落とされる。


 直後、ミレイさまは腕をひねり上げられ、その華奢な体は容赦なく床に押しつけられた。


 ──ダンッ! という大きな衝撃音が響く。


 わたしはただただ呆然とする。


 目の前には、クラスメイトのスミスさんがいた。彼はミレイさまの腕を拘束したまま、うつ伏せになっているミレイさまの背中に自身の膝頭を押し当て動きを封じている。


 床の上に落ちているのは、先ほどまでミレイさまが手にしていたと思われるナイフ。

 シャンデリアの光を反射しているそのナイフの表面には、一滴の血もついていない。


 そしてわたしの見間違いでなければ、それを叩き落としたのは──。


「アデライン、さま……?」


 わたしは信じられない思いで口を開く。


 アデラインさまは持っていた扇子を目にも止まらぬ速さで振り下ろすと、ミレイさまの手にあったナイフを叩き落としたように見えた。


 そしてすぐさま、どこからか突然現れたスミスさんがミレイさまを素早く拘束したのだ。よく見れば、スミスさんはわたしと同じ白と黒の給仕用の服装だった。いつもかけている分厚いレンズの眼鏡はなく、初対面のときに見た整った顔をさらしている。


 急展開の状況に、まったく頭が追いつかない。


 広間の中は、わたしと同様に何が起こったのかわかっていない人々で騒然としている。ほとんどの人は花瓶が割れた後方に注意が向いていたため、振り返ったときにはすでにミレイさまがうつ伏せの状態で拘束されていたので何事かと思っただろう。


 わたしは呆然としながらも、クロスボウの矢が飛んできたと思われる方向、広間をぐるりと囲む回廊の一角に目を向ける。そこでも誰かが取り押さえられている姿が見えた。

 もしかしたら矢が自分の体に刺さっていた可能性を想像し、ぶるりと身震いする。


 そのとき、わたしの背後でもぞっと何かが動く感触がした。


 見れば、床に尻もちをついているわたしの体を背後から抱えるように、誰かの腕が回されていた。


 つい先ほど体を引っ張られたことを思い出すと、誰かと密着している状況にふいに恥ずかしさが込み上げる。すると、


「おい、無事か?」


 背後から聞き慣れた声がする。


 急いで振り返ると、そこにいたのはわたしが王立図書館でよく会う友人の少年、レイだった。


「──えっ、レイ⁉︎ なんで⁉︎」


 わたしは驚きのあまり声を上げる。と同時に、


「リゼ、大丈夫──⁉︎」


 そう言って、アデラインさまは先程素晴らしい活躍をした扇子を放り投げると、わたしに急いで駆け寄る。手を差し出し、立ち上がらせてくれる。


 扇子が床に落ちたとき、ゴンッ! とあり得ないほどの重たい音がしたのは気のせいだろうか。


「あ、はい……、大丈夫、です?」


 わたしは視線を左右に動かすが、いまだ状況が理解できない。


 目の前のアデラインさま、背後のレイ、そして床の上で拘束されているミレイさま、そのミレイさまに乗りかかっているスミスさん。


 すると、アデラインさまは何かに気づき驚いた表情で、わたしの後ろにいるレイを見ている。


「……レスター殿下?」


 そう言うと、アデラインさまはハッとして膝を折ってあいさつする。


(……レスター、殿下?)


 わたしは背後に立つレイに目を向ける。


「レスター⁉︎ お前がなぜここに──⁉︎ いや、いつこの国に──っ」


 耳がキーンとするほど大きな声を上げたのは、ベイジル王太子殿下だ。


 すると、周りにいる人々が、

「──レスター殿下だって?」

「あの、第二王子殿下──?」

「幼いころに周辺諸国へご遊学に出たきりの?」

 と驚きながら口々に言葉を発する。


 広間が騒然とする中、ベイジル王太子殿下はハッと気づいたように、

「いや、それより! おい、そこのお前! ミレイ嬢を放せ!」

 と言って、スミスさんを指差す。


 その様子からも、殿下はミレイさまが起こそうとしていたことに気づいていないようだ。


 レイは前に出ると、すっと目をすがめてベイジル王太子殿下を見やる。


「ああ、お久しぶりです、兄上。その者は私の従者なので、兄上の言うことには従いませんよ。ところで、その令嬢が何をしようとしていたのかおわかりではないのですか?」


「なんだと──?」


 ベイジル王太子殿下は青筋を立てる勢いでレイをにらむ。


 気づけば、広間の端にいた王都騎士団の騎士たち数名が人垣をかき分け、ミレイさまを拘束しているスミスさんに駆け寄ると、速やかにその役を代わった。


 ミレイさまは逃れようともがきながらも、必死の形相でこちらをにらみつけている。


「──やめて! 放して! あんたがちゃんと役割を果たさないから‼︎ なんで⁉︎ 悪役令嬢ならちゃんとそれらしく行動しなさいよ! だからわたしがそう仕向けたんじゃない! これで戻れるはずだったのに──っ! 戻してよ! わたしを元の世界に戻してよ──っ‼︎」


 アデラインさまは息を呑んで大きく目を見開く。そして眉間に深いしわを寄せた。その表情からは怒りや憤り、憐れなどのいくつもの感情がないまぜになっているようにも感じられた。


 そのとき、広間の大扉が勢いよく開かれた。広間の外を警備していたと思われる大勢の騎士たちがなだれ込んでくる。


 騎士の中から、隊長と思われるひとりの騎士がレイの前に進み出る。その隊長騎士の背後には、卒業パーティーの参加者らしき燕尾服姿のふたりの令息が、なぜか縄でぐるぐるに縛られている姿が見えた。


「この者らは生徒になりすまして参加していました。本物の令息らは眠らされて物置に閉じ込められているのを発見し、保護しています。どうやらあとで会場に火をつける計画だったようですね。しかも、ウェイレット侯爵家が起こしたように見せかける細工もしていたようです」


 レイが顔をしかめる。

「火をつけてうやむやにして、さらにウェイレット侯爵家に罪をなすりつけようっていう魂胆か。ずいぶんと手の込んだことを」


「あと、この者も捕らえております」


 そう隊長騎士が言うと、後ろに控えていたふたりの騎士が進み出る。そのふたりの騎士が両脇から拘束しているのは、身なりのよいひとりの貴族紳士だった。


 貴族紳士は騎士らに押さえられ、抵抗しながらもその場に膝をつく。


 ベイジル王太子殿下がギョッとした顔で、「バーリー子爵ではないか!」と叫んだ。



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